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赤い波動

第11章:魔王だって助けたいんだ。

--『赤い波動』--


あらすじ:アグドがピンチ。

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白い腕輪に嵌る赤い魔晶石。赤いドラゴンのネマル様の魔晶石だ。前に試した時は何も起こらなかったから期待はできないけれど、非力なボクには他に方法がない。何匹もの4本腕の魔獣に囲まれたアグドを守る緑の膜のヒビが増えていいて、もう時間も無いんだ。


このままだとアグドが魔獣に殺されてしまう。


覚悟を決めて赤い魔晶石に祈るように魔力を送った。


「助けて、ネマル様!」


ボクの小さなつぶやきに応えた魔晶石は魔力を受け取ってきらりと光った。ボクとジルを囲む赤く透ける膜を作ると、轟!と音がして膜が弾け赤い光が波になって走る。


でも、それっきりだった。


魔王の黒い魔晶石に魔力を送った時のように、黒いもやもやが出てこなかったし、姫様の白い魔晶石のように小さな白い光がふよふよと寄り添い続けてもくれない。ソンドシタ様の緑の魔晶石なら今のアグドのように緑に透ける膜が守ってくれるし、ヤイヤさんの水色の魔晶石なら、遠くにいる彼女と話ができる。


だけど、ネマル様の赤い魔晶石が作った赤い膜は、すぐに弾けて消えてしまった。


いや、もっと悪い。


大きな音をさせてしまったんだ。


アグドを囲んで緑の膜を殴り続けていた魔獣の4本の腕が止まる。


ヴァロアを捕まえようと追いかけていた魔獣の足が止まる。


そして、全ての魔獣達が音の元になるボクの方へと体を向けた。


せっかくヴァロアが黒いモヤモヤで姿を隠してボクを連れて隠れさせてくれたのに、ボクは自分から魔獣に自分の位置を教えてしまったんだ。


一斉にボクを見たと言う事は、一斉にボクを襲って来るつもりかもしれない。目的通りにアグドを助ける事はできたのかも知れないけれど、自分が殺される事は望んでいない。


凍り付く時間の中でボクは無意識にジルを握りしめる。ジルに助けを呼びたいけれど、後悔から涙が滲み出る眼はぼやけてしまって、カチカチ鳴る奥歯は噛み合わない。真っ白になった頭は上手く言葉を紡げなくて、逃げたいのに足も震えて動かない。


(…なんだ、魔獣が震えている?いや、怯えているのか?)


どれくらい経ったのか判らない。ジルの声が聞こえるまで長かった気もするし、短かった気もする。気が付くと目の前に動く物は無くて、涙でぼやけた黒い塊は固まっていた。


いつまで経っても襲ってこない魔獣に疑問を抱いてゴシゴシと涙をぬぐうと、4本腕の魔獣が怯えた瞳で固まっていた。いや、魔獣だけじゃない。アグドとヴァロアまで固まっていたんだ。


(おい、ヒョーリ。もう一回やってみようぜ。助かるかもしれねえ!)


少なくとも魔獣達が固まってアグドを襲う手も止まった。だけど魔獣が傷付いたわけじゃなくて何かに怯えているだけなんだ。何が起こったのか判らないけれど、次に同じことをすれば、ただの赤い光が波立つだけの怯える必要もないコケ脅しの光だと気付くかもしれない。


ただの大きな音と光だと知られれば、魔獣達は再びボクを襲うかもしれない。


でも、他にできる事は無いんだ。


ヴァロアとアグドに悪い影響が出るかも知れないと迷いながらも、全力で赤い魔晶石に魔力を注ぐと、ボクを包む赤い膜は濃くなって再び赤い波動が暗い魔王の森へと奔った。


「ぎゃ!」

「ぎゃぎゃぎゃぎゃ!!」

「ぎゃあぁああ!!」


轟!っと大きな音が鳴り響いた後に、魔獣は大騒ぎして我先にと一目散に逃げて行った。あっけないほど簡単に魔獣達が逃げ出す様子を見てボクはへなへなと腰を落とした。


「…助かったッス。」


ガタガタと体を震えさせてぼろぼろと涙を流すヴァロアがよろよろとボクへと近寄ってくる。体に力を入れないと立っているのも儘ならないようで、自分の体を抱いて息も荒く内股に力を入れて辛そうだ。


「なにがあったの?」


起きた事は見ていたけれど、何が起こったのかさっぱりわからない。ボクにはただ赤い光が走っただけだったんだ。ツルガルからの帰りに試した時と変わりなくて、特別な事が起ったようには見えなかった。


「怖かったッス。殺されるかと思ったッス。すごい殺気だったッス。」


ヴァロアによると赤い波動を浴びた途端、ものすごい恐怖を感じたらしい。それは4本腕の魔獣の騒がしく挑発じみた威嚇ではなく、相手を全滅させるまで止まらないという意思を込めた冷たい殺気。彼女は赤い波動をそう言う風に感じたらしい。


(つまり、赤い魔晶石は相手を威嚇する光が出るって事だな。)


赤いドラゴンが威嚇したなら普通の人間は立っていられないと思うし、魔獣や弱い動物なんかは逃げるか気絶するかも知れない。ヴァロアを座らせて楽な姿勢を取らせた後に見たアグドは、体から出せる水をダラダラと吐き出して完全に気絶していたんだ。


(すごいね。これなら魔王の森も怖くないよね。)


殺気と言われてもピンとこないけれど、魔獣が逃げてくれるなら魔王の森も普通の森と変わらなくなる。


(もしかすると、山賊たちが投降したのも、この光が原因だったのかもな。)


旅の途中は時間が有ったから条件を変えて赤い魔晶石に何度か魔力を送り込んでいた。でも、赤い魔晶石に不思議な力がある事を知られたくなくて、人目に付かない場所でやっていたから、威嚇される対象がいなくてボク達には赤い魔晶石の効果が解らなかったんだ。


あの時、街道の近くに山賊たちが隠れていたのかもしれない。


赤いドラゴンの殺意に当てられた山賊たちは助けを求めて兵士さんに捕まりに行ったけど、赤い光は幻覚か何かと思われて王妃様への報告からは消されてしまっていた。そう考えると、たくさんの山賊が投降したという理由も解る気がした。


「…ふう。もうあの光は浴びたくないッス。」


浄化の魔法で身だしなみを整えたヴァロアだったけれど、目の周りと鼻の先が赤く腫れあがっていた。ボクが治癒の魔法をかけているとガサガサと茂みの奥からカプリオが顔を出した。


「アイツ等はだいぶ遠くまで逃げて行ったよぉ。ちゃっかり食べ物を持ってたケドね。」


カプリオは逃げて行った魔獣が戻って来ない事を確認してくれていた。たくさんの箱や樽を持って行ったみたいだけど、それでもボク達が魔王の森から出るくらいの食べ物は残っている。


「もう少し休もうか。」


カプリオも帰ってきたばかりだし、アグドも気絶したままだ。


立ったままでは可哀そうだから、浄化と治癒の魔法をかけて柔らかい草の腕に寝かせておいた。まだ悪夢を見ているかのように息が荒くて、時たま鼻水が垂れて来ることがあるけれど、赤いドラゴンの恐怖には治癒の魔法も効かないから手の施しようもない。


しばらくすれば目も覚めるよね。


まだ小さく震えているヴァロアのために、白い姫様に貰った白い鍋を取り出してお湯を沸かす。火を使わなくてもお湯を沸かせる魔道具の鍋は焚き木の見つからない再生された魔王の森でも使える。


ヴァロアはまだ唇が真っ青だから、温かいお湯に干したハーブの葉を入れればもっと落ち着けると思ってリュックをガサゴソと漁っていると、後ろから低い声がかけられた。


「手を挙げろ。」


4本腕の魔獣が逃げて行って、食べ物の心配も魔獣の心配も無くなって、魔王の森の中だというのにボクは気が抜けていた。


ボクの首筋に魔獣の骨を削った白い刃が当てられてたんだ。



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次回:首筋に押し当てられた『白い刃』



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