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土煙

第12章:勇者なんて怖くないんだ。

--『土煙』--


あらすじ:魔王の報酬は魔樹の人を派遣してもらうことだった。

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白い姫様の話を聞きおえて目を閉じた戦士ライダルは、ゆっくりと口を開いた。


「悪いが、上に報告させてもらっても良いか?」


ライダルはボクや姫様に聞いた話をだれかと相談したいみたいだ。今まで魔王がしていると思っていた事が実は違っていたなんてライダルだけじゃ判断できないものね。それも、どこにも真実を示すような証拠が無くて、ただ口づてに聞かされただけだもの。


きっと誰も判断できないけれど、このままライダルをニシジオリの王都へ戻せば、たくさんの兵士を引き連れて戻ってくるかも知れない。もし話を信じてもらえたとしても、魔脈を求めて樹王のもとに押し寄せるかも知れない。


たぶん、魔王と樹王を信じて勇者アンクスを始めとした彼らを拘束して、森の広がりを止まるまで時間を稼いだ方が簡単だ。結果が出るまでは彼らを人間の国に戻さない方が良いよね。


でも、いやいやいや、ボクにライダルを拘束する事なんてできない。


自分が拘束されると感じたら、今は大人しくしているライダルも魔法使いウルセブも、きっと抵抗するよね。ライダルはボクと姫様と増えていたら負けていたと言っていたけれど、重たい諸刃の斧を振るえる太い腕と厚い胸板を見ただけで、ボク達に勝ち目がなさそうな気がする。


いや、ヴァロアが本気を出したら本当にライダルを倒せるのかな?でも、賭けみたいなことを彼女に頼む訳にもいかない。


どう考えてもボクには頷く事しかできそうも無いし、ほとんどは魔族から聞いた話だ。判断を姫様に任せようと振り向いたら、彼女は白い顔を真っ青に染めていた。


「え…え?ちょっと待って、どうしたの!?ねえ!?」


青い顔の姫様が取り乱していた。目の前にいない誰かと話しているような感じは見たことがある。対になる白い魔獣と話しているんだ。白い魔獣は弱っているという黒い魔獣と一緒にいる。黒い魔獣に何かあれば魔王にも影響があるみたいだけど、ボク達は姫様を見守るしかできない。


「まずいっス!上を見るッス!逃げるッス!」


ヴァロアの悲鳴に空を見上げると、青い空にもうもうと立ち上がっていた土煙がゆっくりとキノコの傘のように広がっていた


土煙が崩れ落ちて来る。パラパラと砂が落ちてくる中、ヴァロアは取り乱している姫様の手を引いて、ライダルは倒れたままのアンクスを担ぎ上げた。アグドと魔法使いウルセブも気が付いたらしい。ふたりも立ち上がって逃げる用意をしている。


「おい、何をぼさっとしてるんだ!相棒も逃げるんだよ。」


みんなが逃げる様子をキョロキョロと見ているうちにボクだけが取り残されていたらしい。人間の姿のジルがボクの手を引いた。


いつも手にしていたジルの木の枝の姿には熱が無かったけれど、今、ボクを導いてくれる手は温かい。やっとジルも人間に戻れたんだなと場違いな事を考えている間に、ボクはジルに一番手直にあった木の陰に引き込まれた。


どぉおおん!


落ちてきた土煙が地面を叩き、強い風が吹きつけた。


(ちっ。もっと大きな木陰に隠れられれば良かったんだが。)


慌てて滑り込んだ木は2人の人間が隠れるには細すぎて、強い風が巻き込んでくると喋る事も儘ならない。バタバタとはためくマントに体が引きずられる。


(ごめん。ボクがボケっとしていたからだよね…。)


みんなのことを信じて早く逃げ出し始めていたら、森の奥のもっと太い木の陰に隠れられたかも知れない。手直にあった太い木にはヴァロアと姫様、ライダルとアンクスとそれぞれが隠れているはずだけど、土煙が強すぎて彼らの姿を見る事ができない。


ボクは木の幹に爪を立てジルに密着すると、マントを引き戻して彼女を包んだ。やわらかい彼女の体にドキドキする暇も無くいほど呼吸ができ無くて、夢中で彼女の細い首元に顔を押し付けた。


(気にするな。それよりも、オレは木の枝に戻るから飛ばされないように受け止めてくれ。)


ボクと肌を触れ合わせているのが嫌なのか風の勢いが強すぎるのか、ジルはそう言うと『木になる指輪』に魔力を注いで木の枝の姿に戻った。木の枝の姿のジルは凄く軽いので、この強い風では魔王の森の奥まで飛ばされてしまう。


ボクはやみくもにジルがいただろう場所をまさぐって軽くなった彼女を受け止めると、倒れ込むように木の幹に頬をこすりつけてマントに包まった。ジルのいた分の隙間に潜り込めたので、息が詰まるような強い風が和らいだ気がする。


(ふうぅ。生足にバンバン砂が当たって痛かったぜ。)


(すごい恰好をしていたね。)


ジルが人間に戻った時にはアンクスで手いっぱいだったし、その後は膝の上に乗せられていて彼女の服装をゆっくりと見ていなかったけど、人間に戻った時の丈の短いスカートは印象的だった。


街中でも丈の短いスカートを履く女の子をあまり見かけることはない。大人になった女の人は長い裾のスカートを身に付けるのが一般的で、丈の短いスカートは小さな子供が成長に間に合わなくなった時くらいしか履かない。


(ああ、まあ、ちょっとな。)


大人になって短い丈のスカートを履くとしたら、夜の街で男の人を相手に商売をする人しか思い浮かばない。そう言う人の中でも特に相手を色気で気を引きたい人が短い丈のスカートを履いてるよね。


ジルは自分がそういう商売をしていたのを隠すために、ボクの前で人間の姿に戻りたがらなかったのかもしれない。


(いや、そう言うのとはちょっと違うんだよ。)


(まだ何も言ってないよ?)


(だいたい思い浮かべる事は判るさ。娼婦だとかさ。)


ギクリとしてジルを見るけど、木の枝の彼女はどこも変わらなくて、何を考えているか解らない。今までは普通のことだったけど、人間の姿に戻れると解ったら、なんだかジルがズルをしているように感じる。


(…まあね。他に思いつかなかった。)


(おう、で、今、右手で触ってる場所が、その娼婦のおっぱいな。)


(えっ!?)


(冗談だよ。まあ、娼婦というか、踊り子として盗賊の寝床に潜入してたんだよ。アイツ等を牢にぶち込むためにな。)


ジルは少しだけ昔を語ってくれ所によると、盗賊を油断させるために踊り子の格好をして、酒場にたむろする彼らに近づいていたらしい。


盗賊に気に入られて隠れ家に連れていかれたジルは、お酒を飲んで騒ぐ彼らを楽しませるために踊り、お酌をしながら武勇伝をねだった。だんだんと酔いつぶれる盗賊たちが出てくるころ、彼女は1人の男に部屋に連れ込まれる。彼女を隠れ家に連れてきた男だ。


ジルは当然予想をしていて、男が目を離している隙に『木になる指輪』で木の枝に変わり、ベッドの下に転げ落ちて身を隠す。ジルがベッドにいないことに気が付いた男が、慌てて彼女を探し始めた時、ジルの仲間が武装してなだれ込んでくる。


『小さな内緒話』でずっと連絡を取り合って、跡を付けてきた仲間が。


盗賊の悪事の証拠はジルが武勇伝をねだった時に聞き出している。場合によっては証拠の品をジルに見せびらかして自慢することもあったそうだ。


だけどある日、いつもより苦労して盗賊に取り入った時に悲劇が起こった。彼らは山あいに隠れ家を持っていたのだけど、馬に乗って向かう途中で落石に巻き込まれたんだ。


酒に酔っていた盗賊は大きな岩の下敷きになった。ジルはとっさに『木になる指輪』で落石の隙間に入って身を守ったけれど、岩に巻き込まれて深い谷底に落ちて、大事な『木になる指輪』が落石に押しつぶされて壊れてしまったそうだ。


(まあ、そんなこんなで、こんな格好をしていたってわけで、軽い女と思わないでくれよ。)


風が収まっても晴れない土煙の中、ボクはパラパラと落ちて来る砂を浴びながら、重さの無いジルの木の枝の姿をぎゅっと抱きしめた。



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澱に溜まった『憎悪』


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