地下通路
第12章:勇者なんて怖くないんだ。
--『地下通路』--
あらすじ:カプリオの村に着いた。
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魔樹の人たちが作った編みカゴに藁の屋根を乗せた。雨の心配をせずにぐっすりと眠たボク達は、崩壊した教会みたいな建物の前に集まった。
ちなみに、アグドはチロルを捕まえられなかったよ。勢い込んだ彼は魔法を使うのも忘れて走り回り、全てのチロルに逃げられた。肩で息を吐くアグドを尻目に白い姫様の連れている黒い魔獣と白い魔獣が軽々と捕まえてくれたから、豪勢な焼き鳥を味わえたけど。
ついでに、食事の必要のないはずの魔王も、味見と言って何羽か丸焼きにして食べていた。10羽くらい丸めて食べても一口にもならなかったけど。
「この穴から降りれるかなぁ?」
教会の下にはボクがカプリオと出会った地下室があるけれど、降りるための階段は隠されていた上に瓦礫で埋まっていた。カプリオが床に開いた穴を示すと、樹王がロープほどの太さのツルを伸ばして梯子を作ってくれた。
魔樹のツルは便利だね。昨晩も藁の屋根を葺く時に色々と役立ってくれた。ボク達もロープで荷物をまとめたりマントを干したりと、たくさん使うから、立ち寄った村で藁を買って馬車の上で編んだりする。結構な手間だから、羨ましい。
地下へ降りると樹王の右手が光っていて、崩壊して暗い地下を照らしてくれていた。
「すごいッスね。」
人間の使う火の魔法だと風の影響を受けて火が揺れる。明るくしようと火を強めると熱くなって困ったりね。
「人間の使う魔法ほど便利じゃないさ。」
植物の中にはツルをのばすものや光るものがあって、それを真似て時間をかけて体を変化させたのだと素っ気なく言った。いやいやいや、人間は体を変えたりできないからね。魔法だって神様に貰ったり、ドラゴンから盗んだりしたものなんだ。自分の力で何かを作れるってすごいよね。
体の大きな魔王を残して降りた地下は夜中に降った雨でじっとりと濡れていて、指先ほど積もった砂をぬかるませていた。部屋のほとんどは瓦礫に埋まっているけれど、カプリオに会った日のことを思い出させてくれた。
古の賢者様が作ったという魔道具の魔獣は、誰も居ない村で、『勇者の剣』と『愚者の剣』を守っていた。勇者アンクスが『勇者の剣』を持って行くまで。
「ヒョーリ、そこの壁の突起を押してぇ。」
邪魔な瓦礫を魔王の触手にどかしてもらってカプリオの指示通りに壁の突起を押すと、壁の一部がぐるりと回って道ができた。隠し通路があったんだ。『賢者の居ない遺跡』はここにあったんだ。
隠された通路に入ったカプリオが壁の突起を頭で押すと天井の細い棒が白く光った。部屋が明るく照らされると、樹王も光るのを止めてしまった。綺麗だったんだけどな。
初めて見る通路にはいくつもの扉が壊れずに残っていた。
見慣れた農具が仕舞われている倉庫。昔は非常用の食料を収めていたという食糧庫。村の結界が破れて魔獣に襲われた時に逃げ込めるようにと、人が生活できる避難場所も用意されている。鍵が掛かっている部屋には勇者グリコマ達が集めたお宝が収められているらしい。
それから賢者様が使っていたという研究室にはたくさんの本と見た事もない器具があって、作ったものは隣の広い実験室で色々な試験をしていたそうだ。
「今日の目的はその部屋じゃないッス。」
魔法が好きなアグドがふらふらと賢者様の部屋に入って行こうとするけれど、ヴァロアが耳を引っ張って止めてくれた。
「賢者様が死ぬ前に重要な物は整理したから、大したものは残っていないよ。」
たくさんの扉を通り過ぎると、白い明かりに照らされた埃の積もった通路だけになっていく。奥へ奥へと進んで長い螺旋階段を降りて更に奥へと進んで行く。
「さあ、着いた。ここが『魔脈の祭壇』だよぉ。」
賢者様の作った魔道具で厳重に鍵のかかった扉を開けると、そこには広くて丸い部屋があって、真ん中にぽつんと四角い祭壇が置かれていた。石でできた祭壇は四隅に大きな魔晶石が飾られていて、複雑な模様が描かれている。
「ほう、人間は魔脈を利用していたのか。」
祭壇の複雑な模様を目で追った樹王が感嘆の声を上げた。
「いちおう脈相から漂相までの変換はできるけど、効率はすごく悪いよぉ。」
「縮相へは?」
「グルコマが魔族に気を使ってたから、研究もほとんどしてないかなぁ。」
「なんだそれは?」
興味を持ったアグドが口をはさんで教えてもらった。ボク達が使う魔力には、水が氷やお湯、水蒸気になるのと同じように『相』というものがあって、魔脈はそのままだと魔樹にしか使えない物らしい。賢者様はこの祭壇を使ってボク達が普段使う魔力に変えようとしていたらしい。
実用として何かに使うにはまだまだ難しくて、賢者様が無くなる前に封印をしたそうだけど、アグドは興奮している。けど、ボクには彼が何に興奮しているのか解らなくて、何となく難しい事をしていたんだな、とだけ感じて途中から樹王の説明は耳を通り過ぎていた。
「お父様、私達の場所は解る?」
難しい話が終わると、白く光る棒の付いた天井を見上げた白い姫様が虚空に問いかける。平らな天井はそこに確かにあって、地下遺跡に入れなかった魔王は見えない。
だけど、魔王には『強すぎる共感する力』がある。魔王は、ボク達が地下に入る前に白い姫様と共感していて、地下の姫様の後を追って今はボクたちの真上にいるはずだ。
「本当に良いの?」
魔王とのやり取りを終えたらしい姫様がカプリオに最後に訊ねた。
「たくさんの魔樹がここに押し寄せれば、この部屋は根っこで埋め尽くされちゃうでしょぉ?それに、もう村も寂れて畑を耕す人もいないからねぇ。」
『魔脈の澱』を魔樹の人たちが欲しがるように、畑の作物も『魔脈の澱』の影響を受けると育ちが良くなるらしい。それに気づいた賢者様の助言で、勇者グリコマは広い魔王の森の中でこの場所を選んで村を作ったそうだ。
そして、賢者様も『魔脈の澱』をもっと使えるように研究するためにこの村に身を寄せた。だけど、村から誰もいなくなって賢者様の跡を継ぐ人は現れなかったそうだ。カプリオがご主人様と呼ぶ彼のお孫さんも。
「すまないな。」
「頭をあげてよぉ。おじいちゃんの研究も中途半端だしぃ、魔樹の人たちに使ってもらった方が正しいと思うよぉ。最後に立ち会わせてくれて、ありがとうねぇ。」
樹王が頭を下げるとカプリオは止める。ここにもカプリオがご主人様と慕う人との思い出もあるかもしれない。けど、いつも通りのんびりとした言葉には悲しそうな雰囲気は感じられなくて、魔道具の魔獣として作られたのっぺりとした顔はいつもと変わらないままだった。
白い姫様がボク達を通路へと避難させてゆっくりと頷く。最後に自分も避難した姫様は緊張した白い顔の真ん中で赤い瞳を据えると、天井を仰いで告げたんだ。
「お父様!やってちょうだい。」
ドスドスドスと天井から太い触手を尖らせて突き刺さる。触手は次から次へと円形の壁に沿って隙間なく突いていって、8方を支えて止まった。
ボク達はソンドシタ様の緑の魔石を使って、通路の入り口に透明な緑の膜を張ったから無事だったけど、円形の部屋の中はもうもうと土煙が充満していた。
触手が天井を持ち上げると、強い風が起こって土煙を晴らしていく。
天井にぽっかりと開いた穴から青い空と、覗き込む魔王が見えたんだ。
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次回:チロルの『蒸し焼き』




