魔王の部屋
第11章:魔王だって助けたいんだ。
--『魔王の部屋』--
あらすじ:魔族に捕らえられて魔王の城に行くことになった。
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魔獣の脚が重たい音を立てて枯葉を蹴って魔王の森を抜けると、そこには青空に映える黒い城があった。
「おお!あれが魔王の城ッスか!?」
「すっげえ黒いな。」
カプリオに乗ったヴァロアが歓声を上げ同乗していたアグドも短く感想を言って目を見開く。ボクは魔族のリーダーのアルッタの鎧の背中の後ろで、最初に魔王の城を見た時の事を思い出した。ボクもあの黒さにびっくりしたっけ。
槍を構えたアルッタに魔王の城まで着いてくるように命令されてから、ボクは彼の魔獣の背中に乗った。カプリオの背中に3人乗るのは大変だし、アルッタはボクを捕まえておけばヴァロアとアグド、それにカプリオも逃げ無いと判断したみたいだ。
魔族の相棒の魔獣とはいえ乗るのは怖かったけど、逃げようとしなければアルッタは丁寧に扱ってくれたし、6人の魔族と6頭の魔獣はボク達を連れて魔王の森を苦も無く抜けた。
「少し静かにしてくれ。もう街の中に入るぞ。」
カプリオに乗る2人の声が大きすぎてアルッタは苦笑を漏らす。彼らはどう見ても悲惨に魔族に捕まった人間には見えなくて、物見遊山に訪れたどこかの田舎者にしか見えない。
だけど、ボクも同じだ。
口は静かに、でもキョロキョロと忙しなく頭を動かして魔王の森の秘密を探す。どこかに人間の街と違う所が有るんだよね。だから、森がこんなに近くても街の方へと広がらない。それが解れば人間が魔族と戦う必要が無いんだよね。
結局、何も変わった物は見つけられなかったけど。
厳めしい魔族の兵士に迎えられて街へ入ってもボクの目は動き続けた。前に訪れた時は、魔族の人間とカプリオへの好奇の視線が怖くて俯いたままだったし、勇者アンクスが来てカプリオに乗って逃げる時も屋根を飛び回る彼にしがみつくのに必死で街を見る余裕も無かった。
じっくりと魔族の街を見るのは初めてなんだよね。
魔族の街の建物は彼らのサイズにあわせて大きいけれど、人間の街と変わりなかった。土壁に布の扉を垂らしているツルガルの街の方がよっぽど変わっている。王都は大きな魔獣アズマシィ様の上にあったし。
店にはたくさんの商品が並べられていて、買い物客が店主に値切りを依頼している。買い物カゴを下げた主婦が話に花を咲かせていて、路地から子供が飛び出して棒を振り回して怒られている。姿は怖い魔族だけど、している事は人間と変わらない。連れている魔獣も大人しい。
魔道具の魔獣カプリオに好奇の視線を向けるのも同じだ。
「3階の控え室にお進みください。」
キョロキョロとしている間にアルッタは魔王の城へと入り、ボク達は大きな扉の前へと招かれた。
「おお!でけえ!」
「すごいッス。」
いやいやいや、こんなに簡単にここに来れて良いのかな?ここって大事な部屋だよね。見覚えのあるその部屋には魔王がいる。
魔王は魔族を取りまとめる王様で、その大きな体を入れるために魔王の城があるのかもしれない。人間の王様は滅多に会える人じゃないんだよ。王宮に務めていたボクだって話しかけた事も無いんだよ。
人間のボク達をこんなに簡単に信用しても良いのかな。少なくとも、数日様子を見るくらいはしても良いんじゃないかな。心の準備をする時間も無く通された魔王の部屋には、相変わらずボクの背丈よりも大きな頭が鎮座していた。
「よく戻った。アルッタ。」
「ハッ。ありがたきお言葉でございます。魔王様。」
大きな口から部屋を震わせる低い声が響く。セナに連れられて魔王の城に来た時と同じだ。6人の魔族と魔獣がひれ伏すのを見た後に、ボクに視線を向けると嬉しそうに眼を細めた。
「久しぶりだ。ヒョーリ、カプリオ。」
「こんなに早く再会するとは思ってなかったよ。オンツアザケス。」
重い声にボクは体を縮こませるだけだったけれど、魔道具の魔獣、カプリオは大きな顔に
怖がりもしない。
「『愚者の剣』の導きかね。ああ、積もる話はあるが、先に大役を果たしてくれた同胞を労いたい。待っててくれるかね?」
「構わないよ。ボクには時間が腐るほどある。」
「助かる。アルッタ、報告を頼む。」
「失礼します。」
魔王に報告を求められた時のセナと同じように、アルッタも魔王の前に進み出る。あの時は解らない行動だったけれど、今なら解る。魔王が『強すぎる共感する力』でアルッタの記憶を読んでいるんだよね。
魔王にはどういう風に見えているのか解らないけれど、ボク達が世界の果てから記憶の本を借りて見るように、魔王はアルッタの記憶を見ているんじゃないかな。
魔王にはアルッタが体験したことを全部知っていると思った方が良いのかもしれない。ボク達が彼らと話した会話も、赤い光も全て。
「ネマルの加護か。なかなか面白い力を与えたものだ。」
「市民には有効ですが、鍛えられた我が軍の兵士なら耐えられるかと。それよりも重要なのは…。」
「記憶の本とやらの存在だな。ふむ。少し心当たりを当たってみる。」
「はっ。魔王様の御心のままに。」
「さて、ヒョーリ。こちらへ。」
ボクもアルッタと同じように魔王に記憶を読ませるために前に出る。魔王の『強すぎる共感の力』でも人間の記憶を読むのは難しいみたいだから、ちゃんとボクが魔王を助けようとしていた事まで読んでくれると嬉しいのだけど。
『羽化の剣』を下げたままのボクを警戒するアルッタたちの気配の中、魔王の前に進むと、初めてアンベワリィに会った時の彼女の姿から始まってネマル様やソンドシタ様、ヤイヤさんの顔が頭をよぎる。
いやいやいや、ちょっと長すぎるんじゃないかな?思い出した記憶を魔王が見ているなら、前に魔王に記憶を読まれた後からのほとんどを読まれたかもしれない。ボクはてっきり最近の記憶、2度目の魔王の森の記憶だけを読まれると思っていたのに。
いや、いいけどさ。
「悪かったな。」
ボクが心の中で不貞腐れたタイミングで言われて居心地が悪くなる。魔王の『強すぎる共感する力』は記憶の本と違って過去の出来事を見るだけじゃ無いんだね。変な事を考えないように気を付けないと。
そこへふと、強い後悔の念が流れ込んでくる。
魔王の謝罪の言葉は今のボクに対してだけじゃ無かったんだ。
魔獣の怨嗟に呑まれてしまった事、勇者アンクスを追い払った時の事、ボクに嘘を吐いた事。
魔王が魔獣の怨嗟に感化されずに自我を保っていたなら、まだ人間と話し合う余地が残っていたかもしれない。アンクスと戦った時に幻を見せて追い払わなければ状況が変わったかもしれない。
ボクに魔王と白い姫様が生きている事を知らせておけば、ボクがアンクスを殴ることも無かっただろうし、ツルガルへ行く必要も無くなって世界の果てまで行く事になることも無かったのかもしれない。
怖い思いはしたけれど、今では懐かしい思い出だ。
ボクが慰めの言葉を思い浮かべても、魔王の後悔の念は続いて、最後に空に黒い雲になった怖い顔をした魔王の顔が頭に浮かんだ。
「次こそは怨嗟に呑まれぬよう精進しよう。」
魔王は憎悪に狂った時の自分の顔を見て後悔していた。憎悪に狂って怖い顔になった自分の姿を客観的に見たのは初めてだったみたいだ。
最後に魔王のひと際強い後悔を感じる。
娘に、白い姫様に嫌われていたらどうしよう、と。
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次回:魔王の『街の秘密』




