王妃様
第10章:魔王の森が広がっていたんだ。
--王妃様--
あらすじ:裏路地はスラムになっているらしい。
------------------------------
カナンナさんのやわらかい手に引かれて、ニシジオリの王宮に連れていかれると、ボクはすぐに王妃様に呼ばれることになった。ヴァロアやアグドを王宮の待合室に残し、ボクたちは王妃様の待つ部屋へと案内される。
途中で見た外の景色は、相変わらず流れる3本の大きな川の間に広がる広い畑。何重にも作られた城壁に詰め込まれた大きな街並。城壁の中に家を作る余裕はもう無くて、人通りの少ない裏路地には間に合わせで作ったテントがひしめいていた。
村を魔獣に襲われた人たちは、住む家が無くても城壁で守られたかったのかもしれない。
王宮のゆったりとしたホールではカプリオを女の人たちが取り囲んで、もこもこの毛の手入れをしていた。洗濯の仕事をするチョッカの『華やぐ泡沫』で泡まみれになったカプリオからは良い香りが漂ってくる。
裏路地で暮らすような人たちにこの空間を分けて上げられればいいのにな。ここは日当たりも良くて雨漏りの心配もなく、魔獣に怯える事も無く足を伸ばして眠る事ができるのに。
ボクは着替えをさせられてすぐ、王妃様の待つ部屋に通された。
広い部屋にはソファアに座った王妃様と王女様、そしてカナンナさんを含めた数人の侍女。少し疲れた顔をしているように思える。
「帰ってきたばかりで悪いわね。あまり時間が無いのよ。」
「今のタイミングで呼び戻されたって事は、ドラゴンと関係あるんだよな?」
ジルが喋る棒だと言う事は王妃様を始め王宮の侍女たちには知られているので、ボクが喋るよりも先にジルが口を開いた。
「ドラゴンは関係ないわよ。フランソワーズちゃん。」
ボクも忘れていたけれど、『フランソワーズ』という名前はジルが王宮で使っている偽名で、ボクが普段呼んでいる『ジル』というのも偽名っぽい。
「ん?てっきり暗号を読んでオレ達を連れ戻す事を決めたのかと思っていたぜ。」
普段は『小さな内緒話』でばかり話しているので、部屋に響く女の子のような高い声が新鮮に聞こえる。
「だって、ドラゴンに何かを頼むことはできないでしょ?確かに、詳しいことは知りたかったけれどね。」
驚いたことに王妃様はボクがドラゴンに会いに行った時のことを、アグドが誇大して吹聴した話よりも詳しく知っていた。それどころか、ツルガルが秘密にしているアズマシィ様にできたオデキの事や浮揚船の事も知っていた。
変なお爺さんとしか思っていなかった大使のオイナイ様が調べていたらしい。いや有能だからこそ、オイナイ様は大使にされたんだろうけれど。
だけど、出した結論は今はドラゴンと交渉している余裕はないというものだった。
ドラゴンと知り合いになればニシジオリにとって有益かもしれない。でも、何もない白い大地に住むドラゴンに会いに行くだけでも難しいんだ。浮揚船を持っている訳でも無いし、ニシジオリの王都から白い大地まではツルガルの王都からよりも距離がある。
ツルガルが貰った黒いドラゴンのソンドシタ様を呼ぶ事ができるという球でもあれば変わるかもしれないけれど、それを手に入れたからと言って、ツルガルでさえ呼び出すのに条件があるのに、ニシジオリの人が使ったらソンドシタ様に怒られるかもしれない。
ドラゴンなら、王都くらい1晩で焼け野原にできそうだものね。ソンドシタ様とネマル様の姉弟喧嘩は凄かったもの。
「他にドラゴンと連絡を取る方法があるとしても?」
ジルは王妃様に詳しくは話さなかったけれど、ボクの左腕の白い腕輪に付けられた青い魔晶石があれば、世界の果ての図書館にいるヤイヤさんと話す事ができる。
黒いドラゴンのソンドシタ様がいつヤイヤさんとの約束を果たしに図書館を訪れるか判らないけれど、毎晩、ヤイヤさんにはソンドシタ様の本を探すように頼まれるから、少しくらいはソンドシタ様と話す事ができるかも知れない。
「そうね。検討する価値はあるけれど、今は難しいわ。」
ニシジオリには目の前に大きな問題がある。
帰ってくるまでに何度も聞いた魔王の森の事だ。
黒いドラゴンが魔王の森を燃やしてくれるなら助かるけれど、誰かに仕事を頼む時は対価が必要になる。
浮揚船に乗ってドラゴンの点鼻薬を貰いに行った時は、ソンドシタ様は樽いっぱいの金貨も必要としなかった。だから、点鼻薬と交換にボクがソンドシタ様の探し物に付き合うことになったんだけど、他にソンドシタ様が欲しいものなんて思いつかない。
点鼻薬でも苦労したのに、森をひとつ焼いてもらおうと思ったらどれだけの対価を支払わなければならないか判らないよね。
それに、ニシジオリとしては魔王の森を焼き尽くしてもらっても困るそうだ。
魔王の森の他にもボクが野草を採りに行った小さな森はあるけれど、魔王の森から採れる木は魔力を多く含んでいて硬く、質の良い木材になって家や家具を作るのに適している。それに切っても切っても、魔王の森の木はすぐに生えてくるから人の多い王都では薪としても使われている。
小さな森の木はどこにでもある木で、魔王の森の木よりも家や家具を作るのに向いていないし、全てを薪にしても何回かの冬を越したら丸坊主になってしまうそうだ。
それくらい。ニシジオリの王都には人が増えているみたいだ。
「ドラゴンが魔王の森を止める方法を知っていれば良いのだけど。さすがに無理よね。」
魔法を作り出したという叡智を持つドラゴンでも、遠く離れた魔王の森の事を知らないんじゃないかな。森が広がる事自体は自然の摂理だと思うし、たとえ、知っていたとしてもドラゴンに支払う対価が無い。
世界の果てにある記憶の図書館なら何か解るかもしれないけれど、膨大な量の記憶が集まる図書館で誰の記憶を頼りに探せば良いのか判らないし、対策まで書かれているとも思えない。そもそも、魔王の森に住む人も居ないだろうから記憶が頼りになるとも思えない。
「んじゃ、何でヒョーリを呼び戻したんだ?偶然だが、山賊退治の噂が広まって勇者の力が弱まってるんじゃないか?」
勇者の力は人々の祈りを集めて強くなる。つまり、勇者であるアンクスが期待されて応援されればより強い力が発揮できる。
だけど今、アンクスは魔王の森を削ることに失敗して、魔獣の被害も増え続けている。人々の期待に応えられていないんだ。街の人たちの期待に沿えなかったアンクスは力を落としているはずだ。
そこにボクが山賊を退治したという噂が流れて、街の希望は分かれてしまった。
いやまあ、ボクに期待されても仕方ないんだけどね。
『勇者』の称号が無いボクに期待してもボクの力が強まる事は無いし、仮に称号があったとしても、もともとの力が普通の人よりも弱いボクでは持て余してしまう。何とか剣を振る事はできても、実戦で戦った事なんて無いんだ。
「秘密兵器になって貰うためよ。」
「山賊退治の功績も丁度いいわ」と王妃様は口の端を吊り上げる。
いやいやいや、勇者にもできない事をボクができるわけ無いよね!!!
------------------------------
次回:茶番な『視察』




