双葉
第11章:魔王だって助けたいんだ。
--『双葉』--
あらすじ:スライムに襲われた。
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勇者アンクスの『破邪の千刃』で、みじん切りになったスライムの欠片が地面に吸収されて黒い染みを作った。黒いスライムなんて聞いたことも無かったけれど、魔王だった黒い雲が降らせる黒い雨に当たったからかな。
「勇者様について行けば安心だよな。」
「ああ、魔王も魔獣も、不思議なスライムだって『破邪の千刃』で一撃だものな。」
「とはいえ、こんな場所に長居したい訳でも無いだろ。さっさと帰ろうぜ。」
魔王だって大きな黒いスライムだって、アンクスは勇者の力と『破邪の千刃』で退けた。噂よりも大きかった魔王の姿と、壮絶な戦いを兵士さん達は目撃して、アンクスに全幅の信頼を寄せるようになっていた。
勇者様に付いて行けば怖いものなんてないんだ。
その跡に音を立てて芽吹いた双葉は萌える緑でかわいらしかったけど、ガサガサという足音がぐしゃりと小さな緑の双葉を踏み潰した。
「あっちの応援に行ってくる。」
駆け去っていく足音の主は向こう側に新しく現れた黒いスライムを倒そうと走り出したアグドだった。あちこちで新しいスライムが地面から湧いて出てきているみたいだ。兵士さん達が混乱する声が木霊する。うぞうぞと動く黒いスライムは最初の一匹だけじゃなかったんだ。
「また黒いスライムが湧いたぞ!」
「早く勇者殿を呼んでくれ!」
「こっちにも勇者様を!」
アンクスの名前があちこちで呼ばれるけれど、黒いスライムが現れる範囲が広すぎてすぐに手に負えなくなった。魔法使いウルセブ様の『雷鳴の剣』で活躍は目立たないけれど、小さなスライムを追いやっている姿が見える。
そして、ヴァロアといっしょに小箱を集めていたアグドも、向こうでも黒いスライムが現れたと騒ぎの中で、自分の出番だと『スペシャル★ミラクル★ウインド★ファイヤー!!』の2つの魔法陣を描いていた。
実際、松明も薪も湿気っているので、普通の火の魔法よりも勢いのあるアグドの魔法は役に立つと思うけど、彼の活躍は短かった。すぐに兵士さん達もスライムの対応の仕方を身に付けたんだ。黒いスライムは初めて見るけれど、弱点は街で見るスライムと変わりがなかったんだ。
剣で刺しても死なないスライムだけど、体のどこかに中心になる核がある。大きなスライムだと核まで剣が届かないけれど、小さなスライムなら街のスライムと同じように兵士さんでも潰す事ができるみたいだ。
黒いスライムの核は見えないけれど何度も刺して、次々と地面に黒い染みを作っていった。
「とりあえず手数を増やせ!」
「こっちにも増援を頼む!」
「きりがないぞ!」
地面にどんどん黒い染みが増えていく。
「準備ができた馬車から先に撤退だ!」
「急げ!急げ!!」
「ちくしょう!『魔断の戦車』があれば一蹴できるのに。」
兵士さん達が王都への撤退を始める中、ヴァロアがボクの下へと駆けよってきた。黒いスライムで中断していたけれど、壊れた『魔断の戦車』に備えられていた72個の小箱を拾い集めていたんだよね。
「兄さん。自分達も逃げるッス。」
「うん。だけど、もう少しくらい小箱を拾えるんじゃないかな。」
幸いにも『魔断の戦車』の残骸には黒いスライムは現れていない。残りの小箱を集める時間くらいはありそうだ。戦いには役に立たないボクの出来る事をしなければと、腰をかがめて小箱を拾おうとすると、スライムの破片が飛び散ってできた黒い染みがここにもあった。
そしてまた、黒い染みから緑の芽が膨らんで、青々とした双葉をぱかりと開いた。
いくら木の成長の早い魔王の森だからと言って、こんなに早く新芽が双葉に変わるのかな。いや、この速さは魔王の森では普通なのかな。人間が毎日木を切っても広がり続けるような森だと、何もない地面に一瞬で双葉が芽吹くなんて普通なのかもしれない。
「ねえ、魔王の森って木の成長が早いんだよね?」
(ああ、だがこんなに早いなんて聞いたことないぞ。)
右手に持ったジルの声が震えている。
ぽん!ぽん!ぽん!
黒い雨が降る中、双葉は音を立てて増えると、黒い染みを緑の葉で覆っていった。
「わああぁぁぁぁあああああ!」
瞬く間に木が生えた。
双葉が次々と大木へと育っていくんだ。
地面に落ちた黒いスライムの欠片。その欠片が作った黒い染みが魔王の森だった禿げた地面に広がっていって、黒い染みにはたくさんの双葉が芽吹いて、次々に苗木へ若木へ成木へとにょきにょきと成長していく。
黒く染まった大地に無数の小さな芽が吹いていって、かつて森だった場所を取り戻すかのように木が生えて、太い幹へと成長していく。いや、『魔断の白刃』で禿げてしまった魔王の森が治っているんだ。
大木は壊れた『魔断の戦車』を突き破って、馬の付いた馬車を取り込んで、人を巻き込んで木が生えていく。兵士さん達は逃げるしかない。剣を振りまわしても弾かれてしまうし、叩きつけた斧は急激な木の成長にあわせてすぐに手の届かない高さへと連れていかれた。
「逃げろ!逃げろ!!!」
「あの馬車は諦めろ!」
「走れ!走るんだ!!」
黒い雨と黒いスライムで黒くなった地面が魔王の森へと戻っていく。少なくとも見えている範囲の地面に木が生えて森が再生しているんだ。
せっかく『魔断の戦車』で切り拓いた魔王の森が戻っているんだ。
「うわっ!地面が。」
「こっちは行き止まりだ。」
「勇者様!助けてください!」
ついには双葉が芽吹く暇もなく、太い大木のまま黒い地面から生えてくる。柔らかそうな樹皮が地面を押し割って、大地が隆起してくる。黒い雨と、黒いスライムの欠片が、魔王の森を回復させているんだ。
「『破邪の千刃』!!」
アンクスの『破邪の千刃』の白い刃が見えたけれど、一瞬の間だけ魔王の森が拓かれたように見えただけで、すぐに深い緑の葉に覆われて、景色なんて見えなくなってしまうんだ。
もう『魔断の戦車』は無い。
頼みの綱だった『破邪の千刃』も今の魔王の森には焼け石に水だった。
ボクも逃げようとしたけれど、足元で育った双葉に足を取られてしまった。ボクの足を捕まえたまま双葉はぐんぐんと成長して大木になる。ボクは木に吊るされたんだ。
「ちょっと、助けて!!置いて行かないでよ!」
木に吊られた情けない恰好で一生懸命助けを呼ぶけれど、隣にいたヴァロアの姿は勢いよく増えていく緑の葉に遮られて見えなくなっているし、護衛のはずだったアグドの声だって聞こえなくなっていた。
兵士さん達は足元から次々と生えてくる木を避けるだけで精いっぱいだ。地面はグニャグニャになっていて、後ろを振り返っている暇なんて無い。そして、頼りになるはずのアンクスやウルセブ様は黒いスライムを追っていなくなっていた。
それどころか小箱を積んでいた馬車も消えている。
のんびり小箱を拾っている場合じゃなかったんだ。
「お~~~~い!!」
視界が樹海に閉ざされて、情けないボクの声が元に戻っていく魔王の森に響いた。ボクは大樹へと育った木に逆さまに吊られたまま、逃げていく兵士さん達を見ているしか無かったんだ。
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次回:ガサガサと動く『茂み』




