見学
第11章:魔王だって助けたいんだ。
--『見学』--
あらすじ:アンベワリィがご馳走を作ってくれた。
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アンベワリィの御馳走でお腹いっぱいになったボクは、勧められて味わったたっぷりのお酒の効果も相まって幸せに眠ったらしい。開けられた窓に腰かけたヴァロアが爪弾く、12弦のブルベリのぽろんぽろんという音と共に、長閑な朝を迎えていたんだ。
「おはようッス。起きたっスね。待ってたッス。」
穏やかな光の中のヴァロアが気が付いてボクに微笑む。窓の外からは勇ましい掛け声が聞こえてきて、魔族の人たちが朝の訓練をしている風景が見られた。今まで聞いたことの無い調は彼らの姿を見ながら彼女が即興で作ったものかも知れない。
いやいやいや、部屋は3つ用意されていたんだよね?
「そこのベッドを使わせてもらったッス。魔獣用のベッドに興味があったッス。すごく寝心地が良かったッス。」
ヴァロアは低い魔獣用のベッドを指差す。魔族用のベッドよりも薄いけれど、柔らかくて寝心地が良かったらしい。いやいやいや、ヴァロアの部屋にもあるよね?
ご機嫌なアンベワリィに勧められるまま飲んだボクが酔いつぶれてしまったので、ヴァロアがボクを送ってくれたらしい。そのついでに、魔獣用のベッドを試してみた結果、そのまま朝を迎えてしまったと。
いや、ちょっと無防備すぎるんじゃないかな。一応女の子なんだよね。旅の空ではみんなで雑魚寝をするしか無かったけど、せっかく部屋が用意されているんだから、ゆっくりと休めば良かったんじゃないかな。
中途半端にかかった毛布を抜け出して、乱れた服を整えて、ベッドを降りようと足を降ろすと、むにゅりと柔らかい物を踏みつけた。
「その辺にアグドが寝てるッス。気を付けるッス。」
魔族用のベッドと魔獣用のベッドの狭い隙間には幸せそうに眠るアグドの姿があって、ボクの足は彼の鼻を潰していた。
「ははは。足元は気を付けなきゃダメだよぉ。ヒョーリ。」
魔獣用のベッドの向こう側でのっぺりとした顔のカプリオが笑う。どうやらみんな同じ部屋で寝たらしい。いつも右手にいるジルはボクの枕元に立てかけられていて、いつものように『小さな内緒話』で声をかけてくれる。
「兄さんが起きたなら、アグドも起こすッス!」
ヴァロアの腕が振り下ろされた。今まではボクを起こさないよう静かに爪弾いていてくれたのに、今度はアグドを起こすために激しく掻き鳴らしたんだ。アグドもゆっくり寝かせてあげても良いんじゃないかな。
床の上のアグドが煩さそうに顔をしかめる。音を避けて寝返りを打つと、体を縮こまらせて毛布を引き上げる。アグドも疲れているんだよね。ずっとボクの護衛として気を張っていてくれたんだよね。
なおもブルベリを掻き鳴らすヴァロアを止めようと床に足を着けたら、再び寝返りを打ったアグドの頭がボクにぶつかる。不機嫌に顔をしかめた彼の口が大きく開かれた。
「うわ!」
「うぎゃあ!」
左足を噛まれたので反射的に右足でアグドの頭を蹴ってしまったんだ。硬い頭を蹴ったボクの足も痛いけど、蹴られた反動で魔獣用のベッドの側板に頭を強くぶつけたアグドも痛いよね。
頭を押さえたアグドがのっそりと体を起こして首を振る。見るからに不機嫌そうだ。いや、うるさくなったり蹴られたりして、気持ちいい目覚めになるわけ無いよね。
「ぺっ、ぺっ、なんだよ?何を口に入れたんだ?」
「おはよう!起きたのね?」
ボクが謝るよりも先に、部屋のドアが無遠慮に開けられて白い姫様が飛び込んできた。黒い魔獣が器用に開けた扉から、白い魔獣がワゴンを牽いて入ってくる。
ヴァロアが掻き鳴らしたブルベリは、アグドを起こす他に姫様に合図を送る役割を持っていたらしい。もう少し早い時間に姫様が来てみたいだ。ボクが疲れているだろうと気遣ってくれて、出直すようにとお願いしていた。代わりに起きたら合図をすると。
だったら、アグドも寝かせておいてあげれば良いのにね。
「護衛なら兄さんの目が覚める前に起きるのが普通っス。」
「いい匂いだなあ。」
少し棘のあるヴァロアの言い分に耳も貸さずに、アグドは姫様の持ってきたワゴンに気をとられた。ワゴンに乗った白いポットにはあっさりとしたスープが満たされていて、皮をむいただけのおイモが入っている。魔族の間では一般的な朝食で、一晩寝かせたおイモは芯までスープが浸みていて美味しいんだ。
「でしょう。人間用に塩は控えめになっているわ。」
魔道具のポットでスープを温め直しながら、机にテーブルクロスを引いてバスケットから出したカトラリーが並べられる。いやいやいや、お姫様だよね。手際の良い支度に見惚れているうちに、湯気をあげるスープがお椀によそわれる。
「さぁ。昨日の続きを聞かせてよ。」
朝早くから尋ねて来た白い姫様の目的は、ボクの旅の話を聞く事にあったらしい。昨日は魔王の森を通って帰る所で終わったからね。ボクが新しく連れて来たヴァロアとアグドにとても興味を持っていた。
スプーンでおイモを崩しながら、ボクはアンクスを殴った話を伏せて、ツルガルへ行くことになったことを話しした。
姫様の魔晶石だと勘違いをして、激情に任せてアンクスを殴ってしまった話をするのは恥ずかしかったんだ。ボクの記憶を読んだ魔王は知っているかも知れないけれど、ボクの口からはとても言えない。
道中で山賊に追いかけられるヴァロアを助けて、ツルガルでアグドに挑まれてレースに参加した事。2人との出会いを話すだけで日は高くなってしまう。
遅い昼食を食べた後は話疲れてきたので、散歩がてらに今度はヴァロアの希望で魔王の城を見学させてもらう。
訓練場が見渡せる長い渡り廊下を渡って、たくさんの魔族の彫刻が並んだ通路を案内される。廊下は魔族と魔獣が並んで歩けるように広くて、扉には魔獣でも開けられるように工夫がされていた。
薪割り小屋でお世話になっていた頃は、牙の生えた魔族が怖くて自分から出歩かなかった。新しい発見があるたびに、姫様の所に呼ばれてもうつむいて歩いてばかりだったと実感させられる。
ニシジオリの王宮のように派手に飾られている訳ではないけれど、要所に価値のありそうな物が飾られていて、見て回るだけでも終わりそうもない。
「このタペストリーも素敵ッスね。」
セピア色の素朴な織物をヴァロアが褒める。それには抽象的に描かれた大きな樹を中心に鳥、動物が渦のように配置されていた。
「ああ、これは樹王様から贈られた物ね。木ほぐして撚った糸から作られた物で、彼らの世界の理を現わしているらしいわ。」
「へ~すごいっすね。こことかどんな意味を持つッスか?」
ひとつひとつの品物にらんらんと目を輝かせるヴァロアに楽しそうに語る白い姫様。魔王の城を周り始めてからは、2人が楽しそうで仕方ない。女の子が2人でワイワイと騒いでる姿は見ていて幸せだよね。
ボクは少し離れた所にもたれて、のんびりと2人の話が終わるのを待つ。黒と白の魔獣が寄ってきたので撫でてやると、目を細くして喉を鳴らした。アグドはこくりこくりと舟をこぐ。
お昼を食べた後の軽い運動のつもりだったのに、あれやこれやと見ている間に、ずいぶんと時間が経ってしまっていた。部屋を出たボク達を傾いた日が赤く照らした。
「いやぁ、楽しかったッス。興奮したッス。汗だくッス。」
ずっとはしゃいでいたからか、ヴァロアの額にうっすらと汗が光る。たった1つの織物を見るだけで、あっちから見たりこっちから見たりと忙しなく動いて、姫様に質問し続けていたからね。汗をかくのも仕方ないかも。
「うふふ。それじゃあ、お風呂に行きましょうか?」
姫様の口から聞こえたお風呂の言葉に、ボクはあの日を思い出して顔を赤くした。
あの日、初めてのお風呂で会った姫様は月に白く輝いていたんだ。
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次回:『湯煙』の向こうに
お読みいただきありがとうございます。
更新されない登場人物紹介を除いて、300話になりました。
ここまで書き続けてこれたのも、皆さまのお陰です。




