着替え
第2章 書類整理だけをしていたかったんだ。
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あらすじ:メイドはスパイらしい。
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王宮で生活するようになってから10日が経った。
裏路地でご飯の心配をしながら暮らしていた頃に比べれば、王宮は天国のように暮らしやすい。毎日、洗濯物を出して着替えなきゃならない事だけが面倒だ。
「おはよう。」
目覚めてすぐに、窓際に立てかけられているジルに挨拶をする。
(おはよう。今朝のニュースは、ついにセーダイとチョッカが逢引きを始めたぞ。)
寝る必要がなくて夜中にヒマなジルは『小さな内緒話』で聞いた昨晩に起こった事件を、毎朝報告してくれる。王宮には夜中に騒いでいる酒場も近くに無いので事件は減るかと思っていたのだけど、毎日いろんな事件が起こっているみたいだ。
他人の醜聞なんて聞かない方が良いと言ったことも有るのだけど、ボクのための人間関係を知るのに必要な事だと言い返された。だけど、嬉しそうに報告してくれているのでヒマな夜中を楽しんでいるようにしか見えない。
(そう、チョッカは洗濯をしてくれている娘だよね?)
魔法で出した水に頭を突っ込んで眠気を覚ましてから寝間着を脱ぎつつジルに尋ねるけど、まったく話には興味が湧かない。それよりも服を脱ぐという行為が恥ずかしいし面倒くさくて気になってしまう。今までは1枚の服をずっと着ていたから着替えるなんて面倒な事しなくてよかった。
ジルに着替えを見られたくないから、興味がセーダイさんとチョッカにある内にさっさと着替えてしまいたい。
(そうだぜ、あの泡ふき娘がアタックしているんだよ。)
チョッカの『華やぐ泡沫』は手から香りの良い泡を出す『ギフト』で、手のひらから良い香りのシャボンを出して、息を吹きかけると泡が空へと飛んでいく。彼女の作った泡で洗濯をすると、毎日違うとても良い匂いがしてくるんだ。
だからジルは『泡ふき娘』と名付けたのだろうけど、毎日洗濯をしてくれる人なんだから、もうちょっとマシなあだ名をつけてあげて欲しい。
チョッカは洗濯物を出さなかったボクに注意しに来て、服が傷むから寝間着を着るように教えてくれた。それから毎晩、寝る時に面倒な寝間着に着替えなければならない。ついでにジルもチョッカの手によって、綺麗な布でぐるぐる巻きにされている。汚い棒を持ち歩くには王宮は不向きな場所だよね。
ジルがチョッカの逢引きの様子を事細かに、言葉から想像できる悪意のある妄想を語ってくれる間に、支給されている制服に着替えた。制服を洗濯をしなければならないので予備の制服と寝間着とジルに巻いてある布とを買わされて、それだけでボクの持っていたお金が無くなったけどね。
服なんて浄化の魔法で綺麗にすれば問題ないと思うんだけど、王宮って面倒くさい。せっかく冒険者ギルドでマッテーナさん良いように使われて稼いだお金が無くなるほど高いんだし、1着有れば十分じゃないか。
ソンオリーニ子爵からの依頼が成功とみなされるハズもなく、実入りの良かったはずの貴族様からの依頼だって言うのに、報酬どころか懸賞金を懸けられてしまっている。あの報酬さえあれば、もう少し貯金が出来ていたのに。
(それで、なんて言ったと思う?)
(なんだろうね?)
着替えに気を取られて話を半分も聞いていなかったので、ぜんぜん解らない。生返事をしながら寝具に浄化の魔法をかけて、昨日着ていた制服と寝間着をシーツでまとめて抱えあげる。
(「もっとキミの瞳を見ていたい。」だぜ!絶対この後ブチュっといったぜ。な、そう思うだろ?)
(そうかもね、それじゃ行こうか。)
(連れないなぁ~。相棒。)
どうせ声しか聞こえていないのだからジルの妄想がかなり入っているハズだ。セーダイさんもチョッカもそんな事をするような人には見えない。
シーツの包みごと所定のバスケットに放り込むと食堂に向かう。この食堂では『完璧な鉄鍋』を持つヌクイさんが料理を作っている。
彼女の『完璧な鉄鍋』は野菜の皮を完璧に取り除いてくれるので、大勢の人が集まる使用人の食堂ではとても便利そうだ。それも王様やこのお城で食事をする貴族様たちの分の皮むきを終えてから、ここの食堂で使う分も終わらせるんだからすごいよね。
食堂で出てくる料理もお貴族様に出すための料理の練習として作られているので上品な味付けだ。街とは違う薄い味が物足りないけど、お代わりをしてもお金を取られないので、何も考えずにお腹いっぱい食べられる。
占いのお客さんを探さないで、お腹いっぱい食べられるって幸せだよね。
食事を終えて食器に浄化の魔法をかけて返すと、いよいよ図書館に行く事になる。
王宮の中を通らなければならないので1番緊張する時間だ。使用人の通路を使って王宮を進むけど、図書館に入るには貴族の通路を使わなければいけない。ソンオリィーニ子爵と会うかもしれないし、他にも面倒なお貴族様が居るかもしれない。
「おはようございます。今日もよろしくお願いします。」
図書館を護る衛兵の人にも顔を覚えてもらえた。10日も毎日通っていれば当然かも知れないけど、最初の頃は恐々と挨拶をしていたのがウソのように挨拶ができるようになったんだ。
「おはよう。最近、文官の出入りが多くなっているのだが、何か有ったのか?」
「すみません。ボクのせいです。たぶん良いように使われているんです。」
ホンコト様に与えられた探し物のリストは1日で終わって、その評判を聞いた他のアンケートを返していなかった部署からも資料を探す依頼が来ているのだ。
それに、ボクに聞けばすぐに資料を見つけられるという事が知られてしまって、資料を探す時間が無かった場面でも、資料を探がして確認できるようになってしまった。だから文官様の出入りが多くなったのだろう。
ついでに言えば、部屋に入らなくても場所を特定できるので、機密の多い文官様の部屋の資料や物探しにも気にせず使えるのだ。何か失くした物が有れば図書館に来れば見つけられる事が文官様の間で有名になってしまったのだ。
まぁ、とっくにリストは探し終わっているし資料整理と言っても膨大な数があるだけで、冒険者ギルドのように散らかって大整理しなきゃならない事も無いので、探しやすいから時間もある。それに、おエラい貴族様が丁寧にお願いしてくるんだから気分も良い。
お給金も良いし、これほど良い仕事場は無いよね。
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次回:ずる休みの『侍女』




