葛藤
第10章:魔王の森が広がっていたんだ。
--葛藤--
あらすじ:秘密兵器は魔王の城へ行くためのものだった。
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ザザザザと血の気が引く音がする。大きな魔王が両断された光景が、白い姫様がぐずぐずと崩れていく光景が、あの日の記憶が蘇る。そして、大勢の人が集まる中でアンクスが恭しく掲げる赤い大きな魔晶石。
「魔王の城に行くんですか?」
いや、魔王の城に行く以外に道を尋ねる理由がないよね。
「他に何があるんじゃ?魔王の森が広がる原因を止めねば、いくら『破邪の千刃増幅くん』で木を切り倒しても意味がない。」
このままでは、死ぬまで魔獣に怯えながら木を切る作業しかできなくて、気ままに魔法や魔道具の研究をしていた頃に戻ることができない。気ままに好きな魔法を研究するために、アンクスを手伝っているウルセブ様は早く自分の研究室に帰りたいという。
ボクだってこんな危険な場所に長く居たくない。
だけど、どれだけ木こりの人たちががんばっても、『破邪の千刃』で森を切り拓いてもすぐに森は回復してしまう。彼らががんばって切り拓ける範囲よりも森の縁が広い。
すでに森が広くなりすぎて、いくら見張っていても魔獣の被害を止められない。狩人の『深き森の千里眼』がいくら優秀でも、狩人の数が少なくてすべて場所を見張る事ができない。ここには『破邪の千刃増幅くん』があるから駐在しているけれど。
街に帰れる希望さえない。
だから、逃げ出して山賊なんかになる人もでてきてしまう。
「でも、魔王は倒したんでしょ?」
勇者アンクスは魔王を倒したボクの目の前で。
ボクの右手は知らない間に左手の腕輪の白と黒の魔晶石を隠していた。
カプリオはまだ魔王と白い姫様が生きていると言っていた。だけど、それを知ったのは、アンクスを殴ってツルガルに行くことになった旅の途中でだ。
ボクはその事を報告していないし、今までも魔王が生きているという噂話も聞いていない。
「新しい魔王が生まれているのかもしれん。」
新しい魔王が生まれないように、白い姫様にも手を掛けたけれど、他にも魔王の子供がいる可能性もあったんだ。人間の子供だって1人とは限らないからね。
でも、あの時はたった4人で魔王の城に乗り込んでいて探す時間なんて無かった。
暗く鬱蒼と茂る魔王の森には道がないから、食料や資材を運ぶ馬車を連れて行く事ができない。その上、強い魔獣も出てくるからたくさんの兵士を魔王の城まで行かせる事ができなかったんだ。
だからアンクス達はたった4人で魔王の城へと行ったんだ。
だけど、『破邪の千刃増幅くん』で魔王の森を切り拓けば、馬車も通せてたくさんの兵士を送る事も出来るようになる。
新しい魔王も生まれないように、魔族を根絶やしにする。
たくさんの兵士がいれば、それが可能かもしれない。
魔族の人たちは見た目は怖かったけれど、白い姫様やアンベワリィやセナとか、優しい人も多かった。でも、王都の街には路地裏には魔獣の被害を受けて逃げてきた人が溢れている。足や腕の無い人だっていたし、ずっと被害が増え続けている。
葛藤する。
本当に教えて良いのかな?
魔族がいなくなれば魔王の森は止まるのかな。
魔王と魔王の森は無関係だと白い姫様は言っていた。
魔王と魔王の森が関係ないなら、魔王を倒す意味なんて無いよね。
(おかしいと思わないか?)
ボクの葛藤を聞いていたジルが、疑問を投げかけてくる。
ボク達が魔王の城から戻ってきた時、魔王の森の端にあった苔の生していた石の砦が森に飲み込まれていた。
だけど、ボク達が最後に見た魔王の城はどうだったのか。
魔王の森を抜けてすぐに見えた黒い城。あの城も周りにある街も森のすぐそばにあったのに、森に飲み込まれていなかった。
魔王の森は人間の住む方にだけ広がっていて魔王の城の方へは広がっていないんだ。
「おう、予定は決まったのか?」
終わらない葛藤をしているボクの隣に、アンクスが立っていた。
「次へ行ったんじゃなかったのか?」
ウルセブ様はアンクスの質問に答えずに疑問を投げかけた。
「丸太の片づけが面倒だから逃げただけだ。」
アンクスが顎を向けた方では『破邪の千刃』で千切れた丸太が何百と散乱していて、木こりの人たちが馬を使って手際よく片付け始めていた。アンクスはその後始末が嫌で逃げたらしい。
もっとも、『破邪の千刃』を使えるのはアンクスだけなので、丸太の片づけを手伝うよりも、なるべくたくさんの場所で剣を振るってもらった方が助かるみたいだけど。
「ふん。その苦労もこの『破邪の千刃増幅くん』が完成するまでじゃ。」
「そのふざけた名前をどうにか出来ないのか?」
「かっこいいじゃろう?解りやすいし。」
「で、いつぐらいに魔王の城へと進む事ができるようになるんだ?」
「『破邪の千刃増幅くん』はもうすぐ完成する。あとはコイツの協力しだいじゃ。」
魔王の森を進むにしても少しでも方向を間違えれば想像する以上に手間がかかる。その上、今度はたくさんの兵士を引き連れて魔王の城へと進もうとしている。魔王の森で道を間違えたら、その分、時間もかかるしお金もかかる。
それに、魔王の森に飲み込まれた村や苔生す砦を壊さないように進もうとしているらしい。村や砦には使える物があるかもしれないし、道を作るためには邪魔になる。
「まだ聞き出せていないのか?」
「ああ、今聞いている所だ。」
ウルセブ様の答えを聞いて、アンクスはボクを睨みつけた。その冷たい眼差しがボクを刺す。
「さっさと吐けよ。今度はオレが憂さを晴らす木の机なんて無いんだからな。」
初めて会った時に、アンクスに壊された机。あの時は机の脚を折って気が済んだからボクの体には危害を加えなくて済んだ。だけど、今はその机も椅子も無い。
そして、ボクが『失せ物問い』で魔王の城を探すには、腕の1本や2本無くなっていい。いや、生きてさえいればいいから手足なんて無くなっても良い。
頬を冷たい汗が流れる。
喉がカラカラと乾く。
「オマエの不意打ちのせいで、あんな三文芝居をさせられたんだからよ。きっちり働いてもらうぜ。」
ボクが舞台の上でアンクスを殴ったあと、アンクスは不意打ちとは言えただの占い師の拳も避けられなかったことを嗤われたらしい。その時から『勇者』の力は弱まり始めていて、弱まった『破邪の千刃』だったから余計に魔王の森を切り拓く範囲が狭くなったと考えているみたいだ。
アンクスはボクを脅すと、ウルセブ様が作った魔道具の魔獣、アラスカに乗って走り去っていった。ボクの足はカタカタと震えて、アラスカの足音が聞こえなくなっても脂汗が止まらなかった。
黒い円盤の上で震えるボクにウルセブ様は何も言わない。『破邪の千刃増幅くん』の上をあちこち動き回って完成を急いでいる音だけが聞こえる。
遠くでまた爆音が聞こえる。
何度も『破邪の千刃』が作る土煙が魔王の森に上がっていた。
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次回:白い地面の『石の柱』




