疑い
第12章:勇者なんて怖くないんだ。
--『疑い』--
あらすじ:『魔脈の澱』はカプリオの村にあるみたいだ。
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「そいつはおかしな。」
ボクが『失せ物問い』の妖精に囁かれた結果を伝えると、樹王と名乗る少年は丸い瞳を訝しげに細めた。手元で光る魔樹の琥珀の団子を人差し指でコツコツと叩く。
ヴァロアの歌声が続く食堂にはたくさんの魔族が集まっていて、その騒ぎの中でもコツコツと琥珀を叩く音ははっきりと解るんだ。その琥珀がボクの報酬になるからね。まるで少年に琥珀が要らないのかと聞かれているみたいだ。
でも、『失せ物問い』の妖精は確かにカプリオの村にあると告げていたからね。間違い無いよね。
「昔はソコにあったらしいが、オレが確認した時には無くなっていた。だからオレ達は困って探し回ってるんだ。占いなんて嘘で古い情報を語ってるんじゃないか?」
魔道具の魔獣カプリオが『勇者の剣』を護っていた村。その村の近くに『魔脈の澱』がある事は昔から知られていたそうだ。というか、『魔脈の澱』が近くにあるからこそ、勇者グルコマ様はあの場所に村を作ったらしい。
魔王も『魔脈の澱』を重要だと思っていたらしく、村が廃れた後も定期的に見回りを続けていた。少年が行く前には確かにあったのに、それが無くなっているから困っているそうだ。
たぶんだけど、その定期的に見回りをしていたのがセナ達だったんじゃないかな。魔王の城からほど遠い場所に魔族が現れたのが不思議だったけど、定期的に見に来てたならおかしくないかな。まぁ、ばったり会ってしまったのは当時のボクには不運でしか無かったけど。
今は、会えてよかったと思っているよ。
「嘘なんて…。」
ボクの顔を真っ直ぐに見つめる少年の目は鋭くて怖い。コツコツと琥珀を叩く音は変わらずに聞こえてくる。でも、ボクは『失せ物問い』の妖精が囁いたままを素直に少年に伝えたんだ。どちらかというと得意になって。
魔王の城よりも遠い場所で暮らしていた樹王の探し物が、ボクの知っている場所に在ったから嬉しくなっていたんだ。『失せ物問い』の妖精の答えがボクの知らない場所だときちんと案内できるか不安になるけれど、知った場所なら少し詳しく案内できる。
彼が疑うなんて考えもしなかったんだ。
「アレを自分の物にしようと企んでる、とか?」
勇者グルコマが村を興したのも『魔脈の澱』が有ったから。そう思えば人間が『魔脈の澱』の重要性を知っていてもおかしくはないと少年の声はどんどん低くなる。いやいやいや、ボクは名前も初めて聞いたんだよ。『失せ物問い』の妖精に言われた通りだよ。
(聞き間違いか?もう一度確認してみようぜ。)
(お願い。)
いくら問いを発していたのがジルだって、『失せ物問い』の妖精の声はボク以外には聞こえない。カプリオのいた捨てられた村は魔王の森の中にぽつんとあって間違える場所なんて無いと思うけど、少年が疑うならボクが間違っていた可能性も考えないとね。
(『魔脈の澱』はどこにある?)
(やっぱり同じだよ。)
やっぱり少年の探す『魔脈の澱』はカプリオの村にあった。何度でも占い直せば良いと考えて細かい数まで覚えてないけれど、少なくとも少年が探したという範囲の中には入っているんじゃないかな。
「おい、オレの話を聞いているのか?」
ジルに気をとられて黙っていたボクに少年は声を荒げる。動揺して先走ってしまったけど、彼に一言告げてから、『失せ物問い』の妖精に聞けばよかった。
「あ、あの、もういちど占っていました。あの、結果は同じでしたけど…。」
「まあ、違ったとしても信じられねえけどな。」
『失せ物問い』の妖精の言葉はボクにしか聞こえない。だから、ボクが妖精に聞いたとの違う結果を伝えても相手は信じるしか無いんだよね。
疑われて結果が変わるなら、それは最初の結果が余計に嘘に思えるわけで、まぁ、こんな夜の遅い時間にコロコロと場所が変わるわけが無いんだよね。あの村にたくさん住んでいる飛べない鳥、チロルが遊んだり蹴とばしたりしているかも知れないけれど。
でも、一応、ボクの勘違いという線は消せたかな。
「あの、そもそも『魔脈の澱』って、どんな物なんですか?」
『魔脈の澱』なんて聞いたことも無い。『失せ物問い』の妖精に尋ねるだけなら、探す物の形なんて知らなくても答えられる。だから、ボクはとりたてて詳細も聞かなかった。
アズマシィ様のオデキみたいな変わった物もあるけれど、探し物として良くあるのは指輪なんかの小さな装飾品や、書類や雑貨なんかの手に持てるほどの物。小さなものほど失くしやすくて、大きなものほど見つけやすい。少年が探しているのもそれくらいの大きさだと思っていたんだ。
だけど、少年はカプリオの村だけじゃなくて、その周辺も探し回ったと言っていた。それってつまり、魔王の森を探したって事だよね?指輪なんかの小さな物だったら見つけるのは難しいはずなのに、彼ははっきりと言ったんだ。無かったと。
森の中でも見落とさない程度には大きいんじゃないかな?
「ん?人間は違う呼び方をするのか?魔力が澱んで溜まる場所だ。」
少年の説明によると、そもそも物じゃ無かった。いやいやいや、良く『失せ物問い』の妖精が応えてくれたな。アズマシィ様のオデキと同じような物なのかもしれない。呆気にとられるボクに少年は更に詳しく教えてくれた。
魔族や魔獣が死んだとき、その姿はぐずぐずと崩れて魔石がひとつ残る。彼らの姿は消えて魔石に変わったように見えるけれど、体を構成していたほとんどは魔力となって地面に浸み込んでいるらしい。
地面に浸み込んだ魔力は川のような大きな魔力の流れに戻るんだけど、普通の川がそうであるように流れが滞る場所ができる。その中でも魔力が濃い場所を『魔脈の澱』というらしい。
いやいやいや、聞いたことも無いんだけど。川のような魔力なんて見た事もないよ。まあ、普通に使う魔力だって見えないんだけど。
魔樹と呼ばれる彼らは、『魔脈の澱』からとても濃い魔力を吸うことができて、大きく成長するのに欠かせないモノなんだそうだ。
ニシジオリの国がふたつの川に囲まれた豊かな土壌に国を興したようなものかな。川が運んでくれた豊かな地面には力があって作物が良く育つというからね。魔樹というからには木に似ているんじゃないかな。
ぼんやりと、少年が探している物が分ったけれど、同時に彼の言葉も理解してしまった。川の淵のような大きな物を見落とすわけが無いよね。
「仕方ねえぇ。これ以上借りを作りたくなかったが、またアイツに頼るか。」
渋々と少年は立ち上がる。せっかく注文した水は結局、一口も手を付けないまま。
「あの、アイツって?」
嫌な予感がしてボクは彼を引き留める。だって、樹王と名乗る彼が借りを作れる存在って少ないよね。いや、ボクが知る限り1人しかいない。でも、ボクが知らない人だと嬉しいんだけど。
「魔王に決まっているだろ。」
いやいやいや、魔王に何を頼るのかな?
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次回:『砂時計』の落ちる時間。




