大きな扉
第12章:勇者なんて怖くないんだ。
--『大きな扉』--
あらすじ:『木になる指輪』を作った。
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出発の朝。ボク達は魔王の城の中にある訓練場へと集まった。勇者アンクスが魔王と戦った名残はとっくに消えていて、地面は慣らされて激しい戦いがあった跡も魔王や白い姫様が死んだ痕跡も残っていない。
死んだように見えたのは魔王が見せた幻覚だというから、当たり前なのかもしれないけど。
訓練場に集まったのは、ボク達3人の人間とジルとカプリオ。樹王と似たような姿をした魔樹の人たち。それにボク達を見送ってくれるアンベワリィを始めとした魔族の人たちと結構な数がいる。ヴァロアもアグドもそれぞれに魔族の人に囲まれて別れを惜しまれていた。
「いいかい?絶対に無理はするんじゃないよ。」
アンベワリィが顔を歪めてボクをぎゅっと抱きしめてくれる。嬉しいんだけど、ヴァロアもアグドも、樹王も近くにいる。恥ずかしさにボクは頭を振って彼女の胸から逃げ出した。
「大丈夫だよ。みんなが助けてくれるから。」
心配そうに眼を潤ませるアンベワリィには、前からコツコツと溜めていたという保存の効く食べ物をたっぷり貰った。
カプリオの村に辿り着ければ放置された畑に痩せているけど野菜が生えているし、チロルの群れが巣くっている。すばしっこいチロルはボク独りだと獲れないけれど、今度は魔法の得意なアグドもいる。3人で追い込めば食べ物に困らないはずだ。
そして魔王の森もネマル様の赤い魔晶石があれば魔獣が来ても追い払える。獣道を進むから足元に気を付ける必要はあるけれど、大きなケガをする可能性は小さいよね。
「で、こんな所に集まってどうするんだ?」
魔族の囲いから抜け出したアグドが少年の姿をした樹王に問いかける。訓練場はぐるりと建物に囲まれていて、森へと旅立つなら城の外の広場の方が近いんだ。
特に樹王と同じように幼い姿をした魔樹達は城にはほとんどいなくて、魔王の森のほとりで暮らしているみたいだからね。代表者だけだとは言え、わざわざ森から街を通って城に来るのは大変だったと思う。
「まあ待て。まだ親玉が残っているだろう?」
樹王の細い指が訓練場の向こう側を指差したそこには、ひときわ大きな黒い建物があって3階ほどの高さのある魔王のための大きな扉がある。あそここそ魔王の城の中枢だ。
「ああ、魔王にも挨拶しなきゃなんねーか。世話になったしな。」
勝手に連れて来られて引き留められていたけれど、長居の間は広い部屋を用意してくれて食事にも困らなかった。魔族の人たちも良くしてくれたし、魔王に会うのは怖いけど、最後にお礼を言いたい気持ちはある。すっかり抜けていたけど。
ボク達が納得していると、ギギギと重い音を立ててゆっくりと大きな扉が開いて、3階くらいの大きさのある魔王が姿を現した。太陽の下で見上げる姿は壮観で、慣れたからか前みたいに怖いとは思わなかった。少しだけね。
「待たせたな。」
一斉に魔族達が跪いた。魔族の王様だから当然だけど、ボクも火様づいた方が良いのかな。隣に立っている樹王や魔樹達は立ったままだから良いのかな。悩んでいると、白い姫様が魔王の耳元で叫んだ。
「ちょっとお父様、待ってよ!私も行くんだからね!!」
大きな扉の向こうには魔王に謁見した魔王の間が見える。床に魔王の首が入るだけの穴が開いていて、白い姫様は2匹の魔獣といっしょに魔王の耳元に立っていたんだ。
「なんだよ。まだもめていたのか?」
「ん、むぅ。」
樹王に声をかけられた魔王の顔は心なしか疲れている気がする。そりゃ、自分の娘が城を離れて魔獣がうようよいる森へ行くとなれば反対するよね。
訓練場に集まった魔族達は旅の用意どころか鎧さえ脱いでいる。魔族が連れている魔獣に荷物を背負わせている姿は今までに何度も見たことがあるから、魔族から一緒に行く人はいないはずだ。
樹王たち魔樹も旅の支度をしていないけれど、彼らは住む場所どころか食事も必要ないから荷物なんてないんだ。そうじゃなきゃ、少なくとも樹王は一緒に来るはずだから、ひとつは荷物が無いとおかしいよね。
赤い魔晶石があるから危険が減っているとはいえ、魔獣に突然襲われる危険もある。ボクなんて非力だし、少年の姿にしか見えない樹王だって強そうには見えない。他の魔樹の人たちだって樹王と似たり寄ったりの幼い姿で武器も持たず、争いに向いているようには見えない。
魔族が来ないなら白い姫様を守る人はいないんだ。
「もう連れて行ったらどうだ?」
「しかし、何が起こるか判らんのだぞ。」
魔脈が氾濫して『魔脈の澱』が揺れる事はこれまでも何度かあったそうだ。だけど、いつもは魔力が弱まるのをゆっくりと待っていて、『魔脈の澱』を人の手で止めようとした事は今までに無いらしい。
今回は、住む場所を失った魔樹達が必要だから無理をする。だから、予想外の事が起きる可能性が残っているんだそうだ。
「ワシが行くとはいえ、コイツを見てばかりいられんからな。」
「え?魔王様も行くッスか?」
ヴァロアが素っ頓狂な声を上げるけど、ボクだって同じ気持ちだ。魔王は城から離れられないと思い込んでいたんだ。だって、3階もの大きさのある魔王だよ。木々の密集した森に歩けるだけの道は無い。それとも木をなぎ倒して進んだりするのかな。
「ああ、オレとオマエ達、それに魔王だ。」
魔樹の人たちが旅の支度をしていないのは、樹王を見送りに来ただけだったんだ。たくさんの目で辺りを警戒しながら進めば魔獣の襲撃も怖くないと思っていたけれど、少ない人数だと穴ができそうだ。余計に姫様なんて連れていけないよね。姫様に何か有ったら魔王が怒りそうで怖いよね。
いや、魔王が来るなら、警戒する必要も無いのかな。魔獣たちだって大きな魔王を襲うなんて考えないだろうから。
「『魔脈の澱』を止めるなら、魔王ぐらい力が無いと、な。今のオレじゃ力不足も良い所だ。」
暴雨で荒れた川のように、荒れて揺れる『魔脈の澱』をその場所に留めるなら、魔力の強い存在で強引に止めるしかない。
さっきはただ『失せ物問い』で『魔脈の澱』を探すだけだから、アンベワリィに大丈夫と言ったけど、魔脈の例え話に出てきた荒れた川を思い出してとたんに不安になってきた。ボクは生きて帰れるのかな。魔王でも荒れた川なんて止められないと思うんだけど。
もう少し話を聞いておけば良かったと後悔する。樹王は簡単な仕事だと言っていたし魔獣がいる森の危険ばかり考えていたけれど、それよりもカプリオの村で危なそうだ。いや、ボクはジルを人間に戻す事で頭がいっぱいで、他のことを考える余裕なんて無かったんだ。
そのジルも結局、城の一室を借りて独りで人間に戻れるか試しただけで、元に戻った姿は見ていない。人間に戻れることは確認できたみたいだけど、ボクには姿を見せてくれなかったんだ。どんな姿なのか気になるけれど、出発の準備を急かす事ではぐらかされた。
「私も行くんだからね!」
白い姫様は再び魔王の耳元で叫んだんだ。
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次回:衆人環視の『父娘喧嘩』




