魔樹と木
第12章:勇者なんて怖くないんだ。
--『魔樹と木』--
あらすじ:ヴァロアが琥珀を指輪の形に切り出した。
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ヴァロアが振り抜いた剣の切っ先に、きらりと光る魔樹の琥珀の指輪。どうだとばかりに胸を張ってフンッと鼻を鳴らした。
「剣聖の名にふさわしい見事な剣捌きだ。」
大笑いした樹王が笑顔のまま指輪を取る。抜き身の剣を向けられているのに怖がることもなく、指輪を空に掲げるとくるくると回して眺めた。まあ、ヴァロアが誰かを傷付けることはないもんね。
剣で切り出しただけの指輪は動かすたびに輝きが変わる。粗削りで角が残っているけれど、丁寧に磨けばちょうどいいサイズの指輪になりそうだ。一瞬で形を作った腕は凄いとしか言いようがない。
でも、団子くらいの大きさの琥珀だったんだよね。小さな指輪を切り出した残りがまったく無いってどういうことかな。残りを売れば良い値段になったのに。
「クソジジイの跡なんて継がねえッス。兄貴たちの誰かが勝手に名乗ればいいッス。」
指輪が無くなった切っ先を鞘に納めると、ヴァロアは剣聖の剣を放り投げた。何度かヴァロアの家族について尋ねたことがあるけれど、あまり仲が良い感じがしない。
兄弟がいるのも初めて聞いたけど、剣聖だというお爺さんの跡を誰が継ぐかで揉めたりしているのかな。
樹王が苦笑して手を握ると、手のひらには角が取れて艶々になった指輪が乗っていた。子供の頭くらいの塊から粘土のように団子を作ったのと同じ魔法かな。もう少し手を入れなければと思っていた指輪はいとも簡単に出来上がってしまった。
「しかし困った。オレには他に渡せるものが無い。」
指輪を投げてよこした樹王は両手を挙げた。降参の合図らしい。
「兄さんなら新しい報酬を用意すればやってくれると思うッスよ。」
いや、ヴァロアが心配してくれたように、いつまでもズルズルと頼みごとをされるような感じはイヤだったけど、追加の報酬は無くても良いかなって思っていたんだよね。琥珀の団子にはそれだけの価値があると思う。
「琥珀はもう要らねえって言うけど、オレは金なんて持ってねえんだよ。」
ポケットを裏返す少年は樹の王様を名乗るのにお財布も何も持っていなかった。彼らの住んでいた所が争いに巻き込まれて、何も持ち出せなかったのかとも思ったけれど、どうやらそれも違うみたいだ。
彼がまとめる魔樹というのは普段は樹の姿で生活しているらしく、目の前の少年のような姿を取る事はほとんど無いらしい。恋人を探す時や、今回のように土地が荒れて仕方なく離れなければならない時以外は静かに暮らしているそうだ。
樹の姿をとる彼らは家も料理も必要が無かった。
普段は『魔脈の澱』から魔力を摂って十分なお日様の光と雨を浴びられる環境があればそれで満足していて、買い物をするわけでもないので、金貨どころか銭貨すらも存在しないらしい。
「魔王の言う通り、少しは貯めておけば良かった。」
肩を落とす樹王は、何百年も平和に森に住んでいて、土地を追いやられる事は考えていなかったらしい。何も必要としない彼らは、自分の土地を主張する塀も目印も持っていなくて、それを危ぶんだ魔王には何度か注意されたらしい。
「広間のタペストリーに描いてあった樹の姿が本当の姿なんスか?」
「そうだな。あれはもう少し若い頃の姿だが、普段はあの姿のまま動く事もない。」
「遊びに行ったり買い物したりしないなんて、つまらなくないッスか?」
「今では『魔脈』を通じて色々知れるからな。むしろ出かける必要なんてどこにもない。出歩けば怪我をするかも知れないんだぞ?」
『魔脈』というのは便利な物のようで、魔力以外にも色々な物を届けてくれるらしい。例えば遠くに生えている木のみた山の景色だとか、鳥のさえずりとか。最近の魔樹の間では珍しい光景を探す事が流行っていたのだそうだ。『魔脈』が失われるまで。
「それじゃあ、他の木とも話せたりするッスか?」
「多少はな。」
木には口も耳も無いのに通じ合うことができるのか不思議に思ったけれど、昔から匂いや光を使ってやり取りをしているそうだ。匂いも花が放つ香りだけじゃなくて、木の葉の裏からも出していたり、葉の傾きも調整してやり取りをしているらしい。
人間だと声だけじゃなくて、表情も変えているようなものなのかな。そう考えれば風に吹かれた木がさらさらと騒めく姿は笑っているように見えなくもない。
今では魔力で言葉を送り合うことができるらしい。それどころか『魔脈』を通じて遠くにいる木が見ている物を知ることができるのだそうだ。
ボクが薪の山を見る。ぎゅうぎゅうに薪割り小屋の2階まで積まれて溢れているんだよね。これって、木の死んだ姿だよね。樹王が仲間の死んだ姿を見るのはイヤなんじゃないかと青ざめると、「気にするな」と言ってくれた。
「じゃあ、木の王様らしくひとつ命令を出して欲しいッス。人間の土地に浸食しないで欲しいッス。そうすれば人間と魔族とが争う必要もないッス。」
魔王の森の木がどんどん生えてきて人間の村や畑を呑み込んでいる。その問題があるから王様は魔王の森に道を作って魔王の城を攻めようとしていた。もしも樹王が森の木々と話す事ができて、村や畑を巻き込まないように説得してくれたなら、ボク達は争いに巻き込まれなくて済む。
魔樹の琥珀はこれ以上必要ないし、それが実現するならこれ以上ない報酬だ。いや、琥珀は琥珀であったら嬉しいけど。
「無理だな。」
魔樹を人間と置き換えると、普通の木は動物みたいなものだそうだ。いくら王様でも動物に命令なんてできないよね。乗った馬に行く方向を命じる事はできるけど、野生の馬がどこに行くかは命令できないもんね。
人間が野生の動物の死骸を気にしないように、それどころか食べるけど、魔樹も普通の木の生き死には気にしない。だから樹王は薪の山を見るボクに気にするなって言ってくれたんだね。
「それに、オマエは王が命じたからって子供を産むことを止める事ができるか?」
木が種を付けるのは自然の摂理で、人間が子供を産むのも自然の摂理。木が生えるのには空いた土地が必要だ。人間だって空いた土地があれば耕して畑にしてしまうし、それは王様が命じたからと言って止められない。
いや、王様は畑が増えれば税収が増えるからって、空いた土地を畑にすることを推奨していたりもする。問題が無いように申請して畑を作ればその土地を使う権利が貰えて、子供たちを育てられる。
そうして、子供たちに与えられるんだよね。王都の周りではもう土地が無くて、最近は辺境でしかできない事だけど。でも、木からしたら人間だって森を拓いて侵食しているんだよね。
「だが、オレを助けてくれればその問題も多少はマシになるだろう。」
今の魔王の森が急激に広がり続けているのは、樹王たち魔樹が本来の体を失って貯めていた魔力が森に満ちているからだそうだ。魔王の森の木々は有り余った魔力を吸うから急激に増え続けている。
魔樹達が新しい『魔脈の澱』に移住すれば、森に充満する魔力が薄くなって木々は成長を続けられなくなる。カプリオの村の近くに移住すれば、前よりもニシジオリの国に近い場所から魔力を吸うこともあって木が広がることを押さえる事ができると樹王は言った。
「いいッスね。それじゃあ兄さん。チャチャっと手伝うッス!」
いやいやいや、人間と魔族とで争わなくて済むなら嬉しいけれど、ボクの仕事を勝手に決めるのはどうかと思うよ。
まぁ、手伝うけどね。
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次回:魔道具に変える『緑色のペンダント』




