暴れる魔王
第11章:魔王だって助けたいんだ。
--『暴れる魔王』--
あらすじ:記憶の本で魔王が黒い雲を噴き出していくのを見た。
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記憶の中の魔王は苦しんで、黒い雲を吐き出しながら訓練場に倒れてもがく。家のように大きな魔王が倒れ込んだだけで地面が揺れて塀が崩れ、あちこちに被害が出てた。
「魔王様!」
訓練場にいた魔族達が魔王を助けようとしているけれど、肩を大きく揺らして荒い息を吐く魔王の側へは近寄れない。実際に魔族と同じくらいの訓練用の藁の人形が揺れる魔王の体に巻き込まれて潰れていた。
「…近寄るな。離れろ。」
周りの人を傷つけないように自分の体を抱え、魔王はびくびくと痙攣して逃げるようにうわ言を話す。だけど、兵士達は逃げなかった。
それどころかお城の中から続々と人が出てきて、ボク達をすり抜けてくる棲む魔王を助けようと。お城に務めている魔族の人、兵士や女の人だけじゃない。商人みたいな人や、旅装の人、アンベワリィも心配そうに見守っている。
記憶を見ている魔族のリーダーのアルッタも駆け寄ろうとしたけれど、本から手を放したら記憶が見えなくなったのか、再び記憶の本に手を添えた。
「くっ。こんな時に、オレは何もできないのか…。」
「見ているのは過ぎた記憶ッス。仕方ないッス。」
心の痛くなる光景だけど、見ている光景は過去の記憶で触る事も助ける事ができない。悔しそうに唇を噛むアルッタの耳に、うわ言のように彼の名前を呼ぶ魔王の声が聞こえた。
アルッタの他に5人の名前が魔王の口から洩れる。調査隊の数とは合わないけれど、彼らを心配する魔王の声が聞こえたと言っていたから、今がその時かもしれない。
それから魔王の震えが止まって、落ち着いたように見えた。
いや見えただけだった。
体を押さえていた手が解けて暴れ始めたんだ。
「皆殺しにしてやる!!」
目を赤く光らせる魔王が叫ぶ。今までの他の人を心配していた気配が消えて人が変わったかのように殺意をばら撒いた。
「お父様!しっかりして!」
「ちっ。人間ごときが小賢しい!!」
魔王が右手を振りかざし地面へと叩きつける。それはボク達を襲った黒い雲の魔王と同じ仕草で、叩きつけた右手から血が噴き出した。それは勇者アンクスが『破邪の千刃』で傷つけた個所と同じ場所。
アンクスの放った『破邪の千刃』は遠くにいる魔王にまで怪我を負わせていたんだ。
雲の魔王の手は霧散してしまっていたけれど、魔王の腕は怪我を負っただけで済んだのは幸いだったのかもしれない。千本の刃を持つ本当の『破邪の千刃』が当たっていたら、魔王の腕だって挽肉になっていてもおかしくないよね。
「くそ!!人間めえ!」
怒りに歪んだ顔の魔王は左手からも血を噴きだした。今度もアンクスが『破邪の千刃』を放ったのと同じ場所だ。となると、次は魔王の顔。
「ぐああぁぁぁぁぁああああ!」
「お父様!!」
黒い雲が消えて、魔王が肩で息を継ぐ。
良かった。息をしている。
魔王の腕から血が噴きだしていたから、顔に『破邪の千刃』を受けたら魔王が死んでしまうのかと思っていたけれど生きていたんだ。今頃はきっと魔王の森では黒い雨が降っているんだよね。
「大丈夫ですか?」
「ああ、勇者に怨念を払われたようだ。今度の勇者はおかしな物を作ったみたいだな。それを使って森に大きな道を作っていた。」
やっと落ち着いた魔王に白い姫様が駆け寄って心配する。魔王の顔にも血がにじんでいて、姫様は白い手を真っ赤に染めた。魔族の人たちも駆け寄ってきて手にした布で魔王の血を拭き取った。
おかしな物はたぶん『魔断の戦車』の事だと思う。
魔王が自分に起きた出来事を白い姫様と集まった人たちに伝えるのを聞いていると、疑問が頭をよぎった。
ボク達は魔王の記憶を辿っていくのだから、魔王が空から人間を見下ろして拳を振るう光景を見る事になると思っていたのだけど、景色は変わらず魔王の城の訓練場のままだった。もしかすると、ボク達を襲っていたのは魔王の姿を借りた魔獣達の怨念だったのかも知れない。
だから、魔王は助かった。
いや、本当は傷付かなくても良かったのに『強すぎる共感する力』が強くなりすぎて怪我を負ってしまったのかもしれない。もしかすると魔王は普段から誰かが怪我をするたびに痛みを共感していたのかな。それどころか、誰かが嫌な思いをするたびに共感してたりするのかな。
「とにかく、今は傷を塞ぐことに専念してよ。」
「そう言えば、そのおかしな物に、あの人間の占い師が乗っていた…。」
「ヒョーリが?どうして森にいたのかしら?」
「そう言えばそんな名だったな…。」
魔王はボクの名前を聞いて優しい瞳になって、気を失ったんだ。
それから魔王の看病をする白い姫様の姿や、壊れた城や塀を片付ける魔族の人たちの姿を見て、ボク達は記憶の本を閉じた。魔王は最後まで目を覚ます事は無かった。
「自分達は黒い雲みたいな大きな魔王に襲われたッス。勇者が攻撃したら魔王は消えて最後に黒い雨になったッス。今でも何が起きたか解らないッス。」
重苦しい沈黙の中、ヴァロアがトツトツと補足を始めた。記憶では一番知りたそうな魔王の安否を知る事ができたけど、それ以外の魔族の人たちが知りたがっていた事は判らなかったからね。
だけど、最初に見せた記憶が魔王の物で良かったと思う。下手にボク達が魔王に襲われた記憶を見せていたら、黒い雲の魔王が雨になって消えたようにしか見えないからね。魔王が死んだと思われた瞬間、ボクの胸を白い槍の穂が突き破っていたかも知れない。
「それで、黒い雨が降って黒いスライムが沸いて、木がたくさん生えたっス。何か知ってるッスか?」
「黒いスライムは魔力を多く含んだ黒い雨を吸収した個体だろう。想像だが、黒いスライムが森を耕したことによって土に魔力が溢れ落ちていた種の成長を促したんじゃないか。」
アルッタによるとスライムはゴミなんかを取り込んで魔力と森を豊かにする養分と水に分解する力があるそうだ。知らなかった。
人間の街では便利だというだけで使われていて、どういう風にゴミを消しているかなんて気にしてる人なんていなかった。いや、魔法使いウルセブ様や賢者様、偉い人達なんかは知っているのかもしれないけれど。
「へえ。スライムってそんな事ができるッスか。」
「ああ、この辺りの木は特に魔力の影響に敏感で成長が早くなるからな。黒い雨も成長を加速させるのに一役買っていたんだろう。」
常識を話すように平然とした顔で答えられると複雑な気分になる。そう言えば、アルッタたちの話では黒い雨の事には触れられていたけれど、森の木々が生えてきた事には触れて無かった気がする。彼らの所にも黒い雨が降ったって事は、彼らの居た所の木の成長も早まっていたんだよね。
黒い雨が降った理由は知ってなかったけれど、木が成長する理由は知っていたんだ。
「あ、じゃあ、最近、魔王の森が広がっているのって魔力がたくさんあるからなの?」
魔王の森が広がって人間の村や畑を呑み込んでいる。その話をアルッタにすると、彼は難しい顔をした後に教えてくれた。
「ああ、魔樹が倒されて貯め込んでいた魔力が放出されている。」
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次回:小さな『安心』




