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ご馳走

第11章:魔王だって助けたいんだ。

--『ご馳走』--


あらすじ:アンベワリィに子ども扱いされた。

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3人になった部屋からアグドが「ひと眠りして来るわ」と欠伸を噛み殺して部屋を出ると、ヴァロアも続いた。1人残った急にガランとした部屋で、ジルに促されてボクも横になる。


魔王の森では木の間に吊ったハンモックと、夜も見張りをしてくれたジルとカプリオのおかげで眠れていたはずなのに、ずっと慣れないアルッタの魔獣の背中に乗っていたためか、浄化の魔法をかけてスッキリした体は思ったよりも疲れていて、深く熟睡してしまった。


魔族の女の人に「食事の用意ができました」と起こされた時には、夜はすっかり更けていて、彼女の持つ小さな明かりさえ眩しくなっていた。


本来なら魔王の城に招かれた人のための食堂も料理人もいるみたいだけど、アンベワリィが張り切っているからと、一般の魔族の兵士向けの食堂に通された。ボクが薪割り小屋でお世話になっていた時に手伝いをした食堂だ。


「よお!生きていたんだな。」

「元気そうで何よりだ。」

「なんだよ。今度は女連れかよ」


強そうな魔族の兵士が集まる食堂では人間を警戒してピリピリとしていた人もいたけれど、数人の顔見知りの魔族の兵士たちが声をかけてくれて以降は、ボクを温かく迎えてくれた。


でも、ヴァロアの男装は誰にも言ってないのにな。なんで女の子を連れていると冷やかされたんだろう?


「誰なんだよ?」

「真ん中の人間がアンベワリィのお気に入りだ。」

「ああ、アレがあの『悪夢の7日間』を引き起こした人間か。」


顔見知りの魔族達が見知らぬ魔族達にボクを紹介する中に聞き慣れない単語が混ざっている。『悪夢の7日間』。たぶん、アンベワリィがボクを心配して料理の味が落ちた時のことだよね。毛むくじゃらな魔族が味を思い出したのか苦虫を噛みつぶしたような顔になる。


7日間も仕事に手が着かないくらいに心配してくれたアンベワリィに感謝はするけれど、その間はロクな食事が摂れなかった魔族の兵士さんには心から同情する。1食でも抜けば頭を使う仕事も体を使う訓練も辛くなるよね。


「まったく、姫様が7日目にアンベワリィを強制的に休ませなければ、もっと続いていたかと思うとゾッとするぜ。」


どうやらアンベワリィの不調は7日では済まなかったらしい。いや、心配して仕事に身が入らなかったのが7日くらいで、さっき扉を開けてボクの顔を穴が開きそうなくらい見直すまで心配し続けていてくれたのかもしれない。


たしか、アンベワリィの旦那さんは亡くなっていたんだよね。左目に傷を負っていた旦那さんの肖像画は強い戦士のようだったけど、アンベワリィを置いて先に逝ってしまっていたんだ。


もしかすると、すごく心配をかけてしまったのかな。


アンベワリィの魔獣、デェジネェが「気にするな」という仕草で足元に纏わりついた。そのまま尻尾をボクの腕に絡みつかせて空いている席に案内してくれる。


「待たせたね。腹が減ったろ?人間には慣れない味かも知れないけど、たんと食べておくれ。」


温かい湯気の上がる焼き目の付いた厚い肉を中心に、魔族の主食である潰したイモ、ゆでた野菜は赤、緑、黄色と3色あって彩を添えられていて、具がたっぷり入ったスープも付いている。お酒はコップの縁まで届いて溢れそうだ。


周りにいる兵士さん達の食事はもっと簡素だから、アンベワリィがボクたちのために用意してくれたんだよね。


「ありがとう。アンベワリィ。」


「魔族の食事ッスか!楽しみッス。ここまで来たかいがあったッス。」


「いやッホ!期待してたんだぜ。干し肉には飽き飽きしてたんだ。」


ボクにヴァロアにアグドのそれぞれがお礼を言って、思い思いに料理に手を付けた。肉にナイフを入れればあっさりと切れる。歯ごたえのある硬い肉を好む魔族だけど、ボク達に用意された肉は食べやすいように柔らかくしてあるんだ。


「なんだよ。人間だけ特別扱いか?」


「うるさいね!特別料理が欲しかったら、手柄のひとつも立てておいで!」


強い香りがする肉を口に含めば程よい塩味が舌を刺激する。噛みしめるとジュワッと肉汁が流れ出し、爽やかな香辛料と混ざって口の中に広がっていく。


強い塩味を好む魔族の食事と別に、人間のために薄い塩味で作ってあるんだ。そして塩味に合わせて香辛料も調整しているんだよね。味見役のいない料理をこんなに美味しく作れるなら、他の魔族達の料理はもっと美味く作れるに違いない。


だって、周りの魔族の人たちはアンベワリィの料理を食べて幸せそうな顔をしているんだもの。


「とっても美味しいよ。」


「そうかい。苦労した甲斐があったよ。」


少ないボクの感想にもアンベワリィはニッコリと微笑んでくれる。何かもっとうまく褒めたいけれど、込み上げる思いが詰まってうまく言葉にならないんだ。


「サイコー!ッス。でも、本物のアンベワリィさんの味も食べてみたいッス。」


「魔族の味付けが食べてみたいのかい?変わっているねえ。まあ、また今度用意するよ。」


「森の中でアルッタたちが塩の石をまるごと鍋にぶち込んでいたから心配していたけど、オレ達の街で、これだけの料理が出てくるのは超高級料理店だけだぜ。」


「御馳走は今日だけだよ。心してお食べ。」


ボク達が美味しく食べる姿に満足したアンベワリィは厨房に呼ばれて戻っていく。もっとゆっくり話したかったけれど、仕事中の彼女を引き留めるわけにはいかない。


周りの魔族の兵士たちも、ボクたちの食べる姿に見飽きたのか、自分の料理に舌鼓を打ちつつ、それぞれがお酒を片手に盛り上がる。あの喧騒の中で料理を運んだ記憶が懐かしい。


たしか、茹でた三色の野菜はそれぞれ違う香辛料を使っていて肉汁を吸った潰したイモに絡める量を変えると味が変わるんだっけ。ナイフとフォークを使って味を調えていると、向かいに座ったアグドが「うっ」っと、喉を詰まらせたような声を上げて顔を強張らせた。


「おい、何で人間がいるんだ?」


3色の野菜で彩られたイモの乗ったフォークを持つ手が止まる。アグドの視線を追って振り返ると、気の荒そうな魔族が立っていた。いや、さっきまでこんな魔族は居なかったよね。広い食堂の1人なんて覚えきれないから判らない。


「てーか、人間がオレ達より良いモンを食っているじゃあねぇか。ああん?」


声の主は太い腕で机をドンと叩き、反対の腕をボクの頭に絡ませる。上向きに生えた黄ばんだ牙の口元から、キツイお酒の臭いの混じった生温かい息が吹き付けられた。


「おいおい死んだわ、アイツ。」

「アイツだけの犠牲で済めば良いんだが。」

「巻き込まれない内に逃げようぜ。」


魔族の兵士たちが自分のお酒と料理を持ってボク達から離れた。いやいやいや、助けてくれても良いよね?さっきまでボクを温かく迎え入れてくれていたよね。


目の前の美味しかった料理が滲んだ涙で霞んだ時、ゴツンと大きな音が響いてボクにまとわりついていた魔族が床に滑り落ちる。その体はだらしなく手足を伸ばして、ぴくぴくと痙攣していた。


「アタシの食堂で問題を起こすんじゃないよ。」


そこには魔獣デェジネェを従えたアンベワリィが、鼻を鳴らして大きなお玉を構えていた。魔族の兵士たちが感じていた恐怖は、ボクに絡んできた魔族にではなく、アンベワリィに由来するものだったんだ。



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次回:魔王の城を『見学』



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