石の柱
第10章:魔王の森が広がっていたんだ。
--石の柱--
あらすじ:勇者コワイ。
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魔王の森から少しだけ離れた、さやさやと風の吹く緑の草原を切り取った一角。年齢は40を過ぎたくらいの人かな、白髪の混じり始めたオジサンが膝をついて両手を白い地面につけて祈っていた。オジサンの額に光る汗は暑さのせいだけじゃない。
地面に直接触れた方が早く終わるという事では草を剥いで整えた場所だ。最初は水気を帯びて黒かった土も、長い時間、オジサンが祈っている間に太陽に晒されて白くなってしまった。
「そろそろだ。みんな離れていろ。」
その合図でボクは手に持っていた紙から目を離し、ヴァロアといっしょに数歩下がる。下がらなくても安全な位置にいたけれど、行動で表す事でオジサンも安心するんだよね。
ボク達の注目が集まったのを横目で確認したオジサンが頷くと、「はあっ!」という掛け声を上げる。ドンという轟音といっしょにオジサンの前に四角い石の柱が生えた。ボクより背の高い石の柱が巻き上げた白い土煙の中にはパラパラと小石が混ざっていて、オジサンの注意はそのためだ。
石の柱は、記憶の図書館でヤイヤさんが使っていた氷の柱より小さいけれど、オジサンの『ギフト』、『月の塔の礎』で創られた石の柱はこの先ずっとここに在り続ける。魔王の森の木の根に倒される事がないんだ。
礎は建物の基礎や土台になる石の事で、『月の塔の礎』で創られたものは月まで届く塔を支えられるくらい頑丈だと伝えられている。月の塔は言い過ぎだと思うけど、王宮や図書館、砦の礎にも使われているそうだ。
もっとも、王宮も図書館も古くて、オジサンのお爺さんのもっとお爺さんが作った物だと自慢していたけれど。
でも、今建てられた石の柱は建物を上に建てるために作った物じゃないんだ。建物を建てるためならもっと低く平たくて、柱を乗せやすい形にするからね。
この石の柱は地図を作る目印にするんだ。
「こんなモンでどうだ?」
「お疲れ様。何度見ても凄いね。」
石の柱の良し悪しは判らないけれど、4つある面は狂いなく東西南北に面していて、角は怪我をしないように面が取られている。これを一瞬で建てられる『ギフト』ってすごいよね。
「へっ。お世辞でも嬉しいぜ。」
「お世辞じゃないよ。あの、また肩を貸してもらっても良いかな?」
「おう。どんとこいだ。」
バンバンと背中を叩くオジサンの肩を貸してもらって石の柱に登る。最初は苦労したけれど、3回目だから慣れてきた。地図を正確に作るためには、石の柱から離れない方が良い。
ボクを柱に乗せ終わったオジサンは、柔らかい草の上に寝転んで魔法の水を頭からかぶる。すごく疲れたんだろうね。でも、少し休憩したら石の柱に名前を彫る仕事をしてくれるはず。
ボクは石の柱の上に座ると、さっきまで見ていた紙を取り出して木の板に乗せた。紙には魔王の森に飲み込まれた村や砦の名前が並んだリストになっている。
ボクの仕事はこれからだ。
(赤い星の礎石までの距離は?青い星の礎石までの距離は?)
ジルの質問に答えた『失せ物問い』の妖精の囁きと、紙に書かれた数字が一致したのでボクは胸をなでおろす。2つは昨日までにオジサンが作った石の柱だ。
(うん。大丈夫みたいだね。次をお願い。)
(おう、イマデ村の村長の家までの距離は?)
ボクは『失せ物問い』の妖精が囁く数字と、イマデ村の名前の隣に書かれた数字と一致しているのを確認してチェックを入れた。今まで2回、違う場所で繰り返したから同じ作業なんだよね。そして、3か所目のここではオジサンが作業している間に計算した数字を確認するだけで済む。
なんでも2つの場所から礎石までの距離が判れば正確な地図ができるそうだ。地図を作るだけなら距離さえ判れば十分だと思うのだけど、1か所からだけだと角度が細かく決まらないらしい。
この地図は『秘密兵器』を使う時に用いられる。
『破邪の千刃増幅くん』を使う時、王都へ避難している人たちの村を壊さないように、調整するために用いるんだそうだ。王宮にも地図はあるけれど、村までの距離を正確に把握できるほどの物は無い。今までは必要にならなかったんだ。
そして今、オジサンが建てた石の柱は魔王の森の中に入った後に活躍する。森の中で2つの石の柱の距離が判れば、どれだけ森が深くて周りが見えなくても自分の位置が判るのだそうだ。だから、オジサンに柱に名前を彫って『失せ物問い』の妖精に訊ねやすいようにしてくれる。
いくつか計算間違いがあってヒヤリとしたけれど、リストの数字は間違ってなかった。最後にジルが魔王の城の位置を尋ねて紙に書かれたリストは終わる。
昨日の夜に作った地図が間違いなく使える。
魔王の城も地図にのる。
ドキドキする。
魔王の森から出てきた魔獣をアグドが魔法で追い払う。『破邪の千刃』の音が遠くから聞こえ、静かになればオジサンがノミを振るう音。
もう少し時間がかかりそうだ。
ボクは深い緑の魔王の森と青い空の境界に黒い魔王の城を探す。いや、見えないのは解っているけれど。
一昨日の夜。ボクはヤイヤさんに頼んで2冊の記憶の本を見せてもらった。
白い姫様と魔王のその日の記憶の本。
白い姫様は忙しそうにしていて、魔王はボクと会った暗い部屋であの時と同じように首だけで誰かと会っていた。よくわからない話ばかりだったけれど、ひとつだけ重要な事が判った。
カプリオの言ってた通り、2人は生きている。
新しい魔王なんていないんだ。
ボクはアンクスに脅されて、また魔王の城に行くことになった。
でも、本当に魔王を倒さないとだめなのかな?せっかく生きていてくれたのに。
できれば誰にも争って欲しくない。
良い方法はないかな?
ぼんやりと魔王の森を眺めていると、コンコンと石を削っていたノミの音が不意に消えた。
「よし、これで終わりだ。」
「お疲れ様。帰る準備をするよ。」
オジサンの額には玉の汗が光る。ボクは遠くにいるヴァロアとアグド呼んで柱から飛び降りた。帰る支度が整うまでオジサンには休んでもらおう。今日でオジサンとの仕事も終わりになるから、小さな打ち上げ会をするために早く帰りたいんだ。
「なあ、これが終わったらウチの仕事を手伝わねえか?」
方角を大切にする建物はたくさんある。普通の家でも日当たりを気にする人は大勢いるし、王様が作る建物や、神様を祀る建物ではとても重要になるらしい。
普段は星や太陽から北を見つけるオジサンに、ボクは『失せ物問い』で北を探して教えてあげた。ソンドシタ様に教えてもらったように記憶の図書館は必ず北にあるからね。ボクだったら簡単に北が判る。
それに建物の基礎の位置を地面に描く時にも役に立つのだそうだ。今までは紐を使っていたことが『失せ物問い』に訊ねるだけでできるようになるからね。大きな建物を作る時は特に役に立つのだそうだ。
「考えておくよ。」
生きて帰れるかも判らないから、ボクは答えをはぐらかした。
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次回:魔王の森と『破邪の千刃増幅くん』




