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魔断の戦車

第11章:魔王だって助けたいんだ。

--『魔断の戦車』--


あらすじ:こっそり魔王の城に行こう。

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呼びに来たヴァロアの背中を追ってボクは『魔断の戦車』に向かう。


『魔断の戦車』は日に3~4回くらい使われる。『魔断の白刃』で粉になった木がふわふわで、車輪が沈んでしまうから。


『魔断の白刃』を同じ場所で使っても、木くずが少し小さくなるだけで吹き飛ばす事はできない。みじん切りにした野菜の上で包丁を振るってももっと小さくなるだけなのと同じかな。


これは魔法使いウルセブ様にとっては誤算だったらしく、今は木くずを吹き飛ばす方法を探している。『雷鳴の剣』と並んで有名な『疾風の剣』を使えば吹き飛ばせるかもしれないけれど、その剣は他の国に有って借りられるように交渉しているらしい。


『雷鳴の剣』では木くずに火がついてしまって火事になるだけだからね。木くずの代わりに灰が積もるだけなんだ。


それと並行してウルセブ様とアグドが何かを作っているから、そのうちもっと楽に木くずをどかせるようになるかもしれない。


魔王の城に行くと決めているボクとしては、兵士さん達が楽になって欲しい気持ちもあるけれど、魔王の城で使える時間が減るのは困る。


「遅いぞ!」


ボクが『魔断の戦車』の誘導席に近づくと、アンクスはすでに白い台座の前に立っていた。いや、彼は道の整備にも魔獣の警戒にも携わってないからね。ずっと『魔断の戦車』の上にいるか、アラスカの牽いていた青い馬車の中で寝ているんだ。


それでも許されるのは、『魔断の白刃』を放てるのが彼だけだからだよね。1回にどれだけの魔力を使うのか解らないけれど、魔王の森を安全に進めるようにするために彼にはゆっくりと休んでもらいたいと思う。


まあ、遅いと言われると気分が悪いけれど。


ボクが遅れれば他の兵士さん達の作業も送れてしまう。


「ごめんなさい。すぐに!」


とはいっても、今のボクがする事はほとんど無い。『魔断の白刃』を放った後に全ての指示は終わっている。木くずの上に棒を刺して次に『魔断の戦車』を置く位置を指示しているんだ。兵士さん達は木の棒を目指して道を引いてくれている。


他に進む道なんて無いんだ。



それでもボクが誘導席に座るのは、計算するよりも早くて確実だから。魔王の森の風景は木ばかりで、太陽くらいしか変わるものは無い。こうして切り進んでいる今も魔王の森は広がっているから、少しでも早く魔王の城に行かなくちゃならない。ウルセブ様の誤算もあって、みんな焦っている。


慣れた手順は作業になって、『魔断の戦車』は森の端へと進ませる。いつものように『失せ物問い』を使って進む方向を確認して、『魔断の戦車』の後ろに車輪止めを固定してもらう。最初はライダル様がしてくれたけど、今では兵士さんが木槌を持っている。


瓶を使って水平を確認する作業も兵士さんの役割になって、それをまとめるのはウルセブ様からボクへと変わったけれど、手順が決まっている作業だから困る事は無い。


あとは前蓋を外すだけという時にひとりの狩人さんが叫んだ。


「まずい!魔獣だ!!」


「どこだ!?」


「『魔断の戦車』の前方!森の中に10…いやなんだよ、この数は!!?ひいぃいい!!」


戦慄が走る。


今までは魔獣が出てきても1匹や2匹の少ない数だった。それが20匹も居たらここにいる兵士たちでは苦戦を強いられる。いや、砦や防壁があれば追い払うことができるかもしれないけど、ここでは倒れた丸太も壁にする板も無い。それに、木くずは柔らかくて足元が悪い。


犠牲が出る。


そして、狩人の人は20匹を超えていると悲鳴を上げていた。『魔断の戦車』の小さな窓に2つの小さな光が並んで見える。ギラギラと狂った魔獣の目とボクの目が合った気がする。『魔断の戦車』を魔王の森に近づけ過ぎたんだ。


「おいおいおい!何匹いるんだよ!」

「みんな固まれ!『魔断の戦車』を守るんだ!」

「森に入れ!木を盾に戦うんだ!」


混乱する兵士たちに、アンクスは『魔断の戦車』の上からは叫んだんだ。


「前にいるなら都合がいい。蹴散らすぞ!!」


その意味を知って、魔法使いウルセブ様が指示を出す。


「前蓋開け!すぐにじゃ!!他の者は『魔断の戦車』の後方に待機!」


ウルセブ様の指示で兵士が逃げる中、戦士ライダル様が戦斧を振って前蓋が乱暴に開く。小さな窓の奥に数えきれないほどの魔獣の姿が見えた。


「に、2メモリずれたよ!」


「次で修正すれば良いんじゃ!」


角度が2メモリもズレたら『魔断の戦車』の行き先は、間に大きな庭付きの屋敷が入るくらいは変わってしまう。魔獣の脅威から目を逸らしたくて、目に入ったメモリの付いた円盤に仕事を思い出して、混乱しながら方向も伝えずに報告はしたけれど、今はそれどころじゃなかった。


魔獣の牙は目の前に迫っている。


今にも『魔断の戦車』に爪がかかりそうだ。


修正している暇は無い。


「『魔断の白刃』!!」


アンクスが叫んだ。


次の瞬間にはやっと見慣れた白い光が小さな窓から溢れていて、ゴオォオオとかドオォンとか大きな音が鳴った。噴煙が収まった時、魔王の森を切り裂いて薄茶色の木くずの道ができていた。魔獣なんて居なかったかのような静かな道だ。


「ふう。間に合ったな。」


アンクスが気を抜くと、兵士さん達からも緊張が嘘のように消えて行った。見渡す限り何もない。魔獣の脅威は去ったんだ。わああぁぁぁぁと歓声が上がった。


「生きてるぞ!ふふふ。生きてるぞ!!」

「やったぜ!へへ。さすが『魔断の白刃』だ!」

「勇者様ばんざい!」


兵士さん達の歓声に応えてアンクスは勇者の剣をふった。後ろでは前蓋を開いた後に戦車の上に避難したライダル様と、兵士たちを誘導していたウルセブ様が頭を突き合わせていた。


「魔王も我々に感づいたということか?だから魔獣を集めて襲わせた?」


「さあな。じゃが、これからは更に注意をせんと…。」


そこまでウルセブ様が口にした時、目の前にできたばかりの木くずの道から黒い筋が浮かび上がってきた。1本2本と出てきた筋は増えて100本、いやそれ以上に増えて行った。


「あれはなんだ?」


「魔力の塊の様じゃが…。」


黒い筋は集まって1つの黒い塊になった。そして、ボクたちの目の前に恨みがましそうに少しだけ留まると、新しくできた薄茶色の道を逃げていく。


「ふん。驚かせやがって。」


「なんじゃったのかのう。」


ホッとしたのも束の間、黒い塊の逃げて行った青い空に黒い染みができて、澱んでいった。


白い雲がどんどん濁って黒い雲が覆い尽くす。


白いシーツにこぼしたインクが広がるように、じわじわと空は黒い雲に浸食されて行った。黒い雲に裂け目ができて、赤く割れた。


それは黒い雲が怒っているようにも見える。泣いているようにも見える。嗤っているように見える。


いや、口だけじゃない。


赤い裂け目の上に見下ろすようなふたつの光る目がボク達を睨んだんだ。


その形はどんどんはっきりとして、見覚えのある顔になっていく。


「魔王…。」


白い台座の前に呆然と立ったアンクスの口から忌々しそうに名前が漏れる。


ボクの目にもそれは魔王に見えた。魔王の城で見た大きな顔と同じだけど、悲しみと憎しみで怒り狂った顔。それはアンクスが『破邪の一閃』で両断した魔王の顔。


空一面に広がった黒い雲が魔王の顔になっていたんだ。



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次回:魔王の顔を映す『黒い雲』


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