山賊の命
第10章:魔王の森が広がっていたんだ。
--山賊の命--
あらすじ:山賊に襲われた時、アグドが助けに来た。
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一瞬で終わった。
8人の山賊のうち4人が動けなくなった事で残りの山賊が降伏した。
鉄の剣を折ったドラゴンナイフと得体の知れない人を気絶させる魔法。火傷を負った山賊だって早く治癒の魔法をかけなければ傷が残ってしまうかも知れない。残った4人の山賊はすぐに武器を捨てた。
これをアグドがやったなんて信じられない。苦労してツルガルの兵士になってたのに、厄介払いでボクなんて裏路地の占い師の護衛にされたんだ。戦う力なんて無いと思っていた。
「ふっふっふ。どうだ?オレ様の実力が判ったか?やはり特命護衛のオレが必要だろう?」
山賊のリーダーを足蹴にしてアグドは得意げに胸を張った。降伏した山賊たちは一か所に集めているし、アグドがリーダーを使って脅しているうちにボクが武器を取り上げたから、反撃される事は無いと思う。
「格好つけてないで、さっさと山賊を縛るッス!」
ボクが返事をする前に、火傷を負った山賊に治癒の魔法をかけ続けていたヴァロアが苛立たし気に叫ぶ。山賊が降伏してすぐに彼女が治癒の魔法をかけてくれたから、ただれた火傷の跡は残らずにつるつるの肌を取り戻していた。
治癒の魔法では燃えてしまった髪や髭は戻りにくいので、頭の半分がつるつるになった山賊の髪が以前のように生えてくるかは判らないけれど。跡が残るよりはずっと良いよね。
「渓谷に落としていけばいいだろ?」
山賊たちといっしょにボクも目を剥いた。火傷を負った人がいたけれど、リーダーを人質にしたアグドは山賊の命を奪わないと思っていたんだ。
山賊を生きたまま連れて行くには、彼らの食料や宿を用意しなければならなくて、夜も逃げ出さないように見張っていなければならない。それに、幌馬車に彼らを乗せる場所がない。
8人もの山賊を乗せるために馬車を牽いている人がいるはずはなく、それだけの空間が空いているなら、商人なら商品を増やすし、乗合馬車なら日をずらすことだってある。
彼らが馬車に乗れないから、次の村への到着は遅くなるし、遅くなれば手持ちの食料が足りなくなるかもしれない。そして、山賊が逃げ出さないように気を揉む時間が増えるんだ。
山賊を捕まえたら賞金が貰えるけれど、ボク達が次に立ち寄るのは小さな村だ。
山賊を引き受けてくれる兵士さんは駐在して無くて、村の人たちに山賊の世話をしてもらわなければならない。小さな村では引き取ってくれないことも有って、引き取ってくれてもお金を要求される事もある。
街道を戻って国境の街へ戻る方が早くて山賊も引き渡せるけれど、戻ればその分、王都へ着くのが遅くなるし、他の山賊に出会う危険も増えてしまう。
だから、襲ってきた山賊が大渓谷へ落ちてしまった事にすれば簡単だ。
いくつかの証拠の品があれば、生きて連れて行くよりも少なくなるけれど賞金は貰えるし、面倒は無くなって疑われもしない。
「じゃあなんで生かして捕まえたっスか?!!」
生きたまま捕まえたのなら、今から手を下すのは後味が悪いし、人質になったリーダーのために降伏した山賊たちの立場が無くなる。
「そうしないと、オレが殺られていたからさ。」
槍を持った盗賊に肘鉄を入れる代わりに、ドラゴンナイフでお腹を刺す事もできた。だけど、ナイフを刺してしまえば当然引き抜かなければならなくて、手間取っている間に山賊のリーダーの刃こぼれのある剣がアグドの首を落としていた。
そして、人質を取って武器を捨てろと脅したけれど、命まで助けるとアグドは約束していなかったし、脅迫を無視して襲い掛かろうとしていた山賊もいた。
それに、兵士さんが山賊になる事は農民が山賊になるよりも許されなくて、引き渡した後に命を奪われる事も多い。
なら、今、自分たちが引導を渡しても変わりはない。
「それに、大切なドラゴンナイフを低俗な血で汚したく無かったからな。」
アグドはドラゴンナイフを光にかざす。大渓谷に突き落とせば自慢の黒いナイフを汚さずに済む。底の見えない谷底なら無残な山賊の姿を見る事も無いし、死体を見つける事も難しいので事故だと言い張れる。8人も事故と言って落としたらそれはそれで問題な気がするけれど。
「自分の目の前で無駄な殺生はさせないッス。」
ヴァロアが集まった山賊を護るように割り込んで、アグドを鳶色の瞳で睨む。襲われている最中の事故なら仕方ないけれど、無抵抗になった後に突き落とす必要は無い。歌で世界を平和にしたいと願っていた彼女からしたら、最大限の譲歩かもしれない。
「やろうっていうのか?たかが女の吟遊詩人が?オレ様が最後のヤツを仕留めた手段も解ってないだろう?」
「窒息ッス。『ふわふわりんりん』で空気を柔らかくして、口と鼻を塞いだッス。空気が見えないから不思議なだけでキミの『ギフト』を知っていれば簡単に判るッス。」
アグドの『ふわふわりんりん』は空気を水のように集めて柔らかくする『ギフト』なのだけど、空気を集めて柔らかくするとわずかに音を反射するようになるらしい。ヴァロアの『ギフト』、『帆船の水先守』は音を聞いて周りの状態を把握できる。アグドの柔らかくした空気が見えていたんだ。
「タネが判ったとして防げねえよな!」
アグドは山賊のリーダーを大渓谷に蹴り飛ばして、ヴァロアへとナイフを振りかざす。ヴァロアはアグドを小さくすり抜けて、大渓谷に落ちそうになったリーダーの手を掴んで間一髪引き留めた。その手には、いつの間にか剣が握られていた。
「ちっ。そのまま落ちてくれれば、戦闘中の不慮の事故だったのにさ。」
「『ふわふわりんりん』で足を取ろうとしても無駄ッス。自分には見えてるッス。」
アグドはリーダーを助けようとするヴァロアの足元の空気を柔らかくしていたらしい。一歩間違えればヴァロアまでつまずいて谷底に落ちていた。
「ふん!ならこれでどうだ!!?」
リーダーを庇うヴァロアに、アグドが『スペシャル★ミラクル★ウインド★ファイヤー!!』と同時に切りかかる。2人の山賊を倒した技を彼女ひとりに使ったんだ。
ヴァロアは動かずに、一閃。
勢いよく飛ぶ火の玉を切り裂いた。
「な、何で剣が魔法を切って『ふわふわりんりん』を突き抜けて届くんだよ?!」
ヴァロアの鋭い一閃を辛うじて避けたアグドが狼狽する。
アグドはヴァロアの剣の軌道を妨げるように柔らかい空気の壁を作っていた。柔らかいと言っても確かに壁は在って、剣を止められるはずだった。少なくとも剣を振る速度が遅くなって、隙をついて反撃をできたはずだった。
「剣をまっすぐに振れば火も水も切れるッス。」
剣の腹で水を叩けば、水が邪魔して剣の振りは遅くなる。だけど、刃を真っ直ぐに立てて振り下ろしたら、水の邪魔が減って剣を振り抜ける。まっすぐにすればするほど、剣は水に邪魔されずに早く水の中を進む事ができる。
だけど、人間には関節がある。関節は動く範囲が決まっていて、がんばっても真っ直ぐに振り下ろすのは難しい。普通の人間の振る剣なら、アグドの『ふわふわりんりん』で剣を止められた。
でも。いつも音を聞いているヴァロアは剣を振る時に角度が変われば剣の音が変わることを知っていた。音がぶれないようにまっすぐに剣を振る練習をさせられたんだそうだ。
剣聖と呼ばれた彼女のお爺さんに。
「無駄な殺生はダメっス。」
ヴァロアの歌を紡ぐための唇が尖った時、剣聖が使っていたという竜殺しの剣の鋭い切っ先がアグドの喉元に当てられていた。
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次回:『悲鳴の数』のカウントダウン。




