白い肌
第11章:魔王だって助けたいんだ。
--『白い肌』--
あらすじ:セナにお風呂に浸かって100数えるように言われた。
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(大丈夫か?)
ジルの問いかけにボクは無言で頷く。階段を登るボクの足取りは重く、ふらふらと揺れる視界は気持ち悪い。体の奥に残る熱が重たくて吐きたくなる。ストーブの前で眠ってしまった後のような感じ。いや、それより酷い。
お風呂のお湯でのぼせたんだ。
セナとアグドを残してボクはお風呂を出た。体調が悪いと訴えたら、セナも無理強いは止めてくれた。付き添いを提案してくれたけれど、露天風呂へと走って行ったアグドを頼むことにした。ボクは少しは魔王の城がわかるからね。彼の事を誰かに見ていて欲しかったんだ。
風の流れに逆らって人気の無い方へと足を進めると、階段は途切れて1つのドアに辿り着く。ドアに体を預けて開くと、その向こうには星が瞬き始めた空が広がっていた。
小さな塔に登ったようで、二手に伸びる屋根の間に訓練場が広がっていたる。魔王の森の上を吹いてきた風が流れてきていて、反対に見える黒い魔王の城といっしょに暗い夜空に消えていく。
日の落ちた夜風が火照った肌に気持ちが良い。
(お、今度はあの部屋に明かりが点いたな。あの辺が兵士の宿舎じゃないか。)
静かに空を眺めていると、星を探すのに飽きたジルが部屋に灯る明かりを数え始めた。どの部屋にどんな魔族が住んでいるか想像を巡らせているんだ。
「あら、先客ね。って、どうしたの?体調が悪いみたいだけど。」
ぼんやりとジルの想像を聞いていると、隣に白い姫様がいつもより簡素な服を着て階段を登ってきた。ゆったりとした生地は薄く、お風呂上がりには涼しそうだ。
「のぼせたんだ。」
「体のサイズでのぼせるまでの時間が変わるからね。セナに気を付けるように言わなかった私の失敗だわ。」
のぼせるまでの時間は体の小さい人ほど早い。お鍋の水よりもコップの水が早く沸騰するように、体が温まる時間が違うんだから、考えてみれば当たり前なんだけど、体が小さいと思った以上に熱の影響を受けやすいそうだ。姫様も体が小さいから同じ経験があるんだね。
姫様がヴァロアに聞いた話だと、人間のお風呂よりも魔族のお湯は熱いそうだ。彼女たちは程よく出たり入ったりを繰り返してお湯を楽しんでいたらしい。あの日、岩の上で見た姫様みたいに。
「少し飲みなさい。」
姫様から手渡されたカップに口を付けると、唇に水分が浸みこむ。そこでやっと喉が渇いていたことに気が付いたんだ。魔法で水を出して飲んでいればもっと早く気分が良くなっていたよね。いや、お風呂でも水の魔法は使えたよね。
カップの中は冷たい水に薄く果実の汁を垂らして飲みやすくしたもので、果実を絞っただけの物よりも喉の渇きが癒えて飲みやすい。ボクはむさぼるようにカップを傾けて飲み干した。
「ごめん。全部飲んじゃった。」
「良いのよ。私は十分に飲んでいたから。」
姫様は脱衣場ですでに飲んでいたらしい。それでも、必要だから持ってきたんだよね。ちょっとした罪悪感が生まれる。
そう言えば、アンベワリィにお風呂に連れてこられた時も、倒れたボクは姫様に飲み物を貰ったよね。聞いてみると、脱衣所に飲み物が用意されているらしい。気が付かなかった。
「ここはね、点検や修理のために屋根に上れるようにしてある場所なの。」
白い姫様は独り言のようにつぶやいた。いつもなら元気に珍しい話をねだる姫様が、ボクに無理をさせないようにと話題を作ってくれたんだ。
塔のてっぺんに何も無かったから不思議だったんだ。見張り台なら警報に鳴らす鐘くらいあってもおかしくないよね。ここは点検や修理の時以外は使わない滅多に人が来ない場所で、姫様のお気に入りの場所だった。
肌の色が違う姫様にとって、みんながお風呂に入る今の時間は居場所がないらしい。近くに居れば楽しそうにお風呂に連れ立つ人ばかり。気にしないと言われて誘われても、横目で盗み見られる感触が嫌で、自然とここへと逃げるようになったそうだ。
他人と見た眼がちょっと違うだけで大変なんだね。
ヴァロアも姫様の肌を珍しがったけど、それは姫様も同じで人間の肌を遠慮なく見る事ができた。一方的にジロジロみられるのが嫌らしい。
また、静かな時間に戻った。
「ねえ、どうしてアンクスが来た時に、急いでボクを帰そうとしたの?」
冷たい飲み物を飲んで、落ち着いた頭でボクはずっと疑問だった事を口にした。静かな姫様は落ち着かないし、今はヴァロアとアグドといっしょに居るから、ふたりきりになる機会は少ない。今のうちに聞かないと、一生聞く事も無いかもしれない。
あの時の姫様は、少し無理をしているように感じた。
アンベワリィはアンクスを信用できなくて、ずっと心配してくれていた。魔王を倒しに来た勇者が、たとえ同じ人間だとしても、足手まといのボクを連れて帰らないかもしれない。
アンベワリィでも心配するくらいなんだから、父親である魔王が殺されそうになった姫様が、アンクスを信用できるわけがない。
「ん、あんまり言いたくは無いんだけどね。私は小さい頃にドラゴンの里で暮らしていた時期があるの。」
アルビノという珍しい体をしている姫様は、生まれつき魔力の量が少なくて病気をしやすい体だったらしい。魔族は人間よりも魔力の量が多いらしく、少ないと長く生きられないとまで言われていた。
体の弱い彼女のために、彼女の母親は魔力の扱いに長けたドラゴンを頼った。
幸いにして、彼女の母親はドラゴンを知っていて、訪ねた里には赤いドラゴンと黒いドラゴンが住んでいた。
「私は幼過ぎてほとんど覚えてないんだけどね。それて、ドラゴンの里で普通に生活できるようになったんだけど、この城に戻った私には居場所が無かったのよ。」
幼かった姫様が暮らすのに、ドラゴンの里は向いていなかった。里には2頭のドラゴンと大人の森の人しかいなくて、姫様の遊び相手になる子供がいなかったんだ。ドラゴンも森の人も長く生きるらしく、滅多に子供を作らないのだそうだ。
姫様の遊び相手や競争相手になる友達を作るために、別れを惜しむ赤いドラゴンにお礼を言って彼女の母親は魔王の城に戻った。
でも、姫様にはなかなか友達ができなかった。
「甘やかされるのに慣れてしまっていた私も悪かったんだけどね。」
魔族の子供たちは、すでに友達の輪が出来上がっていた。人間の街でも同じだけど、幼い子供を連れて困難な旅をする人なんて滅多にいなくて、魔族の城でも街でも、他の土地から来る子供は少ない。
大人なら何とか折り合いをつけようと努力するけど、幼い子供たちには関係が無かった。最初は珍しがられて仲間に入れてもらえたけれど、ちょっとしたきっかけから、ドラゴンとの生活に慣れた白い肌の姫様とは少しずつ食い違って行って、最後には独りになってしまったんだ。
「ホントに些細なすれ違い。それが続いたのよ。」
ただ最初は、彼らの友達同士でしか伝わらない言葉を、仲間に入ったばかりの姫様が勘違いしただけだったんだ。
「ドラゴンでも魔族でも人間と問題なく居られるけれど、生きる時間は別だわ。少しずつズレていくの。だからね。難しくてもね。人間は人間同士でいっしょに暮した方が良いのよ。」
アンクス達と話すボクを見かけた姫様は知り合いだと判断して、ボクを人間の街へ返す決意をしたらしい。
「いちおう、心配で行き倒れてないか探す人たちを派遣したんだけどね。」
ボクが行き倒れていないか心配だったから、念のためにボク見守る人を派遣していたらしい。そして、その人が人間の町の近くで野営に5人の生活の跡がある事を確認していた。
いやいやいや、それ、たぶん。魔王を殺したアンクスを追いかけていると、ボク達が思っていた人たちだよね。
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薄い味の『ポタージュ』




