家庭教師
第2章 書類整理だけをしていたかったんだ。
--家庭教師--
あらすじ:王女様が朗読の教師をつけると言った。
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「あらあら、まぁまぁ、『キミのために海に出る。オレは絶対にキミを連れ去りに来る。』よ。もう一度やってみて。『絶対』の部分をもっと溜めるようにして発声してみてちょうだい。」
「スオウが海賊に身を落としてでもメノウを取り戻すと決意を固める場面なのよ。もっと激しく演技なさい!」
大げさな身振りで朗読するヤワァ夫人に習ってボクは壊れた人形のように言われたままに繰り返す。物語の冒頭だというのに、すでに何十回も同じ場所を読んでいるので、すでに飽きている。けど、断る事もできない。
ノリノリでボクに朗読の指導をしてくれているのは、イケズナ・オヒト・ヤワァ公爵夫人。そして、隣で更に熱心なアドバイスをくれるのはアテラ・ホンニ・スキヤネン王妃様。
いや、何で王妃様がボクの家庭教師なんてやってるの!?
最上位の貴族様で有る公爵夫人でさえ信じられないのに、王妃様がボクの教師をやっている。しかも、時には身振り手振りまで付けてノリノリで。
(良く飽きないな。)
(とっくに飽きているよ。)
(いや、ご婦人方がだよ。)
「ほら、フランソワーズちゃんもおしゃべりしない!」
「なんでバレるし!」
ジルが珍しく声をだして話す。王妃様にもヤワァ夫人にもジルが話す棒だって事は知られている。ジルは王宮占い師の所に居たんだよね。その時に知り合ったそうだ。
「ヒョーリ君の苦虫を噛んだような表情と間の空き方を見てればおしゃべりしているのくらい解るわよ。」
胸を張って王妃様が言う。
いや、ホント1言しか話していないのに良く判るな。
ちなみに、フランソワーズはジルが王宮で過ごしていた時の名前だそうだ。女の子の名前だよね。ジルが言うには、メイドさんたちとスパイをする時には女の子に擬態していた方がやりやすかったのだそうだ。
女の子と一緒に相手の国に潜入した時に棒のジルのために別の部屋なんて用意できないし、屋敷に忍び込んでメイド服を借りる時でも、女の子が気にせずに着替えられるから便利だったらしい。まぁ、棒だし女の子の声で喋るから女の子だと言われても違和感はないのだけど。
でも、結局、本当の性別は教えてくれなかった。なんでそんなにこだわるのだろう?
まぁ、今はそんな些細な事より、王妃様が家庭教師になった話に戻ろう。
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「アナタがヒョーリ君?」
「あ、ハイ。先日からこの図書館で仕事をさせていただいております。よろしくお願いします。」
お昼ご飯をたくさん食べて眠くなる頃に、貴族の女の人が侍女を引き連れて図書館に入ってきた。この図書館にカナンナさん以外の女の人が来るのは珍しい。
図書館には物語の本もたくさんあるのだけど、普通の貴族の人たちは自分の好きな本は買って読むのだそうだ。王女様は自分の本を王宮の図書館に置いているそうだけど。
「初めまして。イケズナ・オヒト・ヤワァです。ウチナ王女の教育係をしているのよ。ウチナちゃんからキミに朗読を指導するように言われたのだけど、身に覚えは有って?」
入ってきた女の人は少し不機嫌そうに言う。そりゃ、いくら王女様の言いつけだとしても、平民のボクなんかを教育しなきゃならないのは面白くないのだろう。
(ヤワァは公爵夫人だぞ。身分はかなり上になるから丁寧に応対しておけ。)
ありがたいことに、ここに来る貴族の身分なんかはジルが注釈をつけてくれる。宮廷占い師の所やスパイ活動をしていた時に覚えたのだそうだ。けど、そんなに身分が高い人がどうしてボクの所になんて来るのだろう?
「はぁ、先日、望まれて朗読させていただいた時に喜んでいただいて、教師を付けるとおっしゃっていましたが、まさか…。」
「そのまさかです。まったく、何で私が入りたての平民の指導をしなきゃならないのかしらね?」
イヤそうな顔で言われても、ボクだって教わるのは同じ身分の人とかメイドさんとかだと思っていた。まさか貴族様に教えられるような事になるとは思っていなかった。
(貴族の子供の家庭教師ってのは大抵は貴族がやるものなのさ。単純に学問を学ぶのではなく、普段の立ち振る舞いや礼儀作法も覚えるためにな。王女が学んでいる人に教えさせようとするなら、当然、貴族になるわな。)
ジルが解説してくれるけど、それを了解して貴族が来るとは思えなかった。いや、来ているんだけど。
「面白そうな事をするようね。」
ヤワァ夫人が整った眉根をひそめていると、図書館のドアが勢いよく開いて、また女の人が侍女を連れて入ってきた。今度の人は付いて来ている侍女の数が多い。
「王妃様!」
「私も混ぜなさい。」
貴族様が来るとも思っていなかったけど、王女様の侍女から話を聞きつけた王妃様が来るとは、もっと思っていなかった。ヤワァ夫人と話している最中に、まるで遊びに行く子供のように「混ぜなさい。」って、入ってきたのが王妃様だとは絶対に思わないよね。
「ちょうどいい機会だから、部屋に閉じこもってばかりのあの子を外に出したいのよ。最近は少し日に焼けたくらいの元気な子のほうが好まれるみたいだし、あの子は白すぎて病弱に見えてしまうわ。それに友達を増やしてあげたいし、何より、散歩させる習慣を付けさせたいのよ。」
「どうするのですか?」
ヤワァ夫人が尋ねる。
「例えば、泉のほとりを題材にした詩があるとするでしょう。ヒョーリくんに泉のほとりで読ませると言ったらホイホイ出歩くんじゃないかな。」
「景色の良い所で読ませるだけでも効果はありそうですね。高原で鳥の声を聴きながら詩の朗読をしてもらうなんて聞いたら私ならドキドキしてしまいますわね。」
「それに、侍女と感想を言い合うのが面白かったと聞いたわ。聞いたばかりの詩を話し合える友達を作れば道中の不満も減るでしょうし、あの子は部屋に籠ってばかりで友達が少ないのよ。」
「近頃の子はウチナちゃんと違って本を読まなくなりましたからね。ダンスや音楽ばかりが流行ってしまって、もう少し本に興味を持ってもらいたいと思っていた所です。ウチナちゃんと一緒に本の話ができるとなれば、少しは興味を持ってくれるかもしれませんね。」
「愛の詩集を貴族の男に読ませるのには問題があるけど、平民の彼なら婚姻に結びつかないし丁度良いでしょう?」
「なるほど、一石二鳥どころか、三鳥と言うわけですわね。ついでに詩を作ることが好きな人を集めて、自作の詩の朗読会をしてもらおうかしら。旦那は絶対言わない愛の言葉を詠わせるのよ。」
と、さらりととんでもない事を言う。この間、4人の女の子の前で朗読するだけでも緊張したのに、これ以上増やされたら、緊張のあまり失神してしまうかもしれない。
「それも、面白そうね。後はヒョーリくん次第よね。彼の声が魅力的なら集まる夫人も多くなるでしょう。」
「声が良ければ歌わせるのも良いかもしれませんね。」
いやいやいや、歌なんて歌ったことも有りませんよ!
「そうね、散歩をしながら歌を聞くのも一興ね。私もいっしょに歩こうかしら。」
「と、言うワケよ。大いに期待しているからがんばってちょうだい。」
王妃様とヤワァ夫人は面白いオモチャを見つけたかのように微笑んだ。
いや、なにがどうなってそう言うワケになったのか判らないけど、とにかく面倒な事になったのは良く分かった。
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次回:『泉のほとり』へ散歩しに。




