砂時計
第12章:勇者なんて怖くないんだ。
--『砂時計』--
あらすじ:魔王の部屋に行くことになった。
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荘厳な、そう、荘厳な部屋。魔王の城の中でも1番厳かで1番立派で特別な部屋。魔王の大きな頭が鎮座する部屋に朝日が差し込んで、白い机の上の砂時計がきらきらと砂を落としていく。
魔王の間とも呼ばれるこの部屋には物が少なく、ニシジオリの王宮やツルガルの王宮でみた王様が高い壇の上に座る謁見の間のように華やかな飾りは無くて、必要な物が必要なだけ置かれていた。
壁や柱を複雑に彫った意匠も無いけれど、温かみの感じられない壁剥き出しで無骨な壁には細かな傷跡を隠すように補修されている。部屋に走る太い3本の傷跡。それはこの部屋で大きな力が振るわれたことを如実に物語っていた。
ただ、魔王の頭があると言うだけでその空気は重くなって、その場を支配しているように思える。
「その厳つい面をどうにかできんのか?」
「ほっといてくれ。」
耳の長い少年は大きな顔に何度目かの苦言を示すけれど、大きな顔は厳めしい顔を増々硬くさせるだけだった。一触即発の空気は朝早くから続いている。
いやいやいや、あんまり挑発しないでくれるかな。
ただでさえ重い空気が、更に重くなるんだよ。本人たちは気にしないかも知れないけれど、ボクのお腹はキリキリと痛んで限界が近い。
広い魔王の間の中央に敷かれた赤いじゅうたんの上に、ぽつんと置かれた場違いな白いテーブル。その上に置かれた大きな砂時計が落とす砂はまだまだたっぷりと残っている。魔王の頭の前に無理やり置かれたテーブルに樹王と名乗る少年と、しがない占い師のボクが座っている。
魔王と樹王。
他にはボクだけ。
ジルも右手にはいるけれど、表向きは3人しかいないんだ。王の文字が入った2人の間になんでボクが居るのかな。魔族を統べる王様と、魔樹を統べる王様と、2人とも人間の王様と同じくらい偉い人なんだよね。たぶん。
「オレも話をしたんだぜ。オマエも何か楽しい話題をしろ。」
少年の姿をした樹王は、これでも魔王より長く生きているらしく、壇上の魔王に対しても遠慮がなくて、それどころか面白い話をしろと強要している。鋭い牙の生えた魔王が笑う姿なんて想像もできないけれど。
ボクが居ない所でやってくれないかな。
さっきまで樹王の面白い話というのを聞いていたけれど、知らない言葉ばかり出てきてクスリとも笑えなかった。もちろん魔王も笑わなかったから、樹王は更に機嫌が悪くなったんだけど。
「面白い話など無い。」
今日の魔王の役割は終わっている。
樹王がボクを魔王の前に連れてきた目的は、ボクが『魔脈の澱』の場所で嘘を言っていないか確かめるためだったんだ。
魔王の持つ『強すぎる共感する力』は目の前にいる人に共感する。相手の感情や思い出を読み取って、相手に強制的に自分の感情や意志を読み取らせる。起きた事をただ見るだけの『記憶の本』と違って、相手の思いまで読み取ることができるんだ。
つまり、ボクが嘘をつこうとしたら、魔王はボクの疚しい感情を読み取ってしまうそうだ。
樹王が『ウソ発見器』と呼んだ力を使ってボクが真実を話していると判断された。たったそれだけのために、樹王は朝早くからボクを連れて魔王の元を訪れたんだ。
「まったく、そうやって心を閉ざすから姫が苦労するんだろ?」
相手に共感する力が強すぎて魔王は心を閉ざしてしまい次第に口数も減ったらしい。
白い姫様も自分ばかり喋って寂しいと樹王に零しいたらしく、彼女ももっと魔王と他の人たちとの交流をすることを望んでいるそうだ。もっと交流をしていれば、前にあったヤンコの民の反乱も話し合いで済んだかも知れないとも考えているらしい。
2人の話を聞きかじっただけだから、詳しいことは解らないけど。ボクも魔王との謁見の時は喋らずに勝手に記憶を覗かれたからね。魔王があまり社交的では無いとは感じている。
「オマエには関係ない。」
魔王の声に力がこもる。樹王は朝早くから魔王の間に押しかけてずっとこの調子なんだ。
夜中に突然、魔王の所に押しかけようとした樹王を止めたボクを褒めてあげたい。ボクに疑いを持った樹王はそのまま魔王の所へ行こうとしたんだよね。夕食が終わってお酒も回った時間に押しかけそうだったので常識を盾にして止めたけれど、今のボクでは止められそうもない。
あの時はまだ少年の姿をした樹王を軽く見ていたから止められたんだよね。こうして魔王に対して歯に衣を着せない物言いを見てしまった後だと、彼も怒らせたくないんだよね。壁に深い傷をつけるような魔王が少年の姿の彼に遠慮をしているんだよ。
渋々としたがってくれた樹王に安心していたのだけど、朝日が顔を出してすぐ、朝いちばんでボクをたたき起こして寝ぼける魔王を無理やり起こし、用件を叩きつけた。
『コイツの言葉の真贋を知りたい』と。
いやいやいや、借りを作りたくないと言ったんだから、もう少し常識的な時間にして欲しかったね。できれば朝食の終わった後とかぐらいにはさ。
たたき起こされた魔王は不機嫌になりながらも樹王の言葉に従って、ボクに共感してすぐに嘘を言っていないと証言してくれた。
ボクの言葉に嘘はないことは魔王も証言してくれたけど、樹王は自分で現地に行って『魔脈の澱』が無いことを確認している。どうして食い違ったのか。それを確かめるためにボクは魔王の立会いの下、もういちど『魔脈の澱』を探すことになったんだ。
結果、『魔脈の澱』の場所は変わっていた。
カプリオの村とは別の所にあったんだ。何度か同じことを繰り返した結果、魔王と樹王は魔脈というのが移動していると考えた。
普通の川が大雨によって氾濫して流れが変わるように、魔力でできた川も樹王たち魔樹が貯めていた魔力の放出の影響か、黒い雨を降らせた魔王の影響か、今も流れが刻一刻と変わっている。
喧々諤々と言い争っていた時も怖かったけど、あの時はまだマシだったと後で気付かされた。カプリオの村に戻るなら、定期的に同じ場所に戻るかも知れないと考えた魔王の提案で、ボク達は『魔脈の澱』の観測を続けることになった。
砂時計が落ち切る度にジルに『失せ物問い』の妖精に問いかけてもらっているんだけど、時計の砂が落ちている間は、待つ以外にすることも無い時間になる。かなり長い時間を計れる砂時計だけど、その度に観測される『魔脈の澱』の位置はあまり大きくは変わらない。
魔王と樹王の話題はすぐに無くなって、今は険悪な雰囲気の中、『魔脈の澱』の観測はあまり進んでいなくて2人のイライラは募るばかり。
砂時計が落ちる間は重苦しい時間が続く。
いやいやいや、ボクが独りでやればいいんじゃないかな。薪割りのついでにとかさ。砂時計をジルとカプリオに見てもらって、時間が来たら地図に印を書き加える。1日で終わるのか、10日もかかるのか判らないから、なおさらそうするべきだと思うんだよね。
言い出せずにボクは2人の王の間で吐き気をこらえていたんだ。
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次回:『バケツの水』で作る虹。




