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背の低いベッド

第11章:魔王だって助けたいんだ。

--『背の低いベッド』--


あらすじ:白い姫様がアンベワリィを連れて来た。

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アンベワリィの大きな胸から解放されたボクは大きく息を継ぐ。温かくて気持ちよかったけれど、魔族は女の人でも力強い、特にアンベワリィは大きなお玉で魔族の男の人でも吹き飛ばしちゃうからね。ボクなんかじゃ太刀打ちできないんだ。


アンベワリィは胸から解放したボクの顔を、鼻先がくっつきそうなくらい近くに引き寄せる。黒い大きな瞳は忙しなく動いて、顔を穴が開きそうなくらい見てくるから、ボクは居心地悪く視線を逸らした。


「やっぱりヒョーリだね。ホントに生きているとは思わなかったよ。いやねえ、アンタは小さくてひょろっとしていて、頼りなくて。それに、あんな凶暴な人達に預ける事になったじゃない。仲間外れにされてないか、心配で、心配で。」


アンベワリィからしたら、自分達をまとめる魔王を殺した勇者アンクスはとてつもなく凶悪な人物に見えたらしい。自分たちの城に無断で侵入して暴れる人間は信用できなくて、アンクスがボクを連れて帰ってくれるとは思えなかったみたいだ。


でも、魔族は人間を探し始めた。


魔王が倒された幻覚を見た彼らは、アンクスが城に侵入する手助けをした仲間だとして、ボクもいっしょに捕まえようとしていたんだ。


白い姫様の頼みもあって、アンベワリィはボクを逃がす準備をしてくれたけど、アンクスがボクを見捨てたりしてないかと、ずっと心配してくれていたみたいだ。連れて行って貰えたとしても蔑ろにされたり、爪弾きにされたりしてしまうかもしれないと心配し続けてくれたんだ。


心配しすぎだと思うけど、それくらいアンクスが信用できなかったんだよね。


「しばらく仕事にも手が付かなくなって、料理の味が不安定になったり焦げたりして兵士たちから苦情が出たのよ。」


姫様の補足にアンベワリィが頬をかく。魔王の城の食堂を任されている彼女の不調は多くの悲劇を生んだみたいだ。難しい仕事や厳しい訓練の合間の楽しみが、苦行の時間になって魔王の城の一大事となったらしい。


「そんな恥ずかしい昔話は忘れておくれよ。それより、そこの人間はアンタの友達だろ?紹介しておくれ。」


「そうよ。お父様の部屋に居た時から気になっていたのよ。」


話題を変えたいアンベワリィの視線が再会を静かに見守っていたヴァロアとアグドに向けられて、姫様も乗る。


「吟遊詩人のヴァロアと、一応、ボクの護衛をしてくれているアグドだよ。」


「一応とはなんだよ。オレはツルガルの兵士団長様から直々に依頼されて護衛しているんだぞ。」


のそりとベッドから起き出したアグドがボクの紹介に文句を言った。ツルガルの人がボクに護衛として彼を付けてくれたんだけど、団長の記憶の本を読むと、ボクの護衛をさせたかったんじゃなくて、厄介払いをしたかったみたいなんだよね。


ボクも護衛としてアグドを信用したことが無いから、胸を張って紹介できない。まぁ、なんだかんだと世界の果てまで一緒に冒険してきて憎めない存在になっているんだけどね。


「へえ、ツルガルってヒョーリの国より遠い所でしょ?そんな所から来たんだ。すごいね!」


「だ、だろ?オレ様は凄いだろ。」


姫様に褒められて自慢顔に変わるアグドにため息を吐く。憎めないと思ったばかりだけど、合間合間で気に障るんだよね。それに何かとトラブルを引き起こしてくれるし。だから、厄介払いでボクの護衛なんかにされたんじゃないかな。


「ところで、どうしてアグドは魔獣用のベッドで寝ていたの?カプリオは他の部屋を使うの?」


「へ?魔獣用?」


姫様がアグドを指して疑問を投げると、ヴァロアが笑いをこらえてお腹をよじった。


魔族は必ず1頭の魔獣を連れている。


部屋の2つのベッドは1人の魔族と相棒の1頭の魔獣のために用意されていて、腰の高い魔族が高い方のベッドを使い、4本足が多い魔獣が低いベッドを使うのが普通らしい。


ボク達は魔王の客として迎え入れてくれたらしい。だから3人それぞれに部屋を用意されていた。ボク達はベッドが2つしかないのに3人のための部屋だと勘違いしていたんだ。


飲み物を用意する時に入れ替わって、アンベワリィを再開させて驚かせようとした姫様によって、ボクたちは1つの部屋に案内されたらしい。3つの部屋に別れたらどの部屋にボクが居るのか解らなくなるし、飲み物を運ぶ手間も増える。


「うるせえ!知らなかったんだよ。」


癇癪を起したアグドが怒鳴る。いやいやいや、仮にも相手は魔王の娘様だよ。お姫様だよ。ボクはアグドに白い姫様を正式に紹介していないけれど、魔王の部屋で姫様が『お父様』と呼んでいた所で察して欲しいよね。


「そうよね。人間がこの部屋に泊まる事なんて滅多に無いから、知らなくて当然よね。」


アグドが白い姫様に宥められて和やかな笑いに変わり、アンベワリィは牽いてきたワゴンのお茶を手際よく蒸らす。人数が増えて足りない椅子をヴァロアとアグドが隣の部屋から大きな椅子を追加した。


だけど、ボクは椅子に座れなかったんだよね。


アンベワリィは人形のようにボクを膝の上に乗せて頭を撫でるんだ。椅子は余っているのに。子ども扱いされているみたいで、ヴァロアとアグドの優しい視線が痛い。


それから、人間の街に戻る旅の話をせがまれた。アンベワリィも姫様もとても心配していたからね。気になっていたんだろう。


勇者アンクスに守られて魔王の森を抜けるだけのボクの話は、大して盛り上がる事も無いと思ったけれど、みんな根気よく聞いてくれて終わる頃には喝采を浴びた。


何だろ。アンベワリィの膝の上で話したからか、子供の時が小さな冒険を一生懸命していたような扱いをされている気がする。


「さて、そろそろアタシは食事の準備に戻るよ。」


無事に王都へ戻れた話を聞いて満足したのか、アンベワリィは名残惜しそうにボクの頭を撫でて降ろした。まだ日が傾く時間には早いけど、お城の食堂を預かる彼女は多くの魔族のために、たくさんの料理を作らなければならない。


「1日くらい他の子たちに任せれば良いじゃない。」


話の続きが気になる姫様がアンベワリィを引き留める。


アンベワリィひとりでは沢山の料理を作るのは難しくて、手伝いをしてくれる仲間がいる。アンベワリィの料理が美味しくなくなった事件の経験から、今では彼女と同じ味を出せるようにと仲間を育てているみたいだ。


「そうはいかないよ。アタシの仕事が無くなっちまう。それに、久しぶりのお客様にご馳走も用意しないとね。」


アンベワリィは器用にウィンクをくれた。人間には魔族の料理は塩辛すぎるから、特別に新しく作り直さなければならない。でも、他の魔族は人間用の料理を作った事は無くて、ボクのお世話をしてくれたアンベワリィだけが味付けを知っている。他の人に任せられないんだ。


ボクのためにご馳走を用意してくれるとは言ったけれど、ご馳走なんて要らないから、もう少しゆっくりして欲しかった。2度と会えないと思っていた2人に会えるなんて思ってなかったんだ。


「私も長居しすぎたわね。お父様にヒョーリを休ませるように言われていたのに。」


「夕食は期待してなよ。」


「また後でね!」


手を振った2人の背中が部屋から消えて、ゆっくりと扉が閉まる。


まぁ、お城の兵士さん達の事を思えばアンベワリィに無理は言えないし、しばらくは魔王の城に居る事になりそうだから、いつでも会う事ができるよね。


でも、ぬくもりが消えた背中がすごく寂しかったんだ。



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次回:アンベワリィの『ご馳走』


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