第一王女
第2章 書類整理だけをしていたかったんだ。
--第一王女--
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「アナタがヒョーリ?」
「あ、ハイ。ここで仕事をさせていただいています。ヒョーリと申します。」
3人の侍女を引き連れてゾロゾロと入ってきたのはボクよりちょっと年下に見える新緑の色のドレスを着た美人さんだったのだけど、頭にティアラを載せている。間違いなく王女様だ。
「私はウチナ・ホンニ・スキヤネン。この王国で第一王女をやっていますわ。」
「お初にお目にかかります。王女様にお声がけいただけるとは光栄の至りです。」
ニコリと笑う姿は見蕩れるほど綺麗な人だ。白い肌に薄い紅色の唇。濃い深緑の瞳には聡明さが宿っている。毎日のように本を読んでいるみたいだから、きっと本が好きなんだろう。今日は図書館に本を探しに来たのかな?
「ありがとう。それで、アナタは本を読むのが上手いとカナンナが言っていたのだけど、本当なの?」
「カナンナさん以外に読んだことも有りませんし、上手いと言われたことも無いので自分では判りかねます。」
ドゴ様に資料を読んだ一件以来、毎日お茶のお礼に数ページずつ読むようにせがまれていたけど、読み終えてからカナンナさんと物語の感想を話し合うだけで、ボクの朗読が上手かったと褒められたことは一度も無い。
それが、今日は珍しくサボりに来なかったと思ったら王女様を連れてやってくるとは思わなかった。
「そう、それでは、今から『ウチデカマヘンの詩』を読んでもらおうかしら。恋の詩集だから感情を込めて朗読しなさい。」
「は?いや、なぜ?」
「私が聞くためです。」
王女様は言うけど、ボクにはさっぱり理解できない。なんでボクが本を読まなければならなのだろう?
「ハァ、それでは、本を取って参ります。」
「もう少しやる気を出しなさい!テラスで待ってるわ。カナンナ、お茶の用意をなさい。使い慣れているのでしょう?」
いきなりの事にボクが呆気に取られていると、王女様は少し意地悪な顔で言って、さっさとテラスに行ってしまった。いや、ボクの仕事は図書館の整理と資料探しで有って、朗読じゃない。
お茶のお礼に本を読んでいただけなのに、どうしてこうなった?
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テラスからは広大で隅々まで手入れの行き届いた王宮の庭が広がっている。その向こうに見える山も青空も澄んでいて、散歩をするのに最適な心地よい風も吹いている。
木陰で昼寝でもできれば最高なのに。
お昼ごはんも、お腹がはちきれんばかりに食べて眠たくなるお茶の時間。ボクがテラスで朗読をすると、王女様とカナンナさんを含めた3人の侍女の娘たちが椅子に座ってじっくりと聞いていた。
王女様は景色を眺めてうっとりとしているし、中には目を閉じて聞き入っている侍女さんもいる。
いや、何でみんなして座って聴いているの?侍女って側で立って王女様のお世話をするものじゃないの?一緒に座っていたら給仕とかできないんじゃないかな。
それに、4人もの女の子に聴かれていると思うと緊張するから!
心を込めてなんて言われていたけど、つっかえないで読み上げるのにさえ苦労してしまう。ボクが読んでいるのは愛の詩。それを美人ぞろいの女の子達に読んであげている。
緊張する以外にできる事は有るのだろうか?
誰かに愛を囁くなんて事はしたことも無いから、多分この詩を黙読するだけでボクは真っ赤になるだろう。それを何で声にだして読み上げているんだ?後からジルに冷やかされるに決まっている。
それでも、何とか読み切った。がんばった。
「もう少し心を込めて朗読してもらいたかったけど、聞きやすい良い声だったわ。」
王女様はそう言ってくれると、そのまま侍女さんたちと詩の感想を話し始めた。お茶を飲みながらきゃぴきゃぴとどこが良かったか、どう思ったか、思い想いに好きな事を言っている。
「恋しい」とか「愛しい」とか読み上げなきゃならないたびに、どもってしまいそうでハラハラしていたから、やっと読み終わって気が抜けていた。
沢山の女の子の前で緊張したし読み上げた事で喉が渇いた。目の前の女の子達はお茶を飲んでいてもボクには無い。彼女たちが飲むお茶の良い匂いがするけど、我慢して魔法で出した水で喉を潤すしかないようだ。
ボクはすでに用済みだろうけど、王女様の話しの途中で退席するわけにもいかないので、ぼうっと立ったまま見守るしかないのだけど、どうしたら良いのだろう?まさか、4人の女の子の恋愛談義に混ざるわけにもいかない。
(ジル、どうしたらいいと思う?)
他にすることも無くて、ジルに助けを求めた。
(ん、ほっとけば良いんじゃないか?オマエが混じれるのか?)
(いや、この場を離れたいのだけど、良いのかなって。)
(読み終えてすぐに離れるべきだったな。今、声を掛けたら非難の嵐だと思うぜ。)
(そうだよね…。)
貴族より上の王女様に挨拶も無しにここを離れるわけにもいかない。読み終わったら、すぐに退席の挨拶をするべきだった。彼女たちの楽しそうな恋愛談義を聞きながら、このまま待つしかなさそうだ。
ボケっと突っ立ったまま、ジルとおしゃべりをして時間を潰した。
独りじゃないって素晴らしい。
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「なかなか、有意義な時間を過ごせましたわ。今まで独りで楽しむだけで、こんなに話が弾むなんてお思っていなかったもの。」
「お役に立てて、光栄でございます。」
お昼のお茶の時間に始まった女の子達のお喋りは、日が傾くまで続けられた。その間中横でボケっと突っ立っていたボクの足はよろよろだ。もう少し手短におしゃべりを止める事は出来なかったのだろうか?
突っ立ったままだったので、仕事も何もできていない。
こういう時に限って文官の人たちも来てくれない。誰かが資料を探しにボクを呼びに来てくれれば、それを理由のこの場から逃げる事も出来たのだけど、たまに来る人は遠目に見ては逃げ出していく。
そりゃ、王女様の横に立たされているボクを見れば、巻き込まれないように逃げだすよね。傍目から見たら、ボクが何か悪いことをして王女様に立たされているようにも見えるもの。
ボクだって逃げる。だって、面倒そうだもの。
「それでね、ヒョーリ。聞いてる?アナタを私の朗読係にしてあげるわ。」
「は?朗読係ですか?」
「そう、こうしてみんなで集まっている所で、私のためにアナタが朗読するのよ。」
いやいやいや、何を言っているんだ。ボクの仕事は図書館管理で、書類整理が仕事なんだよ。ホンコト様に言われているもの。
「えっと、ボクの…。」
「そうね、ちゃんとアナタの上司にも言っておかなければね。カナンナ、お願いね。」
「かしこまりました。」
いや、かしこまりましたじゃなくって。
「そうそう、アナタにはもっと上手に朗読できるようになってもらわなきゃならないわね。だって、せっかく読ませるのだもの、もっといろんな人に聞いて貰いたいわ。」
「素晴らしいお考えです。令嬢たちを集めて朗読会を行えばきっと皆さま楽しまれるに決まっていますわ。」
いや、これ以上は無理ですって、4人だってものすごく緊張したんだから。カナンナさんも同意してないで、っていうか大事にしないで!!!だけど、急展開過ぎる王女様の話に、ボクはちゃんと声を出すことができない。
「そうね、アナタに教師を付けてあげるわ。」
は?教師ってなんだ?
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次回:『家庭教師』のレッスン




