蒸し焼き
第12章:勇者なんて怖くないんだ。
--『蒸し焼き』--
あらすじ:遺跡を壊した。
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ボクは浄化の魔法で体の汚れを落とすと、掘ったばかりの穴に大きな葉っぱと香りの良い葉っぱを敷き詰める。昨日はチロルを焼いて食べたから、今日は蒸し焼きにするつもりだ。焼き目がついて香ばしいお肉も美味しいけれど、蒸して柔らかくなったお肉も美味しいよね。
思えば旅にジルに会う前は占いの仕事も兼ねて食堂で食べてばかりだった。ジルやアンベワリィに魔法使いのウルセブ様。色々な人に料理を教えてもらったから、色々な物を作れるようになった。そう言えば、土に穴を掘る蒸し焼きは魔道具の魔獣のカプリオに教えてもらったんだっけ。
村のある丘を下った谷間では魔王と樹王が新しくできた穴の周りにある木を抜いている。そこはあの『魔脈の祭壇』があった場所で、これから魔樹の人たちが移住してくる予定の場所だ。
本当は魔樹の人たちがカプリオの村に移住した後に、暮らしながら自分達に合うように開拓する予定だったのだけど、魔王が白い姫様を揺らさないようにと遅く歩いたからね。振り子のように揺れる『魔脈の澱』が戻ってくるまの3日間を持て余していた。
だから、こうしてゆっくりチロルを蒸し料理にする時間もできた。さすがにひとりで数十羽の羽を毟るのは大変だったから、みんなに手伝ってもらったけど。
羽根を毟り終わったら、ヴァロアはいつも通りカプリオを、姫様は白と黒の2頭の魔獣を、そして、アグドはこの村で再会した2羽のビスの手入れをしている。マティちゃんはアグドから逃げようとしているけど。
(オレの分はもう少し多くしておいてくれ。朝食にも食べたいんだ。)
(だったら人間に戻って、みんなと一緒に食べれば良いじゃない。)
人間に戻れるようになったジルだけど、一向にその姿を見せてくれない。魔王や樹王の前で人間と木の枝に変身できる裏技を晒したくないのだと。人に変わる姿を見せれば相手が警戒して、密談をする時にジルの姿を探すようになってしまう。
昨日焼いた鳥肉もジルのために取っておいた。比較的壊れていない家を見つけて竈門の周りを板や葉で隠して灯りが漏れないように細工した。せめてジルに温かい料理を食べてもらいたかったからね。焼きたてが一番おいしいと思うけど、温め直せるようにしておいたんだ。
料理とジルを置いておいたら夜のうちに無くなっていた。ジルが久しぶりに口にする料理に感動する姿を見たかったのに。後から感想を聞かされても、どこか他人事のようにしか聞こえない。同じ時に同じ場所にいて、同じ感動をいっしょに味わって喜んであげたかった。
(ニシジオリの王都に戻るまでの辛抱だ。そうすればオレも他の奴らに紛れ込める。)
さらりと躱すジルに不満を覚えつつも、たわいのない会話を楽しみながら羽を毟って貰ったチロルを焚火で炙って残った産毛を焼く。浄化の魔法をかけてから大きな葉に包んで穴の中に放り込み、上からさらに大きな葉をかぶせて土で覆った。
焚き木には崩れ落ちた家の破片がいくらでも乾いてある。もともとはカプリオの村のものだと思うと、ちょっと心が痛むけど。
「樹王が新しく作る村に破片が飛んで行くと危ないからねぇ。まだセンセーの部屋は残っているし、ご主人様との思い出は、ちゃんとボクの胸の中にあるから大丈夫だよぉ。」
ボクがジルに漏らした心の痛みに、カプリオがわざわざ言葉をくれたので助かった。
「ねぇ、畑で野菜を採ってきてもいい?」
魔獣の世話の終わった白い姫様に野菜料理の追加を頼まれた。蒸し焼きをする穴の中には野菜もいくつか入っているけど、昨日も食べた焼いた野菜も食べたいそうだ。気に入ったのかな。
「もう蒸し焼きの準備は終わったから、串焼きでよければ。」
埋めたばかりの穴の上に焚き木の山を作ると、火の魔法陣を浮かべる。これが燃え尽きる頃には肉の真ん中まで火が通っているはずだ。まあ、たくさんのチロルを料理するから、残りの穴にも同じことをしなきゃならないけれど。
(なあ、オロナイモを増やしてくれないか?)
(あれは蒸して食べる物じゃないの?)
全ての穴の上に焚火を作り終えた後に、ジルが申し訳なさそうに追加を増やした。王都には無い珍しい食材でカプリオに勧められるまま食べた覚えがある。
(焼いても美味いってカプリオは言っていただろ。)
(自分で掘ればいいじゃない。)
オロナイモは地面の中に埋まっているので一苦労する。それに、あまり多く作ってしまうと、料理を隠す時に見つかってしまう。
(夜でも畑で動いてしまえば魔王や樹王に見つかるぜ。焼くのは自分でやるからさ。)
魔王に人間だって知られても困ることは無いと思うんだ。見た目は怖いけど思ったより優しかったし。言う事を聞いてくれないジルに気を揉みながらも、先に向かった姫様との話を楽しみに畑に向かった。
(あれ、姫様がいない…。)
(奥の方に行ったんじゃないか?)
畑と言っても荒れた土地に残って自然に生えるようになった野菜たちだ。空いた場所に無秩序に生えていて畑は足の踏み場もない。大きくて美味しそうな実を探して畑の向こうに行ったと考えられる。
ガッカリして、オロナイモを探して歩き出そうとすると、ボロボロの納屋からごそごそと音が聞こえた。チロルにしては大きな音だ。
(魔獣かな?)
(この村には結界が張ってあるんだぜ。)
(でも、姫様の連れている魔獣は入れるんだよね。)
カプリオを作ったという賢者様の張った結界はきっとすごいんだろうけど、姫様にも魔王にも効いていない。魔王の森にいる魔獣と姫様の連れている森にいる魔獣との違いが解らないけど、同じ魔獣なら入れるのかもしれない。
(チロルが生き残っているんだ。他にも残っていた家畜がいるのかもしれない。)
(森に戻った家畜は危険だよね。)
(まあ、どっちにしても確かめた方が良いよな。)
人間に慣れていない動物は、時に狂暴になって手が付けられない。この村では見たことが無かったけれど、どこかに隠れていたか結界の外に出ていたのかもしれない。
家畜なら草を食べる動物ばかりで脅せばにげていくはずだ。足音を忍ばせたボクは深く息を吸うと『羽化の剣』を抜いて、ボロボロの納屋に飛び込んだ。
「わあああああああ!」
(あ、いや、待った!)
ボクが大声を上げて飛び込むのと、ジルが止める声が重なった。
目の前には白い肌を露わにして手ぬぐいで体を拭く姫様の姿。姫様の足元には水の満たされた丸いタライ。その向こうには姫様の服を手にしたヴァロアが目を丸くしている。
「兄さんのエッチ。」
姫様の瞳にジワリと涙が浮かび、頬が赤く染まる。
「きゃぁっ!」
十分な沈黙の後に上がった姫様の悲鳴が聞こえた時には全てを理解できた。
今日は埃の溜まった地下を歩いたし、その後も魔王が遺跡の天井を崩して土煙も舞った。魔獣の世話もしていたし、いつもより埃と汗で汚れている。ボクたち人間は浄化の魔法で体の汚れも服の汚れも落とせるけれど、魔族の姫様には浄化の魔法は5日も寝込むほどの毒になる。
浄化の魔法が使えない姫様は、隠れて濡れた手拭いで体を拭いていたんだ。
そして、汚れた服をヴァロアに渡して浄化の魔法をかけてもらっていたんだよね。服だけなら浄化の魔法をかけても寝込むことは無い。口に入れる塩でも浄化の魔法はかけられるから。
外から戻ってきた黒い魔獣がぐるぐると唸り、白い魔獣が必死に止めてくれている。
「ごめん!」
謝って逃げようと踵を返すと、半眼の魔王が丸太の山を手に持って佇んでいた。魔王の森から抜いた丸太が余るなら教会の床や入り口を塞ごうと運んでもらったんだよね。だって、カプリオの大切な物が詰まっているんだもの。
見上げる魔王の目が白い大地の風のように冷たい。
ボクは、今日、死ぬかもしれない。
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次回:魔王vs.『魔脈の澱』




