黒い雲
第11章:魔王だって助けたいんだ。
--『黒い雲』--
あらすじ:魔王があらわれた。
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「え、いやいやいや、本当に魔王?」
あんなに青かった空が黒い雲に覆われて、魔王の顔になるなんて。その顔は歪んでいて雲とは思えないくらいグニャグニャと表情が変わる。苦しそうな顔だったり、辛そうな顔だったり、悲しそうな顔だったり。
そして、最後には大きな目は真っ赤に染まり、赤くぬめぬめと光る口元から赤いヨダレを垂らしたんだ。
「あれが魔王だって?」
「勇者殿も占い師殿も認めたんだ…間違いないのだろう。」
「マジかよ、オレ達はあんなのと戦おうとしていたのか?」
ボクは本物を見たことがあるけれど、兵士さん達は魔王を吟遊詩人の歌物語でしか知らないんだ。ボクの知っている魔王だって3階もある建物よりも大きかったけれど、空を埋め尽くすような大きさじゃなかった。
兵士さんは黒い雲に戸惑って武器を降ろした。どんなに長い槍を持っても強弓を用意しても空に映る魔王には届きそうもない。もしも届いたとしても、あんなに大きな存在からすれば矢の一刺しも針の一刺しも同で、かすり傷にもならないよね。
ボク達は大きな口を開けて空を見上げるしか無かったんだ。
「呆けるな!オレ達はアイツを倒しに来たんだぞ!!」
呆然となった空気を打ち消すようにアンクスが一喝すると、絶望していた兵士さんの目に光が戻った。
「そうだ!これはチャンスだ!!」
戦士ライダル様がアンクスの後に続く。
空に映る魔王は大きくて、『魔断の白刃』の絶好の的だから外しようがない。それに、魔王の城に攻め込んで、たくさんの魔族の相手をしながら魔王と戦う事を考えたなら、魔王が単独で自分たちの前に現れた今はチャンスかもしれない。
「魔石をかき集めるんじゃ!急げ!!ライダルは何としても『魔断の戦車』を魔王に向けるんじゃ!」
魔法使いウルセブ様が行動を指示した。
今は数十匹の魔獣の襲撃で『魔断の白刃』を放ったばかりだから、『魔断の戦車』の小さな箱に入っていた魔石は消耗している。
新しい魔石を積んでいる馬車は離れているけど、魔石は馬車だけに積んでいるわけじゃない。兵士さん達が持つ魔道具の中にも魔石が入っているはずだ。魔道具の中の魔石は小さな欠片だけど、すべてかき集めれば72個の箱に入れるのに十分な量が集まるかもしれない。
兵士さんたちはすぐに動いた。
魔石を集める人。集めた魔石を小さな箱に入れる人。そして、僧侶モンドラ様は魔道具の魔獣、アラスカを引いて足りない場合に備えて魔石を積んだ馬車を取りに行った。
そして、ライダル様が『魔断の馬車』を持ち上げている間に、前輪を支えるための土の魔法を使う人。1人の土の魔法では低い台しか作れなかったけれど、交代でどんどんと高い台へと変えて、後輪の車止めで支えられた『魔断の戦車』はぐんぐんと空を向いていく。
誰一人として逃げることなく、自分の出来る事を探して自分の役割をこなしていたけれど、そんな兵士さん達の努力を魔王は待ってくれなかった。
ぐおぉぉおおおおおおおおお!
泣きそうな顔は怒りに変わり魔王は叫ぶ。
雲が黒い腕に変わり振り上げられて、ボクは死を覚悟した。
丸太を10本も集めた以上に太い腕は毛むくじゃらの腕は鋭い爪を持っていて『魔断の戦車』を狙って振り下ろされる。『魔断の戦車』には兵士さん達が集まっていた。魔石を72個の小箱に入れる人、その人たちを守るために警戒する人、そして、戦車を空に向ける人。
振り下ろされただけで、たくさんの人が死ぬ。解っていても誰もが自分を守ることさえできなくて、体を縮める事しかできなかったけれど、その中で一つだけ叫び声が上がった。
「『破邪の一閃』!!!」
アンクスが叫ぶと千の刃が集まって白い大きな刃に変わる。魔王を倒したあの技だ。小さな刃を無数に出す『破邪の千刃』を集めてひとつにまとめた刃。その威力は凄くて、あの時は魔王を真っ二つに両断し、今は襲ってきた黒い腕を二つに分けた。
太い腕が崩れて落ちてくる。
「急げ!急いで魔石を満たすのじゃ!!」
指示を出しながらもウルセブ様は雷鳴の剣を抜いて雷を放つと、崩れ落ちてくる割れた腕のひとつが霧散していく。
「ちくしょう!追加の『破邪の千刃』だ!!」
アンクスが『破邪の千刃』を放つと、もうひとつの割れた腕が霧になった。
自分で自分を守らなくても、勇者様や魔法使い様が自分たちを守ってくれる。兵士さん達は魔王を振り返らすに自分の仕事に集中していた。
うおおおおぉぉぉおおおお!
魔王が悲鳴を上げると割れた口元から赤いヨダレが飛び散った。痛そうに空をのたうち回る魔王。その間に兵士さん達の準備は着々と進んでいた。
魔石を入れる72個の小さな箱の最後の蓋が閉じられて、土の台で『魔断の戦車』が魔王に向けられると、小さな窓から赤くなった魔王の目が見えた。
傾いた『魔断の戦車』の上に掴まりながら、アンクスは勇者の剣を白い台座に突き刺した。
「『魔断の白刃』!!!!」
白い奔流が黒い雲に向かっていく。『破邪の一閃』ですら魔王の腕を切り落とせたんだ。たくさんの魔石を使った『魔断の戦車』を使った『魔断の白刃』なら魔王を倒す事だって難しくないよね。
光が収まった時、ボクは絶望した。
魔王はまだそこにいたんだ。
残った腕はボロボロになって、顔も傷だらけになっていたけれど、魔王は赤い泡を吹く赤い口を不敵に歪ませた。
「くっ。魔石不足じゃったか?」
「まだだ!次の準備を!!」
「ヤツにはもう腕が無い!次でとどめだ!」
ウルセブ様もライダル様もアンクスも、そして兵士さん達もボクと違って諦めていなかった。兵士さん達が持っていた魔石はすでに使い切ってしまったけれど、モンドラ様とアラスカが運んできた馬車には魔石がたくさん詰まっている。
兵士さん達が数人がかりで72個の小箱を満たす間、魔王の攻撃をアンクス達が牽制する。幸いにして、追加の魔獣が現れる事は無かったけれど、森を見張る狩人たちだって必死だった。
だって、ここでは気を抜いたら死んじゃうもの。
ボクみたいに『魔断の戦車』の誘導席で腰を抜かしている人なんていなかった。
「兄さん。大丈夫っすか?」
「怪我は…無いよ。」
腰を抜かして動けないとは言えなくて、ボクはヴァロアに強がりを言った。ボクは兵士さんを助ける事もできなくて、自分の身を守ることもできなくて、それなのに魔王を助けようと思っていた、身の程知らずだ。なのに、ヴァロアとアグドはボクを気にかけてくれていた。
「ここは危険っス。もう少し後ろに下がるッス。」
すぐに強がりを言ったことを後悔したけどね。
ドサリ。
ヴァロアの細い腕に引っ張られて、『魔断の戦車』から這い出るとボクは背中から地面へと落ちてしまった。『魔断の戦車』を運ぶために切りくずをどかした地面は硬くて、とても木の生えていた地面には思えない。
ここは魔王の森なんだ。
改めて実感するボクに黒い空の魔王が吠えた。
ぐおおおぉぉおおおおおお!
赤い大きな口を更に大きく広げて叫ぶ魔王の片方の腕はすでに無くて、もう片方の腕もアンクス達の攻撃に晒されてボロボロだ。
だけど、まだ戦える、まだギラギラと光る白い牙があると主張するように開かれた大口は、赤いヨダレを泡にしながら撒き散らして『魔断の戦車』へと向けられた。
「ウルセブ急げ!」
「あとちょっとじゃ!」
「退避!退避!!」
「逃げろ!!!」
「押すな!!」
「森へ!!」
「兄さん!!」
目の前に大きく開いた真っ赤な口が広がる。
白い牙がアンクスをかみ砕こうとぬめぬめと光る。
ヴァロアが手を伸ばしてくれたけど、ボクは腰が抜けて動けない。
アグドがボクを庇ってくれているけれど、血生臭い死の匂いが鼻を突いた。
「終わったのじゃ!」
「『魔断の白刃!!』」
魔王の白い牙がアンクスに突き刺さろうとした時、アンクスは勇者の剣を逆手に持って白い台座に突き刺すと力の限り叫んだ。黒い雲から白い刃が無数に現れては消えて、ボクは地面をゴロゴロと地面を転がった。
黒い雲は霧になって黒い雨になっていく。
「や、やったか?」
白い台座に突き刺した勇者の剣を手放してアンクスはへなへなと崩れ落ちた。さすがの彼でも魔王の口の中は怖かったらしい。赤いヨダレと血にまみれた彼の両手が魔王の森の禿げた地面に落ちた。
そこに『魔断の戦車』の姿は無かった。
黒い雨がボク達を濡らす。
魔王の牙は黒い2枚の円盤を砕いて、『魔断の戦車』は壊されてしまったんだ。
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次回:しとしとと降る『黒い雨』




