黒い雨
第11章:魔王だって助けたいんだ。
--『黒い雨』--
あらすじ:魔王があらわれた。
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魔王が死んでザァと降り注いだ雨は、すぐにしとしとと鳴りを潜めた。黒い雨で霞んで森まで見えないくて、辺りは『魔断の白刃』で切り拓いて禿げた魔王の森が広がるばかり。木くずが飛んだ地面の黒い雨が浸みこんだ土がうっすらと黒くなったように見える。
「ちっ。なんだよ、この雨は。」
魔王が消えてみんなが浮かれたのも束の間で、黒い雨は勇者アンクスの体もびしょびしょに濡らしていた。立派な鎧も輝きを失ったように見える。もちろんボクや他の兵士さんもびしょびしょだけで同じような気分だ。
「こういう時こそ、カラッと晴れて欲しいぜ。」
戦士ウルセブ様の言うように、命の危機を乗り越えたのに、ずぶ濡れになったボクたちの気分は重くなっていた。せめて普通の透明な雨なら嫌な気にならなくて済んだかもしれない。黒くまとわりつく雨に、まだ魔王が生きているんじゃないかと思ってしまうんだ。
「ふん。魔王の最後の悪あがきですよ。」
「だと良いのじゃが…。」
僧侶モンドラ様の言葉に魔法使いの帽子の鍔を持ち上げたウルセブ様が、ビンに黒い雨を集めるように指示してから応える。
魔王は前に会った時と同じ顔だった。
あんなに表情は激しく変わらなかったけど。
魔族の顔の見分けはつきにくいけれど、立派な鬣と左右の3本ずつの角、大きな口には鋭い牙が生えていて間違える事は無い。新しい魔王だとは思えなかった。
ボクは魔王が生きていた事を知っていたけれど、アンクス達は知らなかったと思うんだ。だって、王都で芝居をした時に『新しい魔王』と言っていたんだもの。魔王が生きていたように見えたのか、復活したように見えたのか、彼らには黒い雲の魔王はどう映っていたんだろう。
前にアンクスが魔王を倒したと思い込んだ通り、今回も魔王オンツァザケスの『強すぎる共感する力』で幻を見せていただけかもしれない。そう考えれば、とつぜん現れた事も、雲のように大きくなった事も理解できる。
でも、なんで今だったんだろう?
『魔断の白刃』で魔王の森を切り拓きだした時に現れれば魔王の森をこんなに禿げさせなくても良かっただろうし、もう少し早ければたくさんの魔獣といっしょに戦うことができたと思う。
「これからどうする?」
「いちど退却するしかないだろ。」
『失せ物問い』の妖精に訊ねたら、王都よりも魔王の城の方が近いみたいだ。けど、『魔断の戦車』が壊されてしまったから、みんなで魔王の森を進む手段がない。
それに王都との連絡をしてくれる連絡係の兵士さんによれば、魔王の森は広がらなくなってきているみたいだけど、切り拓いてきた道には新しい木が生えて始めているらしい。
道に木が生えて閉じてしまったら帰れなくなる。
この場所に材料を運んで新しい『魔断の戦車』を作る事もできるけれど、道が無くなってしまったら王都との連絡も途絶えてしまうし、魔王の城に攻め込むための兵士さん達も通れなくなってしまう。
何より、みんな疲れているよね。
連日の魔王の森の緊張の中、魔王が現れて死にそうになったんだから。
「よし帰るぞ!みんな準備をしろ!」
ライダル様が最終的な号令をかけた。勇者になったから王宮に雇われたアンクスと違って、もともと王宮に雇われていて、勇者を補佐するためにアンクスといっしょに行動するようになったライダル様は兵士さんをまとめる役を買って出てくれている。
「ふう。これで一息つけるのか。」
「は、はは。生きて帰れるって素晴らしいな。」
「オレは帰るぞ、ハルミ~!」
気が緩んだ兵士さん達が軽口をたたきながら帰る支度を始めた。武器を拾って身なりを整え、魔王に怯えて散り散りになった馬を集めて、倒れた馬車を修理しなくちゃならない。軽口で疲れた顔を誤魔化しているんだろうけど、それでも黒い雨の中での作業が楽になった気がする。
帰りは『魔断の白刃』を使う必要もないから、早く帰る事ができると思うことが少しだけ嬉しい。
「ヒョーリは小箱を集めてくれんか?」
ウルセブ様に『魔断の戦車』に取り付けられていた72個の魔石を入れる小箱を集めて欲しいと頼まれた。小箱も魔道具の部品らしく作るのに時間がかかるらしい。
ヴァロアとアグドにも手伝ってもらって小箱を拾って馬車に積み込んでいく。小箱には黒い円盤の破片がくっついていて重たくて、小箱と言っても72個もあるから1人では運べない。
その間に、ウルセブ様は他にも使える物を探して、ボクの作った魔王の森の地図を引き剥がし、他の兵士さん達は勇者の剣を挿す白い台座を運ぶように指示をした。
「この地図は使えそうじゃな。あ、もっと丁寧に!壊れるじゃろ!」
「すみません!手が滑りました!」
白い台座を4人がかりで馬車に積み込んでいた兵士さんのひとりが一息ついていた時、何かを発見したらしい。
「ふぅ、もっと軽くならないのかよ。って、あれはなんだ?」
小箱を集める手を止めて兵士さんの声に振り向くと、吹き飛ばされた木くずが気に引っかかった山に黒い塊が染み出していた。地面も木くずも黒い雨に濡らされて黒くなっていたけれど、黒く艶のある丸いソレはうごうごと蠢いているように見えた。
「真っ黒だが…、スライムか?」
廃物処理をさせるためゴミ箱に入れられるスライムは街のあちこちで見かける事ができるほどなじみが深い。気を付けて取り扱えば便利な生き物だ。
「木くずをゴミと思って食べに来たのか?いや、それにしても黒いスライムなんて見たことが無い。」
「魔王の森の木をしこたま食べて黒くなったのか?それともこの黒い雨を浴びたからか?まあ、スライムを使えばもっと楽に『魔断の戦車』を通す道を作れたかもな。」
「あの小さな体でそんなに食えるわけないだろ。オレ達が作った木くずがどれだけあると思っているんだ?」
街で見かけるスライムはバケツに数匹すくえるくらいの大きさだ。でも、木くずの山から黒く染み出てきたスライムは黒い雨を吸っているかのようにぐんぐんと大きくなっていく。
「敵襲!敵襲!!スライムだ!大きなスライムだ!!」
「は、スライムなんて敵じゃないだろ?って、でけえ!!」
黒いスライムは見る見る間に大きくなって、魔王の森の木よりも大きくなっていた。
「火だ!火を用意しろ!燃やすんだ!」
「ダメだ!雨で木が全部シケってる!」
形の変わり続けるスライムは剣で刺しても効果がほとんど無いけれど、火を近づければ怯えて逃げていく。
だけど、いつもなら有効な火の魔法は大きなスライムには小さすぎるし、風に濡れないように馬車に入れていた松明も焚き木も魔王に襲われた時に吹き飛ばされて、黒い雨に濡れてしまっていた。
黒いスライムはぼにょんぼにょんと弾むと、そばの兵士さんへと近付いていく。あれだけ大きいと、ゴミと人間の区別がつかないのかもしれない。
「ひっ!ひっ!近づくな!!」
転んで逃げ遅れた兵士さんに大きな黒いスライムが近づく。あのままスライムが進んだら、兵士さんが取り込まれたゴミと同じように消えてなくなってしまう。
「『破邪の千刃』!」
アンクスが勇者の剣をふと振りすると、黒く大きなスライムは千の刃にみじん切りにされてぽたぽたと地面に落ちて行った。スライムの欠片が地面に落ちて黒い染みを作った
「助かったぜ。勇者様。」
「さすが勇者様!」
「ふう。見掛け倒しかよ。」
兵士さん達が次々と称賛を送る中、足元のスライムが浸みた黒い点を見下ろすと、小さな木の新芽が膨らんで双葉がぱかりと開いたんだ。
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次回:成長する『双葉』




