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愛娘の声

第12章:勇者なんて怖くないんだ。

--『愛娘の声』--


あらすじ:魔王が憎悪の魂に呑まれて暴れ出した。

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無残に引きちぎられた樹王のツルを、魔王は顧みること無く歩く。大樹から新しくツルが伸びるけど、魔王に届くことなく虚しく地に落ちた。ズンッズンッと地響きをさせながら、魔王はボク達に近づいてくる。


ボクが魔王だったら、自分の体を捕まえていた大樹に一泡吹かせようと思うだろうけれど、当の本人は自分の足首にも満たないような人間を見下ろしていた。


(気のせいかな。ボクを見ているような気がするんだけど…。)


赤く変わった魔王の瞳が、アンクスを起こそうと少し離れていたボクを追いかけている気がした。魔王と比べたら圧倒的に小さい5人と1頭の人間と魔族と魔道具の魔獣。多くは無いけれど、いくつかの選択肢があるのに、ボクを見下ろしているような気がしたんだ。


(奇遇だな。オレもそう思うぜ…。)


木の枝の姿に戻ったジルはボクの右手に収まっていて、他の人達よりもボクの目線に近い。そんな彼女がボクに同意をするのだから、きっと気のせいじゃないんだよね。


見上げる魔王もそうだけど、勇者の光もボクを選んで入ってきたと思う。戦士ライダルの方が絶対に強いし、ヴァロアにだって負けると思う。たまたまボクがアンクスに一番近かったからとかじゃないよね。


勘違いかも知れないと、そろそろとゆっくりと視線から逃れようとしたのに、魔王の視線はやっぱりボクを追ってきている。魔王のつま先がはっきりとボクの方を向いた。


(なんでボクばっかり。)


(愚痴っている暇はなさそうだ。カプリオ!!)


「ヒョーリ!乗って!!」


走り込んできた魔道具の魔獣カプリオの背中にしがみつくと、魔王が拳を振り下ろした。間一髪のところで走り込んできた魔道具の魔獣、カプリオの背中に乗って逃げられたけど、魔王の視線はまだボクを追っている。


いや、視線だけじゃなくて拳もボクを追ってきた。どごぉおお!どっごぉおお!と振り降ろされる拳の間をひらりひらりとカプリオはすり抜けた。


(どうしよう…。)


勇者の力が入ってきたからって、ボクが戦えるわけも無い。魔王の大きな拳に比べたら『愚者の剣』は針のように細いし、今までボクを守ってくれたソンドシタ様の緑の膜だって、薄く見える。ソンドシタ様を信じてないわけじゃないけど、体を張って試してみる勇気なんてない。


それに、たとえボクが勇者アンクスの『破邪の千刃』を使えたとしても、白い姫様のお父さんを傷付けるなんてできないよね。


(魔王が正気に戻ってくれれば良いんだが…。)


魔王がボクに拳を振るっているのは、憎悪の魂が勝手にやっていることなんだ。ボクがアンクスに狙われている間は、魔王は自分が暴れないように止めていたと、樹王は言っていたよね。


(ジル。姫様と魔王と『小さな内緒話』で繋げられる?)


(魔王の姫とか?)


勇者の力が体に入ってきてボクは沢山の『憎悪の祈り』の中で目の前も見えないほどになっていた。だけど、ジルが『小さな内緒話』を使って呼んだボクの名前は聞こえたんだ。


同じように『憎悪の魂』に取り付かれている魔王にも姫様の声なら届くかもしれない。『憎悪の祈り』も『憎悪の魂』も似たようなものだよね。


(ボクが言っても聞こえないだろうけど、自分の子供の声ならきっと届くよね。)


魔王に自分を隠したいと思っているジルには悪いけれど、可能性があるとすれば聞き慣れないボクの声よりも姫様の声が良いと思う。姫様の声が届けば、魔王なら自分を取り戻して手を止めてくれる。黒い雲になった時の記憶で見た魔王は最後に優しい顔をしていたもの


(なるほど、やってみようぜ。)


思ったよりあっさりとジルが姫様に『小さな内緒話』を繋げてくれると、魔王の拳を避けるカプリオの背中で姫様に話しかけた。


(姫様!聞こえる?魔王に止まるように言って欲しいんだ。)


(ヒョーリ?これはいったい?)


(ボクの相棒の『ギフト』だよ。)


魔王が次の拳を振るうために大きな腕を振り上げている。カプリオが上手に逃げ回ってくれるからジルと作戦を立てることができているけどいつまで避け続けられるか解らない。ボクは時間がないからと簡単に説明をすると、姫様はすぐに魔王に声をかけてくれた。


(お父様!お父様!おやめくださいお父様!)


白い姫様が両手を合わせて真っ赤な瞳の魔王に語りかける。真っ赤な目は姫様に向いていないけれど、きっと声は聞こえているよね。


相棒とは言え他人のボクでもジルの声に気が付けたのだから、自分の娘の、それも、甲斐甲斐しく身の回りの世話をしてくれている愛娘の声が届かないはずはないよね。


と、思っていたのに、姫様の声でも魔王は止まらなくて拳はボク達を狙って振り下ろされた。カプリオは姫様が声をかけてくれているからと、魔王の耳が姫様に向くように足を緩めていたので目の前に大きな拳が降ってきた。


どごぉおおおお!


(ひぃ!危ないなぁ!オンツァザケスぅ!!少しくらい娘の声を聞いても良いんじゃないのぉ!)


カプリオが間一髪で避けて文句を言うと、魔王の振り下ろそうとしていた拳が空中でぴたりと止まった。いやいやいや、姫様の悲痛な声は届かなかったのに、なんでカプリオの不満気な声が届くんだ!!?


(私の声より魔道具の方に気をとられるなんて…、お父様なんてだいっきらい!!)


姫様の声が堪えたのか、止まった魔王の拳がプルプルと震えだした。大切な娘に嫌われて悲しいんだろうけれど、それなら、姫様の言葉で止まれば良かったんじゃないかな。


いや、ボクもジルの声に気が付いた時は、ボクの名前を呼んでもらったから気が付けたんだ。『ヒョーリ』って。だから、魔王も『オンツァザケス』という自分の名前を呼んでもらったから気が付けたのかな?姫様は『お父様』としか呼んでいなかったし。


たぶん王宮の書庫で読んだ本だと思うけれど、どんなにうるさい場所に居ても自分の名前は敏感に聞こえると書いてあった覚えがある。その本によると、声にも魔力があって名前という形で方向性が加えられると相手の耳に届きやすくなるんじゃないかと考察していた。


でも、名前を呼ばれるより自分の子供に呼ばれた時の方が重要だと思うのだよね。姫様があんなに怒るなんて初めて見た気がする。魔王の城でケンカした時より怒っているもの。


(ヒョーリ。ワシの眉間を『愚者の剣』で突き刺せ。)


腕をプルプルと振るわせて動きを止めた魔王の声がボクの脳裏に響いた。ジルの『小さな内緒話』とは少し違う感じがするから、魔王の『強すぎる共感する力』なのかもしれない。


(でも…。)


姫様の大切なお父さんを傷付けることなんてできないよね。


(いいから、早く!)


魔王が急かすけれど、ボクは三階もある体の上にある頭に近づくことさえできない。たとえカプリオが近づいてくれたとしても『愚者の剣』は短くて、彼の背中から届くとは思えないんだ。


(魔王に何か考えがあるんだろ。やるぞ!相棒!カプリオ!魔王より高い所に行ってくれ!)


(どうやって!?)


カプリオが樹王の木の枝をぴょんぴょんと伝って魔王の頭より上に駆け上がった


(飛び降りるんだ!)


(行けぇ!ヒョーリぃ!)


「うわああああああ!」


ボクはカプリオの背中から飛び降りて、魔王の眉間に『愚者の剣』を突き刺したんだ。



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次回:どこか知らない『暗い場所』




100万字到達。たくさんお読みいただき、ありがとうございます。

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