エール
第11章:魔王だって助けたいんだ。
--『エール』--
あらすじ:ボクの部屋に魔族の女の人が集まるようになった。
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さらに数日が経った。
相変わらず夜中には記憶の本の鑑賞会が続いていて、予想通り魔族の人数は増えていた。
誰も彼も昔の記憶を見たい人はいるよね。亡くなった人を偲んで、友人にひと目合わせてやりたいと増え、記憶の違いからケンカになっていた事を見るために友人を呼んだ。恋人の姿を見て涙を流したり、ケンカの原因が判って抱き合ったり。
元から20台のベッドは足りていなかったので、部屋はパーディーができそうなホールに移った。ホールは他の用事でも使うので、ベッドを入れる事はできない。
魔族の女の人たちも夜更かしが過ぎるのか、昼間に欠伸ばかりしていたからね。部屋に戻ってしっかり睡眠を取るように命令が出された。まぁ、観終わった後にそれぞれの部屋で集まる人もいたみたいだけど。
十分な睡眠時間を得た一方で、ボクは魔樹の琥珀を探しに行けずにいた
記憶の本を求める魔族達に必要とされていたのも原因だけど、魔樹の琥珀を探しに行くために相談したセナにもアルッタにも止められたんだ。
魔樹の琥珀のある場所は、魔王の城の魔族達と、ヤンコの民とか言う魔族との争いがあった場所の向こうにあるそうだ。
争いのため細い獣道も荒れて険しく、まだヤンコの民の生き残りが潜んでいる可能性もある。それ以上に、争いの時に避難した森を縄張りにしていた魔獣達が戻ってきて、新しい勢力図を作り直すために縄張りを主張し合っている。
元の縄張りと同じ所に収まれば良いのに、争いに乗じて少しでも範囲を広げようとていたり、新しいオスが縄張りを横取りしようとしているそうだ。迷惑だなとも思うけど、もともと彼らは魔族の争いに巻き込まれただけ。
まぁ、ボク達を襲った四本腕の魔獣達もそのひとつだと教わったから、可愛そうだとも思わないけど。
水色の魔晶石を通して赤いドラゴンであるネマル様に赤い魔晶石の効果を確認したら、四本腕の魔獣くらいは追い払えると太鼓判を押してくれたけど、それもボクの魔力の続く限り。魔樹の琥珀のある場所まで片道にしかならない。
それに、もっと強い魔獣が新しい縄張りを求めて流れ込んでくるかもしれないと脅されたからね。期待を持たせてしまったジルには悪いけれど、ボクの弱い意志はへなへなとしぼんでしまった。
(なに。オマエが怪我をするよりはいいさ。)
ボクが怪我をしてニシジオリの街にも魔王の城にも戻れなくなるよりはずっと良い。自分が人間に戻る方法を見つけてくれただけでも感謝している。何十年後になるのか解らないけれど、ボクが死んで別れた後に、誰か強い人を捕まえて挑戦する。
と言われると、本当に胸が痛くなるんだよね。
だってきっと、ジルは強がっているから。
でも、ボクにはどうしようもない。頼みの綱のセナにもアルッタにも断られてしまった。彼らにも仕事があるし、家族がいる。ボクの都合で見返りも無く、危険な場所に連れて行く事はできないよね。
ボクは騒がしい食堂の片隅でエールを煽った。
今日も1日が終わって夕食の時間だ。訓練に明け暮れた兵士さんたちも、警備で城の隅々まで歩き回っている衛兵さん達も、みんなアンベワリィの美味しいご飯を肴に笑ってジョッキを交えてる。アンベワリィの食堂は賑わっていて、前よりも魔族の人が増えているんだ。
「そしてふたりは手を取って~♪夜の海へと消えて行った~♪」
ヴァロアの歌声が騒がしい食堂を通り抜けた。
「おう良いぞ!ねえちゃん!」
「人間の歌もなかなかだな。」
「今度はオレの故郷の歌を歌ってくれ!」
区切りの付いた歌に口笛と喝さいが飛ぶ。魔族の間でも彼女の評判は上々のようで、魔族の女の人から貰ったぶかぶかの服を手直しした舞台衣装で彼女は深くお辞儀をすると、次の歌のリクエストを聞いている。
「こう、もっとボンっとデカくならねえか?」
「なんだよ。慎ましさが最高だろ?」
「オレとしては、角よりも尻尾の方を大きくした方が好みなんだが…。」
木の板に木炭の欠片で描いた絵を机に置いたアグドの周りにも人だかりができている。
魔族の女の人のために男の劇団員を描いた絵を持っていた所を魔族の兵士さんに見られて、雇われたんだ。最初は誰かの姿を描いていたのだけど、今は理想の女性像を描こうとしているらしい。
アグドの描いた絵は彼らの部屋に持って帰るだけにとどまらないで、食堂にも何枚も飾られた。理想の女性像も4枚目だ。
そして、ボクはひとり食堂の片隅に。
最初の頃は少しだけ探し物の依頼もあったけど、それもすぐに無くなった。普通の物は占いで探すより新しい物を買い直せば安いし、大切な物を無くすことは少ない。長いこと魔王の城を離れていたけれど、新しく失くし物をした人はほとんどいなかったんだ。
ボクができる占いは探し物だけで、一言二言で終わるから、話も続かない。それに比べて、ヴァロアの歌は長いし、あれやこれやと評価もされる。アグドの絵だって些細な違いでケンカにまでなるし、新しい注文が後を絶たない。
何より、2人とも魔族を怖がらない。
ボクみたいに初対面の怖そうな顔に言葉に詰まらせたりしない。笑って話をしているんだ。
「楽しそうだな。」
ボクの周りにヴァロアやアグドのように人が集まれば良いのに。自分の特技を褒められたらうれしいよね。前はボク独りだったから比べる事は無かったけれど、すぐに人だかりを作ったヴァロアとアグドを見ていると、ボクが劣っているように思える。
他に普通に話ができそうな人はアンベワリィだけど、彼女はみんなの料理を作るのに忙しい。セナやアルッタも他の魔族とジョッキを交わして話し込んでいる。
ボクを仲間に入れてくれた事もあるけれど、人間のボクに魔族の話は難しかった。疎外感を感じて黙り込んでいるとそのうち誘われなくなった。
白い姫様は魔王と食事を摂ることになっているらしい。お風呂に誘われた日はボクたちを持て成すために付き合ってくれたけれど、姫様にも仕事があって、それに魔王のお世話も含まれている。あの大きな体の魔王だからね。食事をするだけでも大変そうだ。
(まあ、無理をする必要も無いだろ。ヒョーリはヒョーリさ。)
机に立てかけたジルがボクの独り言を拾ってくれた。ジルの木の枝に吊るされた占いの旗が空しく揺れた。
(あの2人が変わっているんだ。)
(そうかな?)
(そうだよ。)
ヴァロアが盛り上げた熱気が心地よく、アンベワリィのご飯は美味しくてお腹はいっぱいだ。部屋に戻ればまた今日もたくさんの人がボクの部屋を訪れるだろう。寝不足の頭にさらにエールを重ねると瞼が重くなる。
うつらうつらと思考はぼやけ、コクリと船を出す直前。
ボクの視線の下、テーブルの下に魔族の兵士では無い、小さな靴が現れて声をかけられた。
「おう、オマエが『愚者の剣』を持つ人間か?」
重くなった瞼をこじ開けると、そこには緑の髪に長い耳の少年が立っていた。
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次回:新章/勇者なんて怖くないんだ。 長い耳の『少年』




