木登り
第11章:魔王だって助けたいんだ。
--『木登り』--
あらすじ:ヴァロアとカプリオがきてくれた。
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「ちっ。ちょっとふざけただけじゃねえか。木の葉に遮られて場所が判らないんじゃなかったのかよ?」
アグドは頬に治癒の魔法をかけながら抵抗するけれど、すでにペースはヴァロアの物になっている。いや、吟遊詩人の彼女は口も上手だからね。最初から彼女のペースかもしれない。
「勘ッス。」
「勘で人を刺すんじゃねえよ!間違えたらどうするんだよ」
一応、ヴァロアは聞こえたアグドの声から頭の位置を逆算して狙って頬の皮一枚を切るように剣を向けたみたいだ。いやすごいと思うけど、危ないよね。
「それくらいできないと怒られるッス。」
ヴァロアは誰にとは言わなかったけれど、剣聖だったというお爺さんを毛嫌いしていた事から、そのお爺さんの事じゃないかと思う。でも、これ以上、続けても話は平行で終わりそうもないので口を挟んだ。
「まあまあ、それで、アグドも逃げ遅れたの?」
「おいおい、オレが逃げ遅れるわけないじゃないか。」
「だったらどうして、ここに残っているの?」
ヴァロアとカプリオのそれぞれの理由は聞いたけれど、アグドが残る理由って無いよね。というか、彼が魔王の森に来る理由だって無かったんだよ。ニシジオリでいつの間にかアンクスとお芝居をすることになってしまって、そのまま気が付いたら魔王の森にいたんだ。
邪険にするつもりはないけれど、ツルガルの兵士になった彼はボクがニシジオリに着いた時点で帰る事もできたんだ。
「オレはオマエの護衛だぞ。助けに来てやったに決まっている。」
いや、護衛って言っても勝手について来ているだけだよね。ツルガルの軍隊から追い出されてボクの護衛をやらされているんだよね。ボクが記憶の図書館の本で見た話をする前にアグドは話題を変えた。
「そんな事より、これからどうするよ?」
しとしとと降っていた黒い雨も分厚い森の葉に遮られて雨の様相は薄れていたけれど、だからと言ってこのままここに居続ける理由もない。いや、ここに居続けたら食料も無くなるし、魔獣だって戻ってくるかもしれない。早く安全な場所に行かないといけない。
「アンクス達はどこまで行ったのかな?追い付ければいいんだけど。」
勇者アンクスの側が魔王の森では1番安全な気がする。以前も魔王の森を安全に通過する事ができたし、数十匹の魔獣に出会っても彼の『破邪の千刃』なら一蹴してくれると思う。
(勇者の剣はどこにある?)
すぐにジルが『失せ物問い』の妖精に問いかけてくれたけど、妖精は『勇者の剣が』がかなり遠くまで離れてしまったことを告げる。
ボクが木から降りるのにモタモタしている間に、勇者アンクスとの距離は遠く離れてしまったみたいだ。雷鳴の剣も同じ場所に在るみたいだから魔法使いウルセブ様もいっしょにいるんじゃないかな。
「追いつけるかな?」
今の魔王の森は木々が乱雑に生えていて茂みも深い。アンクス達が走って行った時の森の状態と、まるっきり変わってしまっていた。
「とりあえず、荷物だけでも拾えれば助かるッス。」
アンクス達に追い付けないなら、ニシジオリの王都に戻るにしても、魔王の城の方向へ進むにしても、魔王の森を抜けるのに、1日で済む距離じゃない。足元の悪さにも寄るけれど、数日、いや数十日は森の中を歩いて行かなければならないんだ。
寝る場所にも食べる物にも困ってしまう。
『魔断の戦車』を進める間にボク達が寝泊まりしていた幌馬車が残っていれば、多少の食べ物とハンモックを拾う事ができる。だけど、幌馬車は魔獣に襲われないように安全な場所に置いてきて
最前線にあった『魔断の戦車』より後方に置いたままだったんだ。
(オレ達の乗っていた幌馬車はどこにある?)
ジルが尋ねてくれるけど、『失せ物問い』の妖精はウンともスンとも答えない。
(ダメだよ。答えてくれない。どうしてかな?)
(『魔断の戦車』と同じように壊れちまったかな。)
ボクの降りてきた木の根元には『魔断の戦車』の残骸黒い円盤の破片が散らばっていた。魔王に襲われた時に壊れたんだけど、その後に戦車の下から生えてきた木に引き裂かれたみたいだ。深い茂みに隠されて、元の円盤を探すのに骨が折れるのは確実だ。探す気も無いけどね。
試しに『魔断の戦車』はどこにあるか尋ねてみると、ジルの予想通り壊れた『魔断の戦車』に『失せ物問い』の妖精は反応しなかった。これだけ粉々になってしまっていたら、『失せ物問い』の妖精もどこにあるかと答えるのが難しいよね。
たぶん、ボクたちの乗っていた幌馬車も同じように粉々になって散らばっているんだろう。どうせ幌馬車が残っていても道も無い森の中では牽いて進むこともできないけどね。
(ハンモックだけでも見つからないかな?)
ハンモックがあれば木の間に吊って地面よりは安全に寝る事ができる。
(ヒョーリのハンモックはどこにある?)
ボクのハンモックのある場所は、少し離れた場所に在った。いや、元からあった位置にあるけれど、夜までに辿り着けるのか不安な場所だ。
「前線まで斧とかスコップとかを運んでいた馬車が有ったはずッス。その中に予備のハンモックが有ったはずッス。」
『魔弾の白刃』でできた切りくずをどかして道を作るための道具を入れた馬車。その中に予備のハンモックがあったとヴァロアの言葉に、他にも休憩用の時に淹れるお茶や食料を積んだ馬車があったことを思いだした。
寝るときは安全な場所まで下がって休んでいたけれど、最前線に必要な物は運んでいたんだ。その中にケガや病気になった時に休めるように寝具なんかも積んでいたみたいだ。
「あの木の上にあるみたいだよ。」
だけど、『失せ物問い』の妖精が応えてくれたのは無情にも高い木の上だった。木の上、建物なら5階くらいの高さくらいかな。木登りが得意な人なら登れるかもしれないけれど、ボクみたいな素人には到底登れるとは思えない高さだ。
「難しいッスね。」
「無理だろ…。」
ヴァロアは木登りが得意みたいだけど、木々が密集して生えていて枝が重なりすぎて登る方向すら見通せない。
平坦な地面の続くツルガルでは低い木しか生えなくてアグドは木登りをしたことが無かった。
それに、荷物はあちこちに散らばっているみたいで、1本の木に登ればすべてを回収できるとも限らないし、木の上の方の細い枝の先に有れば人間の重さで折れてしまうかも知れない。
「まーかせて!」
カプリオがもこもこの胸を張る。魔道具の魔獣の彼は、魔王の城でも屋根の上を駆けまわっていたし、魔王の森でも木の間を飛んで走るセナの魔獣を追う事ができていた。木と木の間を飛んでハンモックのある場所まで行けるかもしれない。
カプリオはヴァロアを背中に乗せると、木の上へと駆け登って、ヴァロアの剣でハンモックのかかっている枝ごと切って落としたんだ。
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次回:アンクス達の『逃亡路』




