客室
第11章:魔王だって助けたいんだ。
--『客室』--
あらすじ:魔王城の周りの土地には塩が多く含まれているらしい。
------------------------------
魔王がボクを必要とする理由を聞いても、はっきりとした答えは得られなかった。どうやら魔王にもはっきりした確信があるわけじゃないらしく、誰かを待たなければボクに話をするわけにいかないらしい。アルッタ達みたいに、何かを調査させているのかな。
「長くはかからないはずだ。」
魔王の部屋を出て案内された部屋は、昔使っていた薪割り小屋の2階じゃなくて、ちゃんとしたお客様を迎える部屋。魔王の城の客室のひとつだった。犯罪者や捕虜と違う扱い、ちゃんとしたお客様としてもてなしてくれるらしい。
ボクひとりなら薪割り小屋の方が気も楽だと思うけど、今度は2人も増えている。しっかりとした部屋を借りられるなら、ベットで疲れた体を休ませる事もできるんだ。
「ただいま飲み物をご用意しますので、しばらくおくつろぎください」と案内してくれた魔族の人にお礼を言って、荷物を置いて一息。
広い部屋はくつろげるように椅子とテーブルが置いて有って、2台のベッドが並んでいた。高さの違うベッドの低い方へとアグドは早々に体を投げだして寝転んだ。
「高い方を選ぶと思ったよ。」
妙なプライドを持つアグドの事だから、背の高いベッドと低いベッドを選べるなら、絶対に気分が良い高いベッドを選ぶと思っていたんだ。ボクが見下ろす形になっちゃうからね。
「ここではヒョーリが賓客なんだし、おこぼれにあずかる護衛のオレは低い方で十分さ。」
護衛ならもう少し警戒して欲しいかな。部屋の影に誰かが潜んでいるかも知れないよね。低いベッドの短い足は申し訳程度にしか床から離れてないけれど、高いベッドの方は大きな体の魔族が使いやすいように作られていて、下には大きな隙間がある。そこには魔族だって潜めそうだ。
まぁ、ボクを狙っても誰も得をしないと思うけれど。
脱いだマントに浄化の魔法をかけてクローゼットに吊るすと、チェストの上の花瓶が目に入った。活けられた花は赤と白で可愛らしく、その隣には部屋を彩るために配置された鉢植えが瑞々しい緑の葉を茂らせていた。
そう言えば、前にボクの世話を焼いてくれた魔族、アンベワリィの部屋にも鉢植えの木があった気がする。
「その花はそのまま食べても美味しくないッス。」
「いや、この花と木も塩に強い植物なのかと思って。」
どこに咲いていた花なのか、どこで育てられた木なのか判らないけれど、ヴァロアが知っている花なら、塩に弱いのかな。
「塩に弱いんじゃないッスか。ここにあるのは小ぶりッスけど、人間の街ではもう少し大きくてプレゼントなんかに使われるッス。どうしても食べたいなら、ジャムか煮だしてシロップにするッスけど、その量じゃお腹は膨れないッス。」
「いやいやいや、食べないよ。」
魔族が6人も増えたけど、カプリオにも彼らの魔獣にも人間の保存食を運んでもらえたから、野宿の旅の途中でも食事に困る事は無かったんだ。今日のお昼ごはんは最後だからって贅沢に使ったしね。
「どこかで栽培してるッスかね。鉢植えにすると花が小さくなるッス。」
魔王の街の土は塩が含まれているかもしれないけれど、すぐそばにある魔王の森には木が生えるだけの土がある。小さな鉢の分くらいは簡単に運べる。小さな鉢で育てたら根が大きく育たなくて、花や葉も小さくなるんだそうだ。
こまめな土の入れ替えや水やりで改善する事もあるけれど、手間がかかるのだそうだ。そう考えると、この花はこの街では貴重なのかもしれない。
んん。花を見た時は森が広がらない原因が他にあるのかと思ったんだけど、やっぱり塩が原因なのかな。そうすると、やっぱり魔樹が蓄えていたという魔力をどうにかしないと、森は広がり続けるだけなのかな。
ジルを人間に戻すためには魔樹の琥珀が必要だ。だから魔樹の近くまで行きたいと思うけど、最近まで魔族が争っていた場所なんだよね。だから、魔樹が倒されたんだよね。
そんな場所にボクなんかが行って、無事に帰って来られるのかな。
頭痛がしてきて窓を開いて風を入れれば、さらりと乾いた風が頬を撫でる。
「潮の香りとは違う気がするッス。」
「潮の香って?」
「海の匂いっス。」
海のある国から来たヴァロアはスンスンと鼻を動かす。元々船の先導をする『帆船の水先守』の『ギフト』を扱う彼女は海に近い所に住んでいたと聞いたことがある。
ボクも彼女に倣って鼻で大きく空気を吸い込むけれど、海の匂いなんて知らないんだよね。海の水は塩を含んでいて、海からは独特の匂いが漂って来るのだそうだ。その独特の匂いが魔王の城では感じられなくて、この土地が塩に侵されているとは思えないのだそうだ。
人間の街よりは少し獣臭いのは、魔族が必ず魔獣を連れているからかもしれない。
窓の外には魔王と勇者が戦った訓練場が見える。雑草の生える普通の光景。ニシジオリの王宮の訓練場も、ツルガルの広場とも同じ気がする。いや、大きな魔獣アズマシイ様の背中であることを考えれば、ツルガルの広場に雑草が生えている方が不思議なのかもしれない。
さっき見た魔王の街はどうだったかな。馬車が通っても轍ができないように舗装されていたけれど、隅には雑草が生えていたように思う。軒先に鉢植えが飾られていたけれど、街路樹は無かったかな。まあ、街路樹があると道が狭くなるから植えない通りの方が多いけどね。
「海と同じ匂いがしないのは、塩が含まれていないからかな?」
「どうッスかね。潮風はもっとベトベトしてたッス。」
「土を舐めて見れば一発で解るだろ。」
ボクの無駄な考えをアグドが一声で粉砕した時、コンコンとドアが叩かれた。案内してくれた魔族の人が飲み物を用意すると言っていたから、運んできてくれたのかな。ボクがドアへと近付くとひそひそと声が聞こえた。
「ホントに私なんかがここに来て良いのかい?」
「しっ、静かにしないと聞こえちゃうじゃない。」
声を殺して戸惑う女の人をたしなめる若い声。たしなめる声はさっき魔王の部屋でも聞いた白い姫様の声。そして、戸惑う女の人は年上の落ち着いた低い声。この街でひとりぼっちの人間の世話を焼いてくれた優しい人の声。
「アンベワリィ!」
勢い良く開けたドアの向こうには、見知った顔。もう会えないと思っていた顔。びっくりして大きな黒い瞳を見開らくと、手を開いてボクを招き入れてくれる。足元には彼女の魔獣、デェジネェが絡みついてきた。
「姫様にメイドの真似事をさせられた時は何事かと思ったけれど、まさかヒョーリだったとはね。」
大きな体のアンベワリィはボクの頭を引き寄せて、人間の頭なんて埋めてしまう大きな胸に押し付ける。最初は嬉しかったけど、どんどんと息が続かなくなる。彼女は大きなお玉を振り回す太い腕はボクが振りほどけないほどの力があるんだ。
ボクは薄れ行く意識を手放さないように、ジタバタともがいたんだ。
------------------------------
次回:アグドの寝転ぶ『背の低いベッド』




