逃亡路
第11章:魔王だって助けたいんだ。
--『逃亡路』--
あらすじ:魔王があらわれた。
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それはその夜のうちに判明することになった。
魔道具の魔獣、カプリオが軽々と木に登って、ヴァロアがハンモックを落としてくれたおかげで、ひとまず安全を確保できるようになった。ボク達は高い木の上にハンモックを吊って、少しだけ確保できた干し肉に噛り付く。
さすがにこの高さにまで跳び上がってくる魔獣は居ないと思うし、空飛ぶ魔獣も新しく生えた深い葉に遮られて飛んでこないと思う。木に登れる魔獣が居たら解らないけどね。でも、夜通しジルとカプリオが見張ってくれるから、地面で寝るよりは安全だと思う。
ここに登るのに時間をかけすぎて、黒い雨は止んで代わりに日が落ちてしまった。
再生した魔王の森は星空も見えないほど葉が茂って、深い闇がボクらを包む。木の高い位置にハンモックを張ったからボク達は焚火で明かりを作る事もできないまま、これからのことを決めなくちゃならなかったんだ。
まずは、アンクス達に合流する。それが一番だと思う。苦手な人だけど、『破邪の千刃』を使える彼がいれば魔獣も怖くないし、その周りには兵士さんもいるし狩人さん達には『深き森の千里眼』で森の中を警戒してもらえる。
そう思って、ジルにもう一度『勇者の剣』のある場所を『失せ物問い』の妖精に聞いてもらった。
結果は、アンクス達は思った以上に遠く離れてしまっていた。
「そんなに離れているのかよ…。」
「茂みを払いながらだと思うように進めないッス。」
暗い闇の中からアグドとヴァロアの声だけが聞こえる。明かりが必要な時以外は日の魔法を使うのがもったいない。干し肉や固いパンは炙ったけどね。
真っ直ぐに最短距離を進んでもきっとアンクスに追い付けない。どうやって進んだか判らないけれど、深い茂みだらけになった魔王の森を進んで、今のアンクスのいる場所に辿り着くだけで1日はかかりそうだ。いや、魔獣を警戒しながらだともっとかかるかもしれない。
そして、1日かけて辿り着いたとしても、その時のアンクス達は更に遠くに行ってしまってるんじゃないかな。
ヴァロアとアグドといっしょに頭を悩ませているうちに長い時間が経っていたみたいだ。白い腕輪の水色の魔晶石から、いつもの声が聞こえてきた。
≪さあ、今日のソンドシタ様の本をよろしく!≫
深い絶望のような闇の中に明るいヤイヤさんの声がやけに大きく聞こえた。魔王の森に来てからも彼女は毎晩、黒い竜、ソンドシタ様の記憶の本を見るために声を掛けられていたんだ。兵士さん達から夜に女の人の声が聞こえると噂になって困ったけれどね。
「あの、ヤイヤさん。少し相談があるんですけど。」
≪あら、珍しい。何か問題でも?≫
毎晩、声をかけられて、ヤイヤさんとお話していたから、彼女もボク達が魔王の森に来ていることを彼女は知っている。世界の果ての図書館に独りいる彼女は寂しいらしく、毎晩長く話すんだ。ボクは水色の魔晶石に語りかけた。
「空に魔王が現れて、切り拓いた魔王の森が元に戻っちゃったんだ。」
≪なにそれ?≫
自分に起こった事もうまく説明できなかったから、ヤイヤさんにボクの記憶の本を探して見てもらった。説明するより簡単だけど自分の記憶を見られると思うとちょっと恥ずかしい。変な事してなかったよね。
『なるほどね。それで、どうやって戻ろうか相談していたのね。なら、その勇者がどうやって進んだのか見てみれば?』
ヤイヤさんがアンクスの記憶の本を見る事を勧めてくれた。確かに記憶の本を見ればアンクス達がどうやって進んだのか判るけれど、『破邪の千刃』で無理やり進んでいたりしても、ボク達には真似できそうにない。
(とりあえず見てみようぜ。アンクスの今日の記憶の本はどこにある?)
ジルが問いかけてくれると、青地に金糸の文字が入った本が手元に現れる。金糸で書かれた文字にはアンクスの名前と、今日の日付。青い表紙をめくると、今日の出来事が目の前に浮かんできた。
たくさんの魔獣を蹴散らして、魔王の腕を切り裂いて、黒い雨の中を逃げていく。ボクとは違った視点だったけれど、今日、起きた出来事を次々と流れていく。
「ちくしょう!安全な場所はねえのかよ!」
「バカ!前を見ろ!!」
「うわっ!」
突然木が生えてぶつかりそうになる兵士さんが誰かの手に引かれる。何とか避けることができたけど、次々と生えてくる木に翻弄されている。
「地面の黒い所には近づくな!」
「スライムなんて無視しろ!木が増える!」
「森だ!森の中へ入れ!!」
誰かの号令でみんなが木の生い茂る森の中へと入っていく。まだ木が生えていない場所を走った方が早く逃げられると思えたけれど、いつ、足元から木が生えてくるかわからない場所を走るより、森の中の方が安全らしい。
理由はすぐに解った。
黒いスライムの破片が飛んで行って地面に黒い染みを作った場所。黒い雨が降って雨が黒く浸み込んだ場所。つまり、地面が黒く染まるとそこから新しい芽が出て木に育っていくんだ。
アンクス達はそれを見つけると黒いスライムを倒す事を止めて、黒い雨が厚い葉に遮られる森の中へと入って行ったんだ。
切り拓いていない魔王の森は暗かったけど、新しく木が生えてくる事は無く安全に進めている。そして新しく再生されていく森と違って古い森にはもう一つ違いがあった。
新しい森は木々が乱立して深い茂みに覆われていたけれど、古くからある森には魔獣が生活するために通っていたらしい獣道があった。隣からめきめきと森が成長する音が聞こえる中、狩人さん達が魔獣に警戒しながら獣道を走り、力尽きるまで走り続けた。
「ぜいぜいぜい…。」
「もう走れねえぜ。」
「バカ!気を抜くな!」
しばらくして、息も絶え絶えになってくると、彼らもようやく安全な場所に出られたと感じたらしい。
森の中だと黒い雨の影響が少ないとはいえ、森の中にも雨は浸み込んでいたから、ずっと不安だったんだろう。みんな目の前の敵と戦う事は想定していたみたいだけど、いつ足元から木が生えてくるかわからない恐怖にずっと怯えていた。
「全員いるか?」
「占い師と取り巻きが居ねえ。」
「ちっ。どうする?戻るか?」
ボク達の事を思い出してくれた兵士さんに希望が募るけど、それもすぐに打ち砕かれた。
「アイツは前にも魔王の森で生き残ったんだ。今回もどうにかするんじゃねえか?」
「そ、そうだよな。勇者殿と肩を並べるようなヤツだものな。」
「ああ、オレ達だって逃げるのに精いっぱいなんだぜ。」
それからも、彼らは獣道を休むことなく歩き続けた。訓練された兵士さんだから走れているけれど、ボクなんかだと鎧を置いて逃げても追いつけなかったかもしれない。きっと足手まといになっていた。
幸いなことに魔獣は出ずに彼らは逃げ続ける事ができた。
やっぱり近くにいた魔獣は魔王の前に全部倒されていたのかな。いや、時間が経ったら新しい魔獣が近づいてくるかもしれない。警戒しないで進む訳にはいかないよね。
ボク達もアンクス達のように魔獣の作った獣道を使うことができるのか。アンクスみたいに魔獣を蹴散らす事ができるなら早く森を進む事ができるけれど、魔獣が作った獣道は当然魔獣に出会う可能性が高くなる。
「『帆船の水先守』が思うように使えないンで、あんなに早く走れないッス。」
「オレの『スペシャル★ミラクル★ウインド★ファイヤー!!』も森の中だと使い勝手が悪い。」
暗闇の中、ヴァロアとアグドにも意見を聞いてみたけれど、ヴァロアの『帆船の水先守』は森の中を見通す事ができなくて、魔獣の警戒が難しいらしいし、アグドの魔法も遠くに飛ばせる長所が十分に生かせずに戦いになったら活躍できないみたいだ。
ボク達がアンクス達に追い付くのは絶望的に思えたんだ。
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次回:魔王の森で『進む先』




