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地下牢

第12章:勇者なんて怖くないんだ。

--『地下牢』--


あらすじ:ジルが泣いていた。

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鼻のすする音の途切れないジルの手は小さくて、強く握ると彼女もボクの手を握り返してくれた。温かい手は柔らかくて、少しくすぐったい。


「ぐすっ。悪いな。心配かけてしまって。」


暗闇の中でゴシゴシと目をこする音が聞こえると、ぽわんぽわんと浄化と治癒の魔法陣の光が淡く光った。魔法陣の明かりに映し出されたジルの顔はきりっと締まっていて、さっきまで泣いていたのが嘘のようだ。


「大丈夫だよ。それよりここがどこか知ってる?」


魔道具の魔獣カプリオから飛び降りて、魔王の眉間を目指して『愚者の剣』を突き刺したのは何となく覚えている。その前にボクの中に入ってきたばかりの勇者のために祈る声が今でも聞こえているから、夢だったって事は無いと思う。


「ヒョーリが魔王に剣を突き刺したと思ったら、グズグズと崩れる眉間の間にすうっと飲み込まれてしまってよ。覚えていないか?」


魔王の眉間に『愚者の剣』を突き刺した手応えはまだ残っている。皮膚は少し硬かったけど、生きた皮を突き破って肉をぐにゃっと刺した感触は、命を奪うような気がしてあまり心地の良い物じゃなかった。


だけど、あの時は無我夢中で眼を閉じてしまっていたんだ。だって、目の前には魔王のギラギラとした赤い眼が迫っていて、何もない足の下は2階よりも高かったんだ。落ちたら絶対に死ぬよね。目を閉じていても変わらないかもしれないけれど。


カプリオが絶対に助けてくれると信じていなければ、ボクは飛び降りる勇気さえ持てなかったと思う。


「って事は、ここは魔王の中なのかな?」


人間が小さくなって口から胃の中に入っていくおとぎ話はあるけれど、人間の眉間から体の中に入り込むなんて聞いたことがない。でも、魔族の魂が集まって体の大きくなった魔王なら有りえたりするのかな。わからないけど。


「決めつけるには早いだろうけど、オレにはそう見えたぜ。」


ジルも魔王の体の中だとは信じられないみたいで、断定はしなかった。魔族でも体の中にはお肉がたくさん詰まっていて血だって流れている。眉間になれば分厚い頭蓋もあるから、こんな風に立つどころか、息だってできないよね。


「とりあえず、歩いてみようか。」


「どっちへ?」


「『勇者の剣』があっちにあるんだ。」


ボクは『失せ物問い』の妖精に訊ねながら暗闇の一点を指差す。『勇者の剣』は勇者だったアンクスがまだ持っているからそこはこの暗闇の外のはずなんだ。だけど、おかしなことに方向は解るけど、距離があやふやにしか感じられない。とにかく歩いて行ってみるしかない。


「暗くて見えねえよ。」


「こっちだよ。」


ボクの指先は暗い闇に飲まれていたので、改めてジルの手を引くと『失せ物問い』の妖精に教えてもらった『勇者の剣』の方向へと歩き出した。


魔法の火を点けても、光は闇に飲まれてしまって先が見えない。近くもうっすらとジルの影が見えるだけで、つま先も見えなくて足元も不確かだ。躓くような石も木の根も無いけど、ふわふわと踏み応えの無い地面は頼りなくて、まっすぐ歩いているのかも不安になる。


だけど、真っ暗な闇は怖いけど、ジルが一緒にいるから歩けた。


ところが、歩いても歩いても暗闇は終わらなかった。歩けばすぐに魔王の内側にぶつかると思っていたのに。


ジルのお腹の辺りからクゥゥと可愛い音が鳴って、彼女の体が一瞬の間だけ硬直した。ボクは腰に付けていた小さな袋から干し肉を取り出して2人で分けた。


「もう、けっこう歩いているぜ。やっぱり魔王の体の中じゃないのか?」


「でも、他に当ても無いし、『勇者の剣』くらいしか目印も無いよね。」


「ちっ。まったくダンジョンみたいだな。」


「ダンジョン?あのおとぎ話の?」


ダンジョンにもぐって宝を探す物語はいくつもあって、小さい頃はワクワクしながら冒険譚を聞いた覚えがある。だけど、大きくなって初めて冒険者ギルドに行った時、冒険者が行くところは魔王の森や古い遺跡でがっかりした。


「ああ、ダンジョンは地下牢って意味があって、入ったヤツを閉じ込めて、永遠に出られなくするんだ。似てるだろ?」


「王宮の牢屋なら入ったことがあるけれど、こことは全然違うよ。」


勇者アンクスを凱旋式典の広場で殴ったとしてボクは王宮の牢屋に入れられた。でも、牢屋にはちゃんと出口があって明かりの下には見張りもいる。ベッドもあってしっかりと3食の食事も出てくる。こんな場所とは比較にならないよね。


「あっちの方が快適だったな。ダンジョンの一番奥にはドラゴンやら魔王やらのボスがいて、倒したら宝物を貰って出られるって話もあったんだがな。これじゃあ、どっちに行ったらボスがいるのかさえ分からねえぜ。」


「牢屋なのに宝物があるの?」


「そうしないと誰もダンジョンに入らないだろ?どうせ、おとぎ話なんて誰かが作った夢物語だ。深く考えるなよ。」


何でもできるソンドシタ様のようなドラゴンが牢屋なんかに留まっているはずがないし、誰もいない牢屋にいるような人物が人をまとめる王様を名乗っても滑稽なだけだ。魔王は魔族のみんなに慕われていたんだ。たぶんダンジョンにいるドラゴンや魔王は物語だけの作り物だよね。


「それもそうだね。」


「それより、他の方法を探そうぜ。ヤイヤとは連絡が取れるのか?」


白い腕輪に嵌っている水色の魔晶石に魔力を流せば、世界の果てにある記憶の図書館のヤイヤさんと話をする事ができる。ヤイヤさんが知っていなくても、黒いドラゴンのソンドシタ様が定期的に訪れるはずだから頼りにできるかもしれない。


ボクは急いで水色の魔晶石に魔力を流すけれど、聞き慣れたヤイヤさんの返事は無くて、ザアザアという音が聞こえただけだった。何度も試してみたけれど、時折聞こえる声は意味が解らなくて雑踏で聞くように通り過ぎて行く。


「ダメみたいだよ。」


「クソッ!なら、他の魔晶石はどうだ?」


他は魔王の黒いモヤモヤの出る黒い魔晶石と、白い姫様の小さな白い光がふよふよと漂う白い魔晶石。赤いドラゴンのネマル様の威嚇の赤い波動を出す赤い魔晶石に、黒いドラゴンのソンドシタ様の身を守ってくれる薄い緑の膜がでてくる緑の魔晶石の4つ。


指先も見えない暗い中で黒いモヤモヤが出ても変わりはないし、身を守る膜がでても脅威がない。ネマル様の赤い波動は誰かに伝わるかも知れないけれど、何か知らないモノをおびき寄せそうで怖い。


魔獣なら逃げてくれるけれど、本当にここがダンジョンだとすると、ドラゴンがいてもおかしくないんだよね?


「ここから出る役には立たないんじゃないかな?」


ボクは何気なく白い姫様にもらった白い魔晶石に魔力を込めると、白い小さな光がふよふよと浮いた。いつもは魔王の黒い魔晶石に魔力を込めると一緒に出てくるけれど、あまり役に立つことはない。


黒い魔晶石から出る黒いモヤモヤの中ではボクも何も見えなるから目印くらいになるかな。でも、白い光が励ましてくれるように感じるから、この光が好きだった。


「おい、どこかいくぞ!」


頼りなく浮いていた白い光がふよふよと離れて行く。まるで、ボク達をどこかに導いてくれているみたいだ。


「どうする?」


「どうせ当てもねえんだ。行ってみようぜ。」


ボク達は暗い闇の中で手をつないで再び歩き出した。



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次回:自由自在の『魂の牢獄』



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