秘密兵器
第10章:魔王の森が広がっていたんだ。
--秘密兵器--
あらすじ:街でアンクスと小芝居をしてきた。
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カラカラとカプリオの牽く幌馬車は広い草原の間を爽快に走る。
両隣には2羽のビスが空荷のまま負けじと付いてくるのが目の端に映った。
緑萌える草原に続く一本道。ツルガルに生える『アズマシイ様の軌跡』とは逆に、一面に広がる背の低い草を切り分けて伸びる街道に感動した昔の自分を思い出す。
本当は、ツルガルから帰ってきたばかりだからニシジオリの街でのんびりとしたかったけれど、アンクスと小さな芝居をしたあの日から自由に街に出る事ができなくなってしまった。
一度だけマッテーナさんと話がしたくて冒険者ギルドに行こうと王宮を抜け出したんだけど、街の人に囲まれてしまったんだ。すぐに近くの兵士さんが間に入ってくれたからボクは逃げる事ができたけど、あのまま詰め寄られていたら騒ぎが大きくなって収拾がつかなくなってしまう所だった。
王宮での待遇はとても良くて、ボクの傍にいつも誰かが付いてくれて細々とした雑用をしてくれていた。街に出られない以外の不便は無くて、むしろ貴族かとも思えるくらいだった。
だからこそ、どうしてもボクは『秘密兵器』の事を知りたかった。
メイドさんたちにチヤホヤされてアグドなんかは羨ましがっていたけれど、何か大きな嘘を吐かれているようで、落ち着かなかったんだ。
だって、できるかも判らない事を期待されているんだよ。
王宮の事に詳しいジルに聞いても「すまない。オレも詳しくは教えてもらえなかった。」と噂話すら聞けなかった。
試しに、青い魔晶石を使って記憶の図書館のヤイヤさんに記憶の本を借りようとして見たけれど、秘密になっているのか、プロテクトがかかっていてボクには見る事もできなかった。
それから2日を勇者アンクスと王都のあちこちに出向いて小芝居をして、最後の1日は旅の支度を整えるように言われたんだ。大して多くも無い荷物を整えたらすぐにボク達はすぐに魔王の森へと出発することになった。
アンクスは魔法使いウルセブが作った魔道具の魔獣、アラスカに青い箱馬車を牽かせて、ボクはいつも通りカプリオの牽く幌馬車に乗って。ただ、いつもとは違って2人で大通りを並走して剣を掲げていた。
「2人とも頑張ってくれよ!」
「魔獣なんて吹き飛ばしてね!」
「オレ達の村を取り戻してくれ!」
小芝居のおかげか大通りには沢山の人が集まってボク達を歓声で送り出してくれた。
いっしょに幌馬車に乗るジルやヴァロアも噂を振りまくことを頑張ってくれていたし、アグドもボクの護衛としてずっと一緒にいてくれた。大通りに集まった街の人たちの熱気は、アンクスが魔王を倒して戻ってきた時よりも大きく期待に溢れていた。
王都が見えなくなると、アンクスは馬車を外して単騎アラスカを走らせて行ってしまった。
魔王の森の広がりが早くてあまり余裕が無いらしい。アンクスの『破邪の千刃』を使えば多くの木を一度に切ることができるから少しでも早く帰る必要があったんだ。置いて枯れた馬車には何も乗っていなくて、後で王宮の人が取りに来るらしい。
ボク達の馬車には王妃様に頼まれた品がいくつかと、ヴァロアとアグドが乗っている。二人といっしょにボク達は『羽化の剣』と呼ぶようになった剣の由来を村で広めながら魔王の森へと進んだ。
少しでもアンクスの力の足しになるように。
そして今、ボクの前にも魔王の森が見えてきた。
鬱蒼と茂る魔王の森は思った以上に近くなっていて、最初に森へと近付いた時よりもずっとずっと早く着いてしまった。あの時、魔獣の襲撃を受けた石の砦はすでに森に呑まれて見る事もできない。
近付くにつれてコンコンと木を切る音が聞こえてくる。あちこちに切り株が残る中、端に生えた若木を切り倒し、山になって積まれていた。
「すげえ。魔王の森ってこんなにでけぇのかよ。」
口をぽかんと開けたままアグドが幌馬車から身を乗り出す。高木の育ちにくいツルガルで育った彼には普通の木でさえ珍しいらしく、大きな森に圧倒されていた。だけど、ボクの目は森よりもその中央に作られている奇妙な物に引かれていた。
たくさんの車輪が付いた頑丈な台の上に、家が4軒ほど乗りそうな大きな黒い円盤が上下に2枚。人が入れそうなくらいの間隔を開けて重ねられている。
2枚の円盤はいくつかの柱で支えられていて、その上には見覚えのある人の影が乗っていた。
「やっと来たか。」
久しぶりの再会にも関わらず、愛想の欠片も見せないその人物は、魔法と料理にしか興味を示さない変わった魔法使い、ウルセブ様だった。
「お久しぶりです。これは何ですか?」
黒い円盤の端でウルセブ様を見上げて尋ねる。
「判らないか?そうだろう。これは魔法の神髄を極めた者にしか理解できぬ代物。おおよそ凡人には理解できるはずもない。」
ウルセブ様は楽しそうにクククと笑うと胸を張って手を広げた。
「これぞ『秘密兵器』、『破邪の千刃増幅くん』じゃ!」
ボクが『秘密兵器』の存在に驚くよりも先にウルセブ様は続ける。いつもは他に興味を示さずに寡黙でほとんど人を寄せ付けない彼がこんなに饒舌に話すところは見たことがない。ボクだって料理の手伝いをする時まで話さなかったくらいだもの。
「知っての通り、ワシらが使う魔法は必ず魔法陣を空中に投影して使用する。じゃが、不思議に思った事は無いか?いやいや常人には当たり前過ぎて疑問を抱く余地もあるまい。光に手をかざすと壁に影ができるように、何かを投影する時は物質がある所でしか像を結ばない。なのに、魔法を使う時、魔法陣は空中に像を結ぶのじゃ。不思議じゃろう?まあ理由はいたって簡単で魔法を使える者なら誰にでも簡単に知ることができる。悲しいことに興味を示すものはほとんどいながな。魔法陣が投影される直前に薄い魔力の膜のような物が形成されているんじゃ。そして、ワシはその魔力の膜に注目した。
…(中略)…
そうして、魔法陣を浮かべた後に魔力を注ぐ量を変えれば魔法の大きさを変える事ができるのじゃが、その放出にはムラができてしまう。いやいや、一個の人間が注ぐ程度の小さな魔力ではその影響は小さく無視する事ができるのじゃが。いかんせんこれだけの大きさの魔法陣となると魔力の薄い所で中の魔法が暴発する恐れが出てくるのじゃ。
…(中略)…
そこで、ワシは2枚の魔石の板を用いる事を考え付いたわけじゃが、これほどまでに大きな魔石があるはずもなく苦労した。そこで小さな魔石を集めて粉にする方法を思いついたのじゃ。大きな物を作るために小さなものを更に小さくする発想は奇天烈かと思われるかも知れないが、なに、パンを作るために小麦の実を粉にするじゃろう?あれと考え方は同じじゃ。誰にでも思いつけるような事じゃが、今まで誰も考え付かなかったのが不思議じゃの。
…(後略)…」
ウルセブ様の頭が痛くなる長い長い話を上の空で聞き終えて、ジルにまとめてもらった結果もよくわからなかったけれど、2枚の黒い円盤は魔石を集めて作った物らしい。
魔力を多く含んでいる魔石の円盤に魔法陣を映して重ねる事で、魔法の力を強くすることができるのだそうだ。でも2枚の黒い板で挟むから普通の魔法陣を投影する事はできない。
勇者の剣を円盤の中央に刺す事でしか使えないんだ。
その代わり、1枚の魔石の板で増幅する時よりも板ではさんで魔力を逃さない分、魔力を効率よく使う事ができる。『ギフト』も魔力を使うけど、魔法陣は浮かばないから本当に使えるのか判らないけれど、ウルセブ様の自信から見るにちゃんと根拠があるのだろう。
多分、ボクが聞き流していた所で説明してくれていたんだと思う。魔法が得意なアグドが目を輝かせて聞いていたから後で聞いたら解るかも知れないけれど、きっと、ボクからは聞く事もないと思う。
ともあれ、この装置を使ってアンクスの『破邪の千刃』を増幅させて森を一気に切り拓こうとしているのは判った。
「それで、ボクの役割は?」
頭の痛くなるような説明を聞いて、この2枚の円盤が『秘密兵器』だと言う事は判ったけれど、この『破邪の千刃増幅くん』にはボクの力が必要になる所なんてひとつも無いよね?
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次回:ボクの『役割』




