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ポタージュ

第11章:魔王だって助けたいんだ。

--『ポタージュ』--


あらすじ:人間の街へ戻るように言った姫様の真意を尋ねた。

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白い姫様の話が終わる頃にはすっかり暗くなっていていた。姫様の言い分は解らなくもない。ボクも家を飛び出して王都に着いた時に困ったからね。


初めて訪れた王都で占い師の旗を出して壁際にいただけで、店の人から咎められた。誰もお客になってくれなくて歩き疲れて休みたかったんだ。商売に関係の無い壁際だから迷惑にならないだろうと思っていたけれど、胡散臭いボクが近くにいるだけで邪魔だと言われた。


占いが外れてお客さんに殴られるなんてよくある話。ボクが吹き飛ばされれば壁を貸したお店にも被害が出るかもしれない。世の中にはアンクスみたいに簡単に椅子の脚を折る人もいるからね。商品が壊れたり、壁に穴があたら一大事だ。


穴が開かなくても騒ぎが起きれば野次馬が集まる。小さな村なら集まる顔は知れているけれど、多くの人が暮らす王都ともなれば商売の邪魔になるほどに人が集まるかもしれない。あり得なかった事だけど、ボクが人気の占い師で人が並んでも邪魔になるだろう。


占い師の旗を片付けておけば、それほど邪険にはされなかっただろうと、後で師匠に教わった。そして、村では必要の無かった場所代を覚えたんだ。


師匠には占いの事よりも、王都での暮らしの事を多く学んだ気がする。


人の街でさえ決まり事が違うんだ。


あのまま魔王の城で暮らしていたら、いつか彼らの決まり事を知らずに犯していたかもしれない。でも、それでも王都ではどうにか馴染む事ができたんだ。何とかなるんじゃないかな。


いや、姫様やアンベワリィのお世話にならないと暮らしていけないかな。小さな村から出てきたばかりのボクが足元を見られて場所代を多くとられた程度では済まない、人間には商品を売らないと言う魔族がいるかも知れない。アンクスが魔王を倒しに来たことを知っている魔族は多いよね。


魔王の森を抜けてくる風は冷たくなって、黒い城が暗い夜空に紛れる。


「そろそろ気分も回復したわよね?そろそろ食堂に行かないとアンベワリィが心配するわ。」


姫様といっしょにいたヴァロアもお風呂から上がっていて、部屋に戻るようがあるからと別れたらしい。彼女が先に食堂に行ってアンベワリィに会った不思議に思う。


「そうだね。早くいかないとお玉が飛んでくるかも。」


冷たい飲み物を摂ってお湯の熱は取れていたけれど、無駄に考えたせいで違う熱が溜まったかもしれない。体に溜まった熱は治癒の魔法で取れないけれど、気分直しのつもりで魔法陣を浮かべれば姫様も安心してくれる。


これも治癒の魔法を知らない魔族と人間の違いかな。


ボクは姫様と塔の階段を下ったんだ。



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食堂に入るなり魔族の兵士たちのからかいの言葉が姫様に向けられた。


「お、姫さんが来るなんて珍しいね。魔王様の相手はどうしたんだ?」

「人間が好みなのか?」

「おう、そこの人間も女だろ。修羅場になるんじゃねえか?」


「うるさいわね!お客様を持て成すのは当然でしょ?」


乱暴な口調とは裏腹に姫様は笑顔だった。その姿からは白い肌で嘆いていた時間も、友達ができなくて悩んでいたという幼少期も覗えない。


魔道具の白い鍋や、浄化の魔道具による塩の精練を通して、今では軽口くらい言える仲になったと聞かされた。でも、前に来た時もそれなりに馴染んでいたと思うから、以前からの姫様の努力が実を結んだ結果だと思う。


「こんな汚い食堂で客を持て成せるのか?」


「汚い食堂で悪かったね!!」


「痛てぇ!!」


「アタシは毎日掃除してるのに、アンタたちに汚されるんだよ!」


兵士の後ろに立っていたアンベワリィのお玉が彼の頭を吹き飛ばした。ちょうどヴァロアとアグドに人間用の料理を運んでいたみたいだね。


頭を殴られた兵士はふらふらと立ち上がり、他の兵士たちは笑うだけで誰も気に止めはしなかったから、この食堂ではいつもの事なんだよね。


「湯にあたったんだってね?大丈夫かい?」


「お湯でお腹を壊さないよ?」


貯めた水を腐らせてしまって、飲んだらお腹を壊すとは聞いたことがあるけれど、沸かしたお湯で食中毒になるなんて聞いたことも無い。お湯を沸かして澄ましたら、綺麗な水に戻るよね。まあ、大抵は水の魔法か浄化の魔法を使うんだけど。


「お風呂でのぼせる事を『あたる』って言うのさ。」


お湯に浸かる習慣の無いボク達は知らない言葉だ。『ストーブでのぼせる』とは言うけれど、『ストーブにあたる』とは言わないよね。幼い姫様も言葉の小さな違いから、どんどんすれ違って行ったのかもしれない。


「飲み物を貰ったし、治癒の魔法も使ったから大丈夫だよ。」


「そうかい。でも、胃に優しいものにしておこうかね。」


新しく作り直していたのか料理が出てくるまでの間にヴァロアとアグドは食事を終えたし、料理を並べられた姫様も食べ始めた。お腹がくるくるとなる頃に、やっと出てきたアンベワリィの料理は他の人と違っていた。


ポタージュには唇で砕けるくらい柔らかいイモが入っていて、茹でて裏ごしした野菜で彩られていた。食べやすいように細かく切ったお肉はいつもより香辛料が少なくて、味付けは人間用のスープよりも薄い。


ボクの前に並べられた料理を興味深そうに眺めていたヴァロアが、退屈をした姫様に請われて12弦のブルベリを弾き始める。お風呂で彼女が吟遊詩人だと知った姫様に、人間の歌を知りたいと請われて部屋に取りに戻ったんだそうだ。


アンベワリィも屈強な魔族の兵士たちも初めて聞く音色に耳を傾けていて、誰も見てないから少し物足りないポタージュにこっそりと塩の魔法で味を足した。


「素敵な歌ね。」


「これはヴァロアの国に伝わる曲だね。」


歌が上手だとみんなとすぐに仲良くなれるんだよね。ボクもブルベリを買って練習していたけれど、あまり上手くなっていない。それどころか幌馬車に積んでいたボクのブルベリは木の枝が突き刺さって壊れてしまった。


「これだけの腕があれば、こんな遠くまで来る事も無いでしょうに。」


「ヴァロアは新しい歌を作るために旅をしているんだ。」


「へえ、旅をするのは大変でしょ。私も城を抜け出して戦場に行った時に色々と困ったもの。」


さらりと物騒な話を聞いた気がしたけれど、ヤンコを追い払う戦場に浄化の魔道具を届けるために魔王の城を抜け出したらしい。いやいやいや、お姫様だよね。心の言葉が口から漏れたら「お姫様だからよ」と返された。


「そう言えば、この曲をソンドシタ様の前でも弾いていたよ。」


確か、黒いドラゴンのソンドシタ様の家でご馳走になった時、ヴァロアのお爺さんだという剣聖の思い出話といっしょにこの曲を弾いていた。もしかすると、お爺さんに関係のある曲かもしれない。


「ヒョーリもソンドシタ様に会ったの?」


「うん。ネマル様は姫様の魔晶石をを見て喜んでいたよ。」


ボクは左手の腕輪を見せてお礼を伝える。姫様にはツルガルの国までしか話をしていなかったけれど、その先で白い大地に行く事になって、この腕輪のおかげでソンドシタ様にもネマル様にも目をかけてもらえたんだ。


「これはネマル様の魔晶石?懐かしいわね。また会いたいわ。」


「会いに行けないの?」


姫様が遠い目で思い浮かべるドラゴンの里は白い大地にある。人間では浮揚船でも辿り着くことが難しかった場所だけど、姫様は幼い頃に里でくらしていたんだよね。幼い子供を連れてでもドラゴンの里に行ける方法があるんじゃないかな。


「かなり難しい条件があってね、いつでも簡単に行けるわけじゃ無いのよ。」


「そうなんだ。そうだ!姿だけでも見ない?」


赤い魔晶石の2つ隣に嵌っている水色の魔晶石。世界の果てにある図書館にいるヤイヤさんに頼めば、ボクの記憶の本は貸しても会えるよね。ボクがネマル様と会っていた時間は短いけれど、元気な姿は見せる事ができる。


「絵姿でも持っているの?」


「ここで見せると大変なことになりそうだから、後でボクの部屋でね。」


姫様を驚かせられるアイディアを思いついて、ボクは心の中で浮かれていた。



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次回:予定外の『お客様』



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