茂み
第11章:魔王だって助けたいんだ。
--『茂み』--
あらすじ:木に吊るされた。
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(行っちゃったね…。)
木の枝に足を取られて吊るされたまま、ボクは情けなくタメ息を吐いた。
魔王や魔獣の大群、スライムを退けてたアンクス達も兵士さん達も、魔王の森の復活には耐えられずにみんなが逃げ出してしまった。いや、足元から勢いよくたくさんの木が生えてきたら逃げるよね。今は踏む場所も無いくらい緑が茂っている。
普通の森なら成長する過程で食べられてしまう柔らかい新芽や、水や栄養が足りなくて枯れる若木も全部育っちゃったんじゃないかな。地面は緑に覆われて魔王の森は前より暗くなっている気がする。
絡み合った木々はお互いを吸収して融合して取り込んで、朽ちる事を待つ前に苔が生して侵食し、キノコやシダまで生えたんだ。何年も何十年もかかる森の成長を一瞬で見た気分だけど、その森は歪な感じもする。
(ああ、また、2人になっちまったな。)
ボクがトロくて逃げられなかったのに、右手に握るジルは木の枝で表情が解らないけれど、少し楽しんでいるように聞こえる。
前にも空飛ぶ魔獣に攫われて2人で魔王の森の知らない所に落ちた事があったよね。あの時は生きた心地がしないまま、近くにあったカプリオの村に逃げ込めたけど。
(生きて帰れるかな?)
ボクが帰れなくても逃げられなかった自分の責任だと思うけれど、いつもジルを巻き込んでしまって申し訳ない気持ちでいっぱいになる。ジルは歩けないからボクが力尽きたら、ずっと魔王の森に残ることになってしまうんだ。
賑やかな場所が好きなジルが1人で誰も来ない魔王の森に残されるかと思うといたたまれない。
(何とかなるだろ。とりあえず木から降りようぜ。)
カプリオの村へ行った時は、空飛ぶ魔獣に攫われて木の枝をクッションにして落ちたんだ。あの時よりは低い木にぶら下がっているけれど、できれば治癒の魔法の力に頼らずに木から降りたい。
今居る場所も落ちたら痛だけじゃ済まないような高さで体が震える。
邪魔な枝葉を『羽化の剣』を使って払う。立派な名前を付けてもらったのに、結局『薪割りの剣』の名前以上の使い方なんてできそうにない。いや、魔獣が出てきたら使わなきゃダメなんだよね。
腹筋の力だけで体を起こすことなんてできないから、ジルを枝に引っ掛けて腕の力も使って逆さまになっていた体を起こすと、二股に別れた枝に足首を挟まれていた。成長が遅い木なら避ける事も出来たのに、一瞬で大木に育ってしまったから足首を吊ることになってしまったんだ。
(手が痺れてきた。ここで合ってるよね?)
(もうちょっと左だ。)
ボクはジルに助けられながら、足に絡まった枝を外して、木を降り始めた。しばらく経っても誰も助けに来てくれそうになかったからね。木にしがみついてプルプルと震える腕で見えない枝を探してつま先を伸ばす。
ジルが足の先を見てくれているけれど必死にしがみついているボクからは先の様子が見えないんだ。
ずるり。
「うわあっ!」
(大丈夫か!?)
震える腕に限界がきてボクはたまらず手を滑らせてしまった。そのままドサドサといくつもの枝を落ちていく。
(いてててて。)
たくさんの枝に引っかかって勢いが殺されて太い枝にお腹を打って何とか木の上に留まった。地面に叩きつけられる事は無かったけど、あちこちが痛くて急いで治癒の魔法をかける。
淘汰されずに生えている枝を伝って何とか地面から一番近い枝へと足を着いた時、茂みがガサゴソと揺れたから、ボクは枝の上で身を固くして緊張した。地面まで降りるのに足を挫きそうな高さがあるけれど、大きな魔獣なら一足で飛び掛かれそうだ。
(静かに…。)
ジルの声が緊張して低くなった。
(…魔獣かな?)
(声は聞こえないから判断はつかねえが、人間が残っているとも思えなねえ。)
魔獣の唸り声でもジルの『小さな内緒話』なら聞き耳を立てて判別する事ができるけど、さすがに息をひそめたままの状態だと、人間か魔獣か判別が付かない。でも、逆さ吊になった状態で見ていた景色にはボクのように木に吊られてしまった間抜けな人なんていなかったんだよね。
(あれだけの大群だったからな。この辺りの魔獣は居ないと思いたいんだが。)
(でも、魔獣だってみんな全部いっしょにいるとは限らないよね。)
あちこちからかき集めたような何十匹もの大きな魔獣の群に『魔断の白刃』を放ったから、この辺りに魔獣はもういないと思いたい。
ガサゴソと動く茂みを固唾を飲んで見張っていると、見慣れた青いトンガリ帽子が現れた。
「あ、いたいた。やっと見つけたっス。大丈夫だったッスか?」
「ヴァロア!大丈夫だよ。キミも無事でよかった。」
「へへっ、楽勝ッス。兄さんを見つける方が難しかったッス。」
「ボクを探してくれてたの?」
「助けを呼んでたじゃないッスか。」
青い帽子から覗く鳶色の瞳の吟遊詩人にホッとするけど、彼女が逃げそびれたんじゃないかと不安になった。ボクみたいに木に吊るされたならともかく、地面にいたなら逃げられるよね。
ヴァロアは男の格好をしていても女の子だ。兵士さん達と、いやアンクスといっしょに居れば魔王の森から帰る事もできるけど、ボクなんかといっしょにいても帰る事さえままならないかもしれない。
食べ物だってないんだよ。
「逃げてくれても良かったのに…。」
最前線だった『魔断の戦車』よりも少し離れた所にキャンプ地を作っていたから、兵士さん達といっしょに逃げる事ができていれば、食事に困る事は無いと思う。魔王の森がキャンプ地まで侵食してなかったらだけど。
「兄さんといっしょに旅がしたいと言ったのは自分ッス。ここで自分だけ逃げるなんてできないッスよ。」
彼女はボクが吊り上げられたのを見ていなかったらしく、助けを呼ぶ声を頼りに森の中を探してくれていたらしい。森の中では彼女の『帆船の水先守』も反響が大きくて役に立たないから、かなり苦労をしてくれたみたいだ。
茂みは更にがさがさと動いて続いてカプリオがゴリゴリと口を動かしてのっぺりとした顔を出した。
「それに、毎日櫛で梳いてあげるって約束も守らなきゃならないッス。」
「やっほ~、ヒョーリ。そんなトコにいると危ないよぉ。」
「カプリオも…。」
「ボクはその『愚者の剣』を見守るように言われているからね。こんな森の奥で無くされたら困るんだよぉ。」
カプリオは無くなった賢者のお孫さんに言われて『羽化の剣』と呼ばれるようになった『愚者の剣』を見守るように言われているんだっけ。
緊張が抜けてホッとした所で、反対側の茂みががさがさと動いた。ヴァロアと再会できたことで気が緩んでいたみたいだ。木の下にいる彼女と会話するために少し大きな声を出してしまったことを後悔した。
「誰かいるッスか?」
ヴァロアが警戒して剣を抜く。彼女の『帆船の水先守』は音を聞いて色々な物を知ることができる『ギフト』だけど、たくさんの木々が立ち並ぶ葉の茂った深い森の中ではあまり役に立たないらしい。若く萌える緑の葉の向こう側に何が居るか解らないんだ。
ヴァロアの問いかけに茂みの向こうの生き物は答える代わりに、更に茂みを大きく揺らして吠えたんだ。
「がお、がお~!」
魔獣か動物が威嚇する声を真似しているみたいだけど、こんな間の抜けた声で吠える生き物をボクは知らない。人間が鳴き声を真似しているんだよね。
「人間じゃないなら刺すッスよ。」
緊張を解いたヴァロアが口元を緩ませて茂みに剣聖の剣を突き出した。その切っ先は迷うことなく声の主を捉える。いや、警告といっしょに刺すのは反則じゃないかな。
「うわ!!待て待て待て!!本気で刺すなって!オレだって!!オレだよ!悪かったよ!!少し驚かせようとしただけなんだ!」
ヴァロアが突いた先の茂みが割れて、頬に赤い血の筋を作ったアグドが怯えた顔を出したんだ。
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次回:絶望的な『木登り』




