報酬
第12章:勇者なんて怖くないんだ。
--『報酬』--
あらすじ:勇者アンクスに勝った。
------------------------------
丈の短いスカートのジルの膝に頭を抱えられて、ボクの耳も赤く染まる。魔王たちが『魔脈の澱』を止めるのにまだ苦労しているのか、未だに揺れる地肌と擦れてボクの頭がケガしないようにと抱えてくれた。
「ジルが膝を怪我しちゃうよ。」
「気にするな。やっと魔法が使えるようになったから、こんな怪我くらいすぐに治せるさ。」
木の枝の姿だった頃のジルには瞳が無かった。どうやって外の景色を見ていたのか解らないけれど、瞳を通して魔法陣を空中に浮かばせるドラゴンの魔法は使えなかったんだ。
ジルは久しぶりに使う治癒の魔法に苦労しながらも、なんとか魔法陣を描いた。体が動くようになったボクは急いでジルの膝から降りた。いや、恥ずかしいでしょ。
「終わったッスか?」
「わぁあ!」
立ち上がったボクにヴァロアが背中から声をかけてきて心臓が止まるかと思った。何が?と誤魔化したいけれど、短いスカートの女の子に膝枕をされていた事を指摘されると思うとちょっと怖い。笑って誤魔化そうと思ったけれど、ボクの顔は強張ったまま凍り付いた。
「アンクスがやられちまったんなら、オレに勝ち目はねえよ。降参だ。」
ヴァロアの横に戦士ライダルも立っていた。いやいやいや、さっきまで戦っていたんだよね?ヴァロアといっしょに心配そうにしている白い姫様がいるのは解るけど、彼女と剣を交えていた戦士ライダルまでもいっしょにいる事は無いと思うんだ。
手を挙げて降参の意志を示したライダルは親指で背中の向こうを示した。そこにはアグドとウルセブが難しい顔をして向かい合って座り込んでいて、耳を傾けると魔法陣を浮かべたりして何やら難しい話をしている。
「水の上側だけに不純物として塩を混ぜれば絶縁しながら雷を流せるんじゃないか?」「水の層が薄すぎるじゃろ?2枚に分けた方が空間もできるし確実じゃ。」「2枚に分けるなんて面倒だ。水を構成する物質が塩より大きいならできるんじゃねえか?」「2人でやればどうじゃ?」「いつも2人がいるとは限らねえだろ。」
「アグドも魔法使いのおジイさんも魔法バカッス。いくつか魔法の応酬をした後は、ずっとあんな感じッス。」
あきれ顔のヴァロアによると、お互いに睨み合っていた2人は、隙を突いてお互いに得意な魔法で攻撃をしあったらしい。そして、お互いの魔法を褒めはじめると、そしてそのまま魔法についての話に花を咲かせ始めたそうだ。
アグドはありえない可能性のために水と塩の魔法を同時に使う練習をするくらい魔法が好きだし、ウルセブも魔法と料理以外の話には、ほとんど耳を貸さないくらい偏屈なお爺さんとして知られている。お互いに魔法が隙だから気が合ったのかも知れない。
「アンクスもウルセブも脱落したらオレ独りだ。コイツだけでも手こずっていたのに、オマエとそこの姫さんが参加したらどうなるのか解るよな?」
ヴァロアに諸刃の斧をあしらわれていては、勇者アンクスを助けに向かう事は難しい。それにボクと姫様が戦いに参加して、遠くから石を投げたりしたら不利になる。最後には集中力を切らしてヴァロアの剣の餌食になっていたかもしれないと、ライダルはぼやいた。
「自分は斧を避けるだけで精いっぱいだったッスよ?」
「バカ言うな。オマエが怪我しにくい所ばかり狙うから、オレが隙を突いて大ぶりできただけで、オマエが本気でオレを殺そうとしてたら、結果がどうなっていたか解らねえよ。」
「殺気が無かったのは戦士様も同じッス。手足ばっかり狙うから簡単に避けられたッス。」
どうやら2人して同じような事をしていたらしい。ケンカが嫌いなヴァロアは相手が大怪我しないように気を付けながら、ライダルはヴァロアがアンクスの邪魔をしないように足止めをするだけのつもりだったのかな。
「まあ、オレとしては、アンクスがどうしてヒョーリを襲おうとしているのか解らないまま戦ってたからな。リーダーのコイツが倒れたらやる気も無くなるって話だ。」
ライダルは笑って気絶したままのアンクスの頭をひと撫ですると、手にしていたマントを畳んでアンクスの頭の下に枕のように引いた。
「それで、あの土煙は何なんだ?やっぱり魔王に関係あるのか?」
背中を向けたままだったから気が付かなかったけど、魔王と樹王を包み込んだ土煙はまだ晴れていなかった。どれだけ時間があるか解らないので、かいつまんで今まであった出来事をライダルに話す。
「ここに魔樹と言うのが移住して魔脈を吸い始めたら、魔王の森は成長を止めて大人しくなる。その準備を魔王が手伝っているって事だな?」
ボクの拙い話を簡単にまとめたライダルは唸った。人間の間では今まで魔王が魔王の森を広げていると信じられていたからね。すぐに話を飲みこめないのも当然だ。ボクだって話を聞いただけで、実際の証拠を見せられたわけじゃ無い。
少年の姿の樹王を手伝ったのは、魔王の森が広がるのを止めたかったからだけど、本当に樹王が言ったことが真実なのかは判らない。ただ、ボクを必要とした魔王が信じているので、ボクも深く考えずに信じていた。だけど、魔王を疑っているライダルには通じないよね。
「樹王ってのを助ける事で魔王にはどんな得があるんだ?魔王の街の方には森は広がらないんだろ?」
ボクは魔王の森が人間の住む場所に広がるのを止めるために樹王を手伝っているけれど、魔王の街は塩が濃くて森に浸食される心配がない。つまり、魔王には樹王を助ける理由にならない。魔王にだって国を治める責任がある。樹王よりも自分の国の魔族の人たちを優先するよね。
魔王の考えなんて解からなくて困っていると、隣から姫様が助け舟をだしてくれた。
「魔脈が使える人材を派遣してもらう約束をしているわ。」
「魔脈?」
ライダルが不思議に思うのも無理はない。ボクも知らなかったもの。魔脈を使えば世界の木々が見る風景を見られるのだと樹王に聞いた覚えがある。珍しい風景を見つけて自慢するのが楽しみだと言っていた気がする。
「色々と不思議な使い方ができるけど、魔脈を使うと遠くの人と会話ができるのよ。」
そう言って、姫様はライダルに気付かれないようにボクの左手に嵌った白い腕輪を指差した。
白い腕輪には5色の魔晶石が嵌められている。魔王と姫様の黒と白の魔晶石をこの話の流れで指すとは思えないから、残っているのはドラゴンの姉弟の赤と緑の魔晶石と記憶の図書館の司書さんの水色の魔晶石。
ヤイヤさんのことは姫様も知らなかったから、残っているのはドラゴン。幼い頃の姫様を助けるために彼女のお母さんはドラゴンに助けを求めたんだ。
ドラゴンの里に行くためには難しい条件があると姫様は言っていたけれど、そのひとつがドラゴンにお願いをするために魔樹に魔脈を借りる事なのかもしれない。
「なるほど。伝書鳥よりも早い交信手段を手に入れられるなら、その価値は計り知れないな。」
人間が遠くの人と対話をするなら手紙、伝書鳩や定期便、ボクが冒険者ギルドの手紙を運んだように旅人に手紙を運んでもらうくらいしかない。時間もかかるし、何日も人を雇うからお金もかかる。それが節約できた上に時間がかからないなら、すごく便利になるよね。
だけどきっと、魔脈にはライダルが考えているよりも価値がある。たぶん、魔族が魔脈を使って話をする相手は、遠く白い大地に住んでいるドラゴンだよね。何でもできそうなドラゴンに知恵を借りれば、どんな問題も解決できるんじゃないかな。白い姫様の体を治したように。
白い姫様がライダルに知られないようにこっそり腕輪を指差したのは、それを知られたくないからだよね。だから、ボクは思いついた答えを胸に仕舞った。
------------------------------
次回:崩れる『土煙』




