泉のほとり
第2章 書類整理だけをしていたかったんだ。
--泉のほとり--
あらすじ:王妃様に詩の朗読を教わることになった。
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王女様の散歩の日が来た。
来なくて良いのに。
いや、ホントにやるんだね。やらなきゃいけないんだね。
この日のために王妃様とヤワァ夫人から指導を受けたけど、読まされた本のどこが面白いのかさっぱりわからない。特に詩なんて婉曲な表現ばかりで、理解するのにも一苦労だ。表現の解釈を間違えるたびに怒られてしまうんだ。
『雲は流れて』と書いてあっても、それが時間の経過の表現で主人公がおばぁちゃんになっているなんて想像もできないよ。恋するヒロインだと思って読んでいたら怒られたんだ。
さて、今日の参加者は王女様と王妃様の親子。それにヤワァ夫人と3人の貴族様の娘さん。それぞれに侍女の人がぞろぞろと付いている。ボクも合わせて総勢30人もの大行列だ。
王女様が森に行くと言っても整備された浅い部分なんだよね。この前、ジルと行った森の恵みが採れる場所や、狩人達が獲物を狩るような奥まで入って行くわけじゃ無いんだ。
森の空気を楽しんで少し歩いくだけで綺麗な泉が湧いている場所がある。街を切り開く時に重要な役割を果たしたとかで、今でも神聖な場所として道路が整備されているんだ。だから、水場だというのに動物だってほとんど寄って来ない。
今日は、朝の涼しい時間に泉まで行って詩の朗読をする予定だ。
(ぞろぞろとたくさんいるが、女ばっかりだな。)
散歩と言っても貴族様が歩いて森まで行くわけでもなく、街を通るときは馬車に乗っている。泉のすぐそばまで行ってから歩くんだから、それほど歩くわけじゃ無い。まぁ、今まで部屋で本ばかり読んでいた王女が、いきなり元気に歩き回っても困ってしまうのだけど。
ほどほどに太陽の光を浴びられれば良いみたいだ。
ボクはジルを杖代わりに持って女の子たちの行列の後ろから着いて行っているんだけどね。王女様とそのお友達、王妃様とヤワァ夫人、2代の馬車の周りをそれぞれの侍女さんが囲っているようだった。
長閑な畑の間の道をぞろぞろと歩いて行く。
(王女様のためのイベントだからそうなるんじゃない?)
そもそも、部屋で本ばかり読んでいる王女に太陽を浴びて健康になってもらうために、愛を謳っている詩を餌にして今回のイベントは開催されている。そして身分の釣り合う友人と仲良くなれるようにしているんだ。
男の人が入り込む余地なんて無いと思うんだけど。
(いや、護衛が付いていないだろう?)
王宮を出て街を抜け森まで行くんだ。街を抜ける時に暴漢に襲われるかもしれないし、森には魔獣や凶暴な動物も居るから護衛が付いて居てもおかしくはない。
(ああ、なるほど。でも、お城でも護衛なんて付いて居なかったじゃない。)
愛の歌を謳っている所を男の護衛に聴かれたりしたら、かなり恥ずかしい。いや、女の子の前で読むだけでも恥ずかしいのだけど。
(城ならあちこちで衛兵が警備しているし訓練中の兵隊もいる。メイドはスパイ活動もすると言っただろう。単独で侵入したりするから多少の戦闘訓練を積んでいるんだ。衛兵が来るまでの時間稼ぎぐらいできるのさ。)
(どうして?普通に護衛を付ければ良いじゃない。)
(女には色々あるって事だよ。トイレや着替えの最中に側を離れなきゃならないかもしれないだろ?)
(ああ、離れなきゃならないから、側にいる侍女が護衛代わりなんだ。じゃあ、どうして女の人の護衛が居ないの?)
(女の方が筋力が弱いからだろ。あるいは月のモノの臭いに釣られて魔獣が寄ってきたりするからな。)
(『ギフト』は使えないの?)
(ヒョーリの『ギフト』は戦闘に使えるのか?)
(使えないね。)
(そう言う事だ。たまには戦闘用の『ギフト』を取る奴もいるが、元々の体力が低いし子供を産んだ後は戦闘の『ギフト』が役に立ちにくくなる。)
街でも女の人は仕事に使える『ギフト』よりは、家事や子育てに使われる『ギフト』が好んで取ることが多い。『慈母の愛』や『食材の気持ち』とか、冒険者ギルドの食堂のハイデスネみたいに、家事の『ギフト』を活かした職業に就くことも多い。
まぁ、女の人の中には、より良い結婚をするために、男を夢中にさせるような『恋織機』みたいなモノを選ぶ人も多いのだけど。それはそれで、夫婦仲が良くなるって話だから良いのだろう。
日当たりの良い道をぽくぽくと歩く馬車の後ろを着いて行く。他の侍女たちは必要な事しか喋ってはいないけど、ボクはジルと話しながらのんびりと歩いていられる。
街の大通りを歩くときは注目を浴びて少し恥ずかしかったけどね。
遠くで勇者様が魔族と戦っているとは思えないくらい平和だ。いつも、森に来る時は食ベるモノが無くなった最後の手段にしか来ないから、こんなに平和に歩いていることが不思議なくらいだ。
ああ、これで女の子達に詩を朗読するなんて仕事さえなければ良いのに。
森の入り口に着くと、王女様は馬車を降りて泉へと続く道を歩いて行く。いつものような長いドレスよりも歩きやすい格好はしている。馬車を降りた王女様たちがはしゃいでいるのを見ると、どうやら王妃様の計画は上手くいっているようだ。
泉まで続いている短い道に王女様たちの笑い声が響く。
その声が弾むほど、ボクの緊張は高まって行く。
この道が終わればボクは皆に注目される事になる。王女様にその友達に、王妃様にヤワァ夫人。そして、付いているたくさんの侍女たち。
泉のほとりは何もない。水が滾々と湧き出ている綺麗な泉で、王宮をはじめ、街の人たちに大事にされている場所なので、森が切り開かれて広場ができている。
侍女の人たちが運んできた複雑な幾何学模様の付いた敷物の上に小さなテーブルを設えて、お茶の用意がされていく。
ここが今日の観客席だ。
ここで、ボクは泉の前で彼女たちに愛の詩を読み上げなきゃならない。
静かに満ちている泉を中心として切り開かれた森の中に空が広がっている。空は雲一つない良い天気だ。ときおり小鳥たちが鳴いている。
ああ、逃げ出したい。
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次回:静かな泉の『詩』




