後悔
第12章:勇者なんて怖くないんだ。
--『後悔』--
あらすじ:『魔脈の澱』を止めるのに成功したけど、アンクスが現れた。
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「どうしてアンクスがここに?」
宝石で飾られた勇者の剣を持つ勇者アンクスは、魔王の森を『魔断の白刃』で薙ぎ払って魔王の城へ向かっていた時、黒い雲になった魔王に襲われて撃退した。その後に黒い雨が降ってきて森の木々が急成長したから、みんなで逃げたんだ。
ボク達を置いて。
目的の魔王を倒したのだから、てっきりニシジオリの王都に戻って安穏と暮らしていると思っていたのに、まさか『魔脈の祭壇』のあった場所に来るとは思っていなかった。だって、ここは『賢者の居なくなった遺跡』とさえ思われていないカプリオの村の裏。何の目印も無い場所なんだよ。
「魔王が現れたから倒してくるように命じられたんだよ。来てみればバカでかい土煙が上がっているし、いったい、どうなってんだ?」
一度は魔王の森を出たアンクス達だったけど、王都まで戻れずに森の近くに残ることになった。アンクスと一緒に小芝居をして魔王の森に向かったボクが帰らなかったから、街の人たちが疑わないかと考えた人がいるみたいだ。街の人の祈りがアンクスの力になるからね。
アンクスの勇者の力が弱まる前に、今まで広がりに広がっていた森の木々をなぎ倒して、森に埋もれてしまった村や畑を取り戻すように命令が下る。
『破邪の一閃』や木こりの斧で木を伐り続ける毎日に魔法使いウルセブ様は、森で拾い集めた『魔断の戦車』を再建して『魔断の白刃』で一気に森を切り倒そうと考え始めた頃、魔王の森は、また広がり始めた。
そして3日前。いつものように木を切っていたひとりが悲鳴を上げた。『賢者の居なくなった遺跡』の場所に魔王の姿が見えたと。騒ぎは大きくなって復活した魔王が人間の街に復讐に来たんだと噂されるようになった。
再び魔王を倒すように命令されたアンクスが『賢者の居なくなった遺跡』の丘のふもとまでやって来た時に大きな地震が起きた。天変地異のような地震に空を見上げれば天まで届きそうな土煙が立っている。アンクスは急いでその根元に走った。
3日前。そう、ボク達がカプリオの村に戻って来た日だ。あの日、小高い丘に立った3階ほどの高さのある魔王の肩の上で、ボクは暢気に森の端まで見渡せると喜んでいた。だけど、こちらから森の端まで見通せるなら、向こうからもボク達の姿を見る事ができたんだ。
魔王の姿を人間に見られていたんだ。
「どうして?お父様たちは人間に気付かれないように幻を見せていたはずよ。」
気が付かないうちに魔王と樹王は対策を施していたらしい。魔王の城まで来たアンクス達に魔王を倒した幻覚を見せたように、幻を使って大きな体を持つ魔王の姿を隠していたそうだ。
ただ今回は特定の相手に幻覚を見せるだけでは済まなかったので、魔王の持つ『強すぎる共感する力』だけでは幻覚を見せられなかった。そこで、樹王が魔王の力を強める粉を用意して『強すぎる共感する力』と合わせて魔王が見えないように工夫していた。
風に乗った粉を吸った人には魔王が見えなくなり、魔王の森の青い空を見ていたはずだった。
「ふん。人間にはよ、『真実の目』って『ギフト』があるんだよ。」
最初に悲鳴を上げた木こりは風の気まぐれでたまたま樹王の粉を吸わなかったのかもしれないけれど、それだけなら大騒ぎにはならなかったはずだ。
ボクだって黒い雲になった魔王の姿を悪夢で見る事がある。森で黒い雲になった魔王に襲われただけの人なら、疲れて幻覚を見ただけだと言われるかも知れない。
木こりの言い分を確かめるために、『真実の目』という『ギフト』を持つ人が呼ばれた。
魔王に幻覚を見せられてアンクスが魔王を倒し損ねたという事実はジルが王妃様に伝えていたから、『魔断の戦車』で魔王の城を目指す時に、念のために『真実の目』という『ギフト』を持つ人を護衛の兵士のひとりに紛れ込ませていたんだ。
『真実の目』は偽物を見抜く『ギフト』だそうだ。もともとは嘘で飾っている人を見抜いたり、改ざんされた書類を見つけたりするための『ギフト』だけど、幻覚という嘘を見抜くこともできたんだ。
その人が魔王の存在を見抜くと、たちまち浄化の魔法と風の魔法で、樹王の幻覚の粉は無効化された。魔王と樹王の努力は覆されたんだ。
「ふうふうふう。やっと追いついた。」
「ひとりで行くなんて無茶が過ぎる。何か有ったらどうするんだ?」
「オマエたちが遅いだけだ。」
アンクスの話が終わった時、魔道具の魔獣、アラスカに乗っていても息を切らした魔王使いウルセブ様と、平然とはしているものの顔を真っ赤にしている戦士ライダル様がアンクスに追い付いた。二人を置いてアンクスは勇者の力で先駆けて来ていたんだ。
勇者の力は応援してくれる人集めて力を強くするものとばかり思っていたけれど、足も速くしてくれるなんてすごいよね。
「オマエ達はこいつらの相手をしてくれ。何をやっているのか知らねえが、たぶんあの砂煙の中に魔王が居るは。オレはそっちを片付ける。」
アンクスが宝石の付いた勇者の剣を陽に輝かせ土煙を指した。ボク達と話している間に目星をつけていたんだね。あんな非常識な高さの土煙を作れる存在は3階もの大きさのある魔王以外にはいないから、アンクスでなくても答えに辿り着いてしまう。
いくら樹王でもすぐに根を張れないみたいで、まだ地面は細かく揺れている。揺れている間は、魔王も動けないとアンクスも判断したみたいだ。娘を殺したと思っている人物が傍にいるのに魔王が現れないなんておかしいからね。
できれば、樹王の手助けをしに来ただけの魔王と姫様には穏便に城に帰ってもらいたかったと、ボクは苦虫を噛み潰す。
「あのデカい土煙の中にか?」
「なるほど、確かに大きな魔力を感じるぞ。未だに続く妙な地震もアレのせいなのじゃな。」
普段はボクなんて居ないように、ほとんど喋らないアンクスが長々と喋っていたのは、魔王を警戒して2人を待っていたからだったんだ。アンクスなら『破邪の一刃』でボク達を簡単に吹き飛ばす事ができると思うけど、近くに魔王がいるのが判っているから用心していのかもしれない。
数の上では相手は3人と1頭で、ボクとヴァロアとアグドと姫様にカプリオのボク達はまだ数では勝っている。だけど、相手は勇者と戦士と魔法使いなんだよ。占い師と吟遊詩人と自称護衛にお姫様じゃ、相手にならないんじゃないかな。
ライダル様は王宮でも名の知れた戦士様だし、ウルセブ様は雷鳴の剣を持っている。一方、ヴァロアと姫様は女の子だし、アグドは護衛と言っているけれど、2人を相手に頼りになるか解らない。
それに、アンクスは勇者だ。
ボクなんかじゃ太刀打ちできない。
魔王と樹王は砂煙の中にいて頼れない。姫様といつも一緒にいる白い魔獣と黒い魔獣は、『魔脈の澱』を捕まえるタイミングを計るための哨戒からまだ戻っていない。
「お父様の元には行かせないわ!」
そう言ってアンクスの前に立ちはだかる姫様は丸腰で、白い魔獣も黒い魔獣も連れていない。たとえ剣を持っていたとしても、あの細い腕じゃ持ち上げられるかどうかも怪しいけれど。
「あの白い魔族には見覚えがある。」
「確か、魔王の娘じゃったな。」
「前は幻でコケにされたんだ。確実にやれ。」
ライダル様が背負っていた諸刃の斧を降ろし、ウルセブ様が雷鳴の剣に手をかける。
魔王を倒したアンクスは、魔王の後継者になるからと白い姫様の事も殺したんだ。あの時は魔王が見せた幻覚だったから助かったけれど、今の魔王は『魔脈の澱』から手が離せない。もしかすると土煙で周りが見えなくて、姫様の危機も知らないかも知れない。
あの時の感覚は忘れられない。姫様の命が、大切な友達の命が、目の前で失われた。姫様の体がぐずぐずと崩れてもボクは何もできなくて、目の前が真っ暗になった。
大勢の人を集めて見せびらかされた赫い魔晶石。魔王の娘の物だと言われて姫様の笑顔を思い出して、ボクは我を忘れてアンクスに殴りかかった。後悔と懺悔の気持は未だに残る。
いや、まだやり直せる。
今度こそ、ボクは白い姫様を守るんだ。
ボクは、
『愚者の剣』を抜いた。
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次回:歩み寄る『絶望』




