図書館
--図書館--
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王宮の図書館は奇妙な建物だった。
王宮とは独立して石とレンガで作られた建物の1階には窓が無くて出入口の扉も無い。2階の長い渡り廊下だけが出入りするための場所になっている。後から聞いた話だと、重要文書を持ち出されないように1階から出入りできない造りにしているらしい。
人間がまともに出入りできる場所が少ないので、秘密の相談をする時にも便利なんだそうだ。2階だけにしか出入口が無いと侵入者を発見しやすくなるんだって。なるほどね。
だけど、どこの誰とも知れないボクなんかが重要な建物に入っても良いのだろうか?
兵士が見張っている2階の入り口から入ると、豪華に飾った広い部屋の応接セットのソファで、1人の男の人が仕事をしながら待っていた。ここが秘密の相談をする場所なのだろうか。悪いことを考えるにはちょっとばかり明るすぎる部屋だと思う。
ボクたちが部屋に入ると仕事をしていた男の人は顔を上げて立ち上がった。使用人の着る控え目な衣装とは違い、貴族らしい少し派手な衣装を身にまとっているから、この人の指示でボクは働く事になるのだろう。
「ホンコト様、失礼します。冒険者ギルドから派遣されたヒョーリを連れてきました。」
「ああ、早かったね。待ってたよ。」
「ただ、少々面倒な事になりまして、ヒョーリとアシンハラ子爵とで、もめ事が起きたようです。」
「市民と貴族でもめ事?」
いぶかしがる貴族の男、ホンコト様に案内してくれたメイド長のコーテクルさんが簡単に事情を説明してくれた。冒険者ギルドのマッテーナさんから、すでにアシンハラ子爵の屋敷での一件の報告を受けていたみたいだ。さすがにメイド長ともなると報告の仕方に筋道が通っていて理解しやすい。
貴族ばかりの王宮の中で誰が子爵様の仲間か判らないから、ボクから事件の話すのは躊躇われていた。うっかり子爵の知り合いにでも話してしまえば、子爵がここに乗り込んでくるかもしれない。
マッテーナさんが事情を話しているなら、きっとこの2人はアシンハラ子爵の味方ではないのだろうし、ボクに仕事をさせたいなら少しはかばってもらえるだろう。
「なるほどね。金遣いの荒いヤツだと思っていたが、よりにもよって実態もあやふやな先祖の遺産を当てにして、おまけに中身も無かったとはお笑い種だ。しばらく話題になりそうだね。で、その問題の箱とネックレスはどうした?」
「ドゴ様にお渡ししてあります。」
コーテクルさんの言った人名には聞き覚えが無い。まぁ、事件を解決してくれれば誰でも良いけどね。
(ちなみに、ドゴは宰相だな。アイツに渡ってるなら適当に処理してくれそうだ。)
ジルがそっと教えてくれたけど、思ったより上の人物が出て来ていてビックリした。宰相様って王様の補佐をしている人だよね。大事になってしまったみたいだ。
「そうか、財宝よりも謎解きが面白そうだから箱とネックレスを見て見たかったんだが、しばらくはドゴの所でオモチャにされそうだな。まぁ、いいや、ありがとう。コーテクル。」
「恐れ入ります。では、私はこれで失礼します。」
コーテクルさんは深くお辞儀をするとボクを置いて出て行ってしまった。これで貴族のホンコト様と2人きりになってしまったので、これから先はボクが仕事の話をしなければならない。ジルは声を出さないだろうしね。
コーテクルさんが敬称を付けていたし衣装からも貴族とわかる。その上、宰相様を呼び捨てにしているのだから偉い人なのだろう。緊張してきた。
「よく来たね。ヒョーリ君。ホンコト・ヨム・ヨーナル。ここの管理人だ。」
「お初にお目にかかります。ホンコト様。この度は資料探しのお仕事を頂き誠にありがとうございます。このような場所は初めてなので不手際もあるとは思いますが、よろしくお願いします。」
むかし覚えた、貴族相手の丁寧な作法で礼をする。
使用人がでしゃばる事は良く無い事で、貴族が喋るまでは口をきいてはいけないと師匠が言っていたので、その通りに待ってから挨拶をした。
「少しは作法を知っているようだね。」
「占い師の師匠から少々習いまして、勉強不足ですので失礼があると思います。」
師匠は貴族を相手に仕事をしていたわけじゃ無かったけど、いつかパトロンにしたいと願っていたので、時々作法の練習台にされていた。もちろん師匠が貴族の役だ。
「なに、ここに来るような奴なら多少は不作法でも問題ない。キミが有能なら、すぐに仲良くなれるだろう。人材不足にはいつも苦しめられているからね。」
「そう言っていただくと、気が休まります。何か有ればご指摘をお願いします。」
貴族相手に丁寧な対応をしなければならないのは間違いないけど、師匠からの聞きかじりで実践なんてしたことないので失敗する可能性の方が大きすぎる。
「キミの『ギフト』を当てにしているんだ。気楽にやりなって。さて、時間ももったいないし事の話をしよう。」
そう言うと、ホンコト様と名乗った貴族は丁寧に仕事の内容を説明してくれた。やはりこの人がボクの上司になるらしい。
王宮の仕事とは言っても内容は大したことじゃなかった。行方不明になっている資料を探しつつ整理してリストを作る。その間に誰かが資料を探しに来たときは手助けをして一緒に探したり、コピーを作ったりするというものだった。
今まで冒険者ギルドや他のギルドでやっていた事と同じだね。
ただ、3階もある広い図書館に資料が膨大にある事と国家機密になるような文章も有るので、警備が厳重になって秘密厳守が求められる。ボクが王宮に住み込みになったのも、しばらくはボクを王宮の外に出さないように拘束して情報漏洩がないか監視するためだそうだ
それはボクが聞いて良いことなのだろうか?ホンコト様は意外と口が軽いように思える。
「まぁ、それでもキミの『ギフト』に頼らなきゃならないほど、無くなって困っている書類が有るんだよね。ハハハ。」
いや、笑い事じゃ無いよね。ホンコト様は大笑いしていたけど、ボクが貴族様相手にいっしょに大笑いするわけにもいかないので、ひきつった笑顔を返してしまう。どんな顔をするのが正解なのだろう。誰か教えて欲しい。
「それで、無くなっている書類のリストとかは無いのですか?」
「とりあえず、これだ。」
そう言ってホンコト様が渡してきたリストは意外と少なかった。冒険者ギルドが探していた書類の方がはるかに多いんだけど。
「これだけですか?」
広い図書館なので蔵書は多いけど、資料を見つけるだけなら足の踏み場があるだけ冒険者ギルドより簡単に終わるだろう。もしかすると半日も有れば終わってしまうかもしれない。
「おや、その量でこれだけとか言えるのだな。」
「いえ、冒険者ギルドの無くした書類の数の方が多かったので、つい。」
マッテーナさんだけで、31冊も無くしていたからね。ついつい本音も出てしまう。
「ははは、冒険者ギルドはそんなにヒドかったかい。安心したまえ、キミが来ると決まってから時間が無くてね。アンケートの回収がまだ終わっていないんだ。だから今回のリストは私の部署からの物だけだ。そのうち追加で出てくるだろうし、アンケート用紙を無くして直接オマエに聞けば良いと考えているヤツもいるだろうさ。」
いや、一国の機関としてあんまり安心できる要素では無いと思う。文書は無くしているし、アンケート用紙も無くしているし、笑い事じゃないと思うのだけど。乾いた笑顔を顔に貼り付けたまま、今度は図書館の資料整理について話していく。
ホンコト様はここの管理を任されている、と言っても他にも部署と仕事を抱えているので、名目だけの管理人みたいだ。そして、ここの図書館は色々な他にも部署の人間が使っているので、きちんとした整理がされていないらしい。
以前は1人のメイドさんが片付けていたのだけど、引退してしまって後を継げる人がいなかったという事だ。
ホンコト様は貴族の割にフランクで話しやすいので、マッテーナさんには悪いけど良い職場に巡り合えたと思う。
よし、頑張るぞ!
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次回:『メイド』に気を付けろ。




