血染めの街道
第10章:魔王の森が広がっていたんだ。
--血染めの街道--
あらすじ:アグドが魚嫌いになった。
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ニシジオリの王都は、魔王の森から流れる大きな川とツルガルから続くカモノ大渓谷の底を流れてくる川が合流する場所にある。もちろん、ツルガルの王都のように魔獣の上なんかに乗っていない普通の街だよ。
2つの川が合流する場所なので氾濫する事も多かったけど、森や渓谷から流れてくる水は栄養が豊富で、肥沃な土地で取れる野菜はどれも瑞々しい。いくら『土の聞手』の『ギフト』があっても栄養が豊富な土地を用意することは難しいからね。他の土地よりも美味しいんだ。
たくさんの野菜が採れる肥沃な土地には多くの人が集まって、川の氾濫の影響の少ない川上に大きな街が築かれた。魔王の森から伐採した木を材木や薪、家具に加工して川下にある国へと売る事もできるので、国は豊かで活気があった。
それも、昔の話。
魔王の森が広がりすぎて、魔獣が増える前の話。
魔王は森を広げて魔獣を増やし肥沃な王都の土地を狙っている。ニシジオリを足掛かりに人間の世界を乗っ取ると噂されていた実際、魔王の森は広がっていて、畑も村も飲み込まれている。魔獣が森からでてきて人を襲っている。
だから、勇者になったアンクスは魔王を倒しに行ったんだ。
だけど、魔王を倒せば森の浸食は止まって魔獣が減ると期待されていたのに、森は止まるどころかさらに広がって魔獣の被害も増えていた。
魔王に貰った身を隠せるモヤモヤの出る黒い魔晶石や、ソンドシタ様に貰った危害を加えてくる物を跳ね返す緑の魔晶石を使って旅を続けたけれど、普通の商人さん達は剣と鎧で武装するだけで、魔獣や山賊の増えた街道を進むことになる。
街道を行き来する商人さんが減っていた。
ボク達もずっと警戒して進んできたし、魔獣に襲われる可能性が高くなる雨や風の強い時は村に留まるようにしていた。風が強いとヴァロアの『帆船の水先守』で聞ける範囲が狭まるし、雨が降ればアグドの『スペシャル★ミラクル★ウインド★ファイヤー!!』の炎も弱まってしまう。
でも、食べ物も宿も、色々な物の値段が上がっていて、留まるのにも勇気がいるんだよね。
ツルガルへ行く時と違って、幌馬車の荷物はお土産ばかりで売る事ができない。食べ物を分けて欲しいと求められたけど丁寧に断って、魔石だけを買い集めた。
アグドが襲ってきた魔獣を倒してくれるからカプリオも満足するくらい魔石は集まっていたけれど、普通の村では多くを必要としないものだからね。王都で買うよりも安いはずだから、少し高く買っても売ればいくらかの儲けになる。魔獣に畑を荒らされた村長さんたちも喜んでくれたしね。
ボク達のお財布は軽く、荷物は重くなったけど。
冒険者ギルドに立ち寄れば、マッテーナさんの手紙を届けた人と覚えてくれて歓迎してくれて、魔石を譲ってくれたり、安い宿を紹介してくれたりした。その代わり、マッテーナさん宛ての手紙を持たされることになったけれど、どうせ王都に戻るんだからついでだよね。
長い旅も終わりに近づき風の匂いに懐かしさを覚えた時、少しずつ変わっていく風景がだんだんと見覚えのある物になった。見覚えのある畑を見つけて、見覚えのある街を見つけて、見覚えのある門が見えてきた。
少し涙がにじんだ。
「お、噂の占い師様の御帰還だ!」
やっとたどり着いた王都の入り口で、見知った衛兵さんがボクに声をかけてくれた。食べ物が無くて困っていた時に食べ物を分けてくれた人だ。
「お久しぶりです。噂って何ですか?」
懐かしむよりも先に何のことか判らないボクは衛兵さんに問い返した。噂を消すためにツルガルまで行ったのに、未だにボクの話が話題になるのかな。少し戻るのが早いと思うけど、十分に時間も空いているよね。
「おいおい、トボけるなよ?山賊を震え上がらせた占い師ってオマエじゃないのか?」
思っていた答えと違ってボクは眉根を寄せる。ボクが通っていた占い師ギルドでも旅をしている人の話を聞いたことがあるけれど、数は多くなかったはずだ。商人さんの行き来も少なくなっている今、占い師が旅をすることは珍しくなっているらしい。
「いやいやいや、ボクが山賊を怖がらせるなんて無理だよ。」
カモの大渓谷では山賊を捕まえたけど数だって8人しかいなくて、アグドが独りで無力化させたんだ。どれだけの山賊がカモノ大渓谷にいたのか知らないけれど、脱走した兵士が山賊になることが問題視されるほどなら8人だけと言う事も無いよね。
「オマエじゃないのか?魔道具の魔獣が牽く幌馬車なんて他に考えられないんだけどな。」
魔道具の魔獣は、幌馬車を牽いてくれたカプリオと魔法使いウルセブ様の作ったアラスカしか聞いたことがない。そして、ウルセブ様は魔王の森の方に駆り出されていて、青い箱型の馬車を牽くアラスカもいっしょにいる事が知られている。
「なんでも、魔道具の魔獣が牽く幌馬車が高笑いをあげて、50人もの山賊を引きずって雷のような速さで渓谷を降っていたらしいぜ。」
カモノ大渓谷に響き渡る絶叫を耳にした山賊たちは、同業者の男たちが引きずられている姿を見たそうだ。幌馬車にロープで繋がれた男たちは歩く事もできずに引きずられ、岩が剥き出しの街道は彼らの血で真っ赤に染まり、彼らが叩きつけられただろう崖には白い肉片がこびり付いていた。
その光景を見た山賊たちは見せしめだと思い、自分から兵士に捕まりに行って、ついには大渓谷から山賊が居なくなったそうだ。
いやいやいや、おかしくないかな?ボク達が捕まえたのはたった8人だし、アグドのおかげで山賊たちはケガもしなかったんだ。街道が赤く染まる事なんて無かったんだ。
「まあ、オマエがそんな酷いことをするとは思えねえから、何かの間違いだろ。」
「ええ、まぁ。」
ニッコリと笑う衛兵さんにホッとする。見知った人に誤解されたままだと嫌だからね。少なくとも街道を血の海にしたなんて思われたくないよ。
「だが、山賊は居なくなったのは本当らしい。おかげで人手に余裕ができてオレ達も楽になったんだ。魔獣の方も期待しているぜ。」
去り際に言われた言葉の意味が分からなかったけど、それ以上、考える事ができなくてボクは軽くお辞儀をして大通りへと続く門をくぐった。
大通りはツルガルに行く前より人が増えていて、カプリオが歩くたびに人が振り返る。驚いたように目を剥くと道を逸れてカプリオの前に道が開かれた。
おっかなびっくり空いた通りを進むと、ひそひそと囁き合う声が聞こえてくる。ひとつひとつの囁き声は小さいけれど、たくさんの声が重なってざわざわと大きく聞こえる。
「魔道具の魔獣だよ。あの占い師が帰ってきたの?」
「山賊を一掃したってホントか?」
「街道を赤く染めたっていうヤツか?」
ざわざわと騒めく人垣の間から、見知った顔がピョッコりと顔をのぞかせた。ツルガルに旅立つ前よりも大きくなったコロアンちゃんだ。記憶の図書館でその姿を見たけれど、あの時よりもまた大きくなって、幼さが抜けてきている。
ボクを見て顔をくしゃくしゃにして笑ってくれたコロアンちゃんは勢いよく手を振ると、こう言ったんだ。
「あ、勇者のお兄ちゃんだ!」
いやいやいや、確かツルガルに行く前までは『迷子探しのオジちゃん』だったよね?
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次回:『おじちゃん』とお兄ちゃん。




