湯煙
第11章:魔王だって助けたいんだ。
--『湯煙』--
あらすじ:白い姫様にお風呂へ誘われた。
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アンベワリィに連れられて初めて入ったお風呂では、彼女に服を脱がされて恥ずかしい思いをした。そして、連れ出された外湯で月に照らされた白い姫様に会ったんだ。白い肌を晒した、そのままの姫様に。
「風呂ッスか?久しぶりッス。楽しみッス。」
美しい肢体を思い出してボクが言い淀んでいる間に、姫様のお風呂への誘いに乗ったのはヴァロアだった。何でも、彼女の住んでいた街にはお風呂に入る風習が有ったらしい。
海の側で生活する人の中には、潜って魚や貝、海藻なんかの海の恵みを得て糧にしている人たちがいて、塩水に浸かった体を洗ったり、冷えた体を温めたりしている。その風習が広がって海に入らない人にも伝わったんだそうだ。
「今なら他の人たちも居ないから、人間でも気にせず入れるわ。」
アルビノと呼ばれる白い姫様は、色黒でふさふさの毛を持つ魔族の中では珍しく白く毛も薄い。白い肌を気にして、人目につかない早い時間に入る習慣が幼い頃からあったらしい。だから、アンベワリィに早い時間にお風呂に連れていかれたボクに会ったんだと今さらながらに知った。
ボクも魔族達の視線を浴びるのが嫌で、以前は最初の1回を入ったきり、いつもお風呂から逃げてアンベワリィを困らせていた。
けど、人間には浄化の魔法があるんだよ。服のまままるごと魔法をかければ、お風呂どころか服を替える必要も無いんだ。裸になるなんて新しい服を買った時くらいだから、人間に肌を見せるのも恥ずかしいんだ。
「楽しいのか?」
お風呂に慣れていそうなヴァロアに対して、アグドはお風呂を知らなかった。
彼の住んでいたツルガルではお風呂の習慣は無かいそうだ。川も木も少ない彼の国では水も燃料も貴重品で、多くの人は燃料にアマフルの排泄物を使うくらいだ。大きな魔獣アズマシィ様の背中にある王都では火の扱いにさえ気を使われていた。
「気持ち良いわよ。」
「よし、行こうぜ!」
お風呂に行く事を決めた3人がボクを待って視線を向ける。誇らしげに胸を張る姫様に月影に浮かんだ光景を思い出してしまう。月影に浮かぶ白いふくらみ。張られた胸の布の下のあの、光景をもう一度見られるなら…。
「いや、でも、ボクは浄化の魔法で良いよ…。」
だけど、ボクの口から出たのは辞退の言葉だった。もう一度見たいけど、自分の肌を晒すのは気が引ける。恥ずかしいもの。
「え、なぜ?」
「入り方を覚えてないし。」
隠した本音を悟られないように言い訳を口にする。
服を脱いで体を洗うだけなんだけど、お風呂の入り方にはルールがあるらしい。初めての時は、アンベワリィにゴシゴシ洗われて何が何だか解らなかった。白い液体の入った瓶がいくつも並んでいて、それを泡にして、変なスイッチもたくさんあって、慌てている間に終わって覚えてないんだ。
それに、人が少ない時間だとは言え、他の魔族が入ってくる可能性もある。あの時の、ボクとアンベワリィのように早めに入る人がいるかも知れない。魔族の中には人間がいっしょに入るのを嫌がる人だっているよね。
「何とかなるわよ、体を洗って入るだけ。さあ、行きましょう!」
白い姫様の温かい手は尻込みをするボクの腕をつかんで引いた。久しぶりのお風呂に思いを馳せるヴァロアに、初めてのお湯に引き付けられるアグド。止める誰も人はいなかったんだ。
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「その感覚を、お湯が身に染みるって言うのよ。」
ボク達に聞こえるように白い姫様の声が天井に響くと、なみなみと満たされた湯船にぽたりと水滴が落ちる。石像からドバドバと熱いお湯が流れてくる水面に小さな水滴は波紋となって、湯煙の向こうの人影に当たって返える。
「いや、お湯は皮膚から入って来ないだろ?」
熱いお湯に入って、じんじんと痺れるような痛みを魔族は染みると表現するらしい。アグドは反論しつつもお風呂が気に入ったみたいだ。たくさんあるお湯を貴重な砂金のように掬い上げると、指の間から滑り落ちるお湯に小さな水紋は掻き消された。
最初は湯気の立ちあがる熱いお湯に恐々と足の指をつけたアグドだったけれど、今ではすっかりとお風呂を堪能している。ボクはというと湯船の隅っこで縮こまっていた。
いや、目の前にいるアグドは同じ男だけど恥ずかしいよね。男友達の体だって幼い時から見ていない。それとなく見るアグドの胸板は厚く、ボクと違って腹筋も割れている。だてに兵士になろうとしてなかったんだよね。
「お湯が浸みこんで指がふやけるッス。」
大量のお湯に興奮したアグドは早々に静かに入ることに飽きてバシャバシャと遊ぶ。前を隠す事も無くふらふらとしているから、湯煙の間から見えるんだ。
今も目の前でふらふらしている。
体の泡を流すためのお湯がにざぱーんと数度。お湯から白い泡が消えると「ふう」と湯桶の主が息を継ぐ。
体を洗い終わったみたいだ。ボク達に丁寧に体の洗い方を教えてくれていたし、魔獣のお世話もしていたから、湯船に浸かるのが遅くなったんだよね。申し訳なく思いながらもボクは緊張に体を強張らせた。
ひたひたと溜まった水を跳ねないように忍ばせた足音がボクの隣で止まると、つま先をお湯に触れて、一気にどぷんと体を浸ける。
「くうぅ!」
呻き声にボクは増々体を硬くする。いやいやいや、誰だって硬くなるよね。湯船は広いんだから、わざわざ隣を選ばなくても良いよね?
「どうだ?気持ちいいだろ?」
「あ、はい。」
野太い声にボクは勇気を振り絞る。ちらりと見える指が埋まりそうなくらい分厚い胸板には太く黒々とした毛並み。なのに、お腹の部分には毛が無くて割れた腹筋は高い山を誇っている。
カプリオの村にいたボクを魔王の城へと連れてきてアンベワリィに引き渡した魔族、セナ。男の魔族だ。
セナは廊下で久しぶりに会ったボクに声をかけようとして姫様に捕まった。ボク達を『男湯』へと案内して、使い方を教えさせるために無理やりお風呂に誘われたんだ。姫様は最初から誰かに案内を頼むつもりだったんだ。
そうだよね。女性専用の『女湯』があるなら『男湯』だってあるよね。いやいやいや、姫様に誘われていっしょに入ると思ったボクがおかしいんだよね。
セナに連れられたボクとアグドは男湯へ、姫様に連れられたヴァロアは女湯へ。
魔族には人間の男と女の顔の区別はつかないみたいだけど、魔力で性別は判断できるらしい。壁の上に開けられた隙間から色々と褒め合う声が楽しそうに聞こえる。色々は色々で姫様も白い肌を褒められて嬉しそうだ。
セナと反対の隣に彼の魔獣が静かにお湯に入って、湯船の縁に頭を乗せて体を浮かばせている。ボクなんかよりよっぽどお風呂を楽しんでいるよ
「こんなに水と燃料を使えるなんて、すげえ贅沢だな!」
アグドはバシャバシャとお湯で遊ぶのを止めなくて、肩まで浸かるボクの顔にしぶきが飛ぶ。渋い顔をするけれど、アグドは全然気付いてくれないし、セナは初めてのお湯に興奮するアグドを面白がってさえいる。
「燃料はほとんど使ってない。街から少し山に入った所から湧き出ているんだ。」
セナによるとここで使われているお湯は地面の下からお湯の状態で湧き出すらしい。湧き水なら見たことがあるけれど、地面からお湯が出るなんて不思議だね。
「気にいってもらえたかしら?」
男湯と女湯を隔てる壁ごしに姫様の問いが飛ぶ。高い声に姫様が薄い壁の向こうにいるのを思い出して、自分の貧相な裸が恥ずかしくなる。あの壁が倒れたらボクの体を見られるかもしれない。
あれだけ長い旅を続けてきたのに、ボクの体はアグドのように厚い胸板も割れた腹筋も無いんだ。
「おう!すっげー気持ちいいぜ!」
アグドが元気よく答えるのを尻目にボクは勇気を出すことにした。体も洗ったし、お湯にも浸かった。これ以上、お風呂に入る意味は無いよね。もう、外へ出て服を着ても良いよね。湯船を出るために体を隠すタオルを手に取った。
「おうおう、もっと体を芯まで温めろ。100まで数えるんだぜ。」
セナの太い指に肩を押さえられて鼻が沈むくらい浸かったお湯は、塩辛かったんだ。
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次回:姫様の『白い肌』




