特命護衛
第10章:魔王の森が広がっていたんだ。
--特命護衛--
あらすじ:山賊に襲われた時、アグドが助けに来た。
------------------------------
翼を広げて滑空するビスの背中を蹴って宙返りをすると、アグドは片膝を立てて着地した。ボクを護るように背を向けてすらりと立ち上がると、山賊のリーダーに指を向けびしりとポーズを決める。
「特命護衛のオレが来たからには、お前たちの好きにはさせねえぜ!!」
アグドの登場にボクは混乱していた。今から逃げるつもりだったのに、目の前で背を向けるアグドが幌馬車を牽くカプリオの行き先を邪魔しているんだ。
「ふん!武器も持たないヤツが1人で来て何ができる?!構わねえ!やっちまいな!」
兵士の鎧を着たリーダーが剣を振ると、8人の山賊が武器を構えた。
槍がぶんぶんと回されて、矢を番えた弓がギリギリと引き絞られる。
「ふん!オレ様の力を見せてやる!『スペシャル★ミラクル★ウインド★ファイヤー!!』」
アグドの前に2つの魔法陣が宙に浮かび小さな火の魔法が渦巻く火の球に変わると、一直線に弓を持った山賊に襲いかかった。火の玉が宙を駆けて矢を伝い弦を切る。火の玉はそのまま弓を持った山賊の左頬を殴り、髭を燃やす。
「うわちぃい!」
「な、魔法使いか?」
山賊の髭が勢い良く燃えて、すぐに炎となってぼさぼさの髪を焼く。
驚いたリーダーは慌てたけれど、すぐに水の魔法で消火を始めた。
ソンドシタ様に軽くあしらわれた『スペシャル★ミラクル★ウインド★ファイヤー!!』は小さな火の球に見えたけれど、あんなに勢い良く燃えるとは思わなかった。
「ふん!懐ががら空きだぜ!」
山賊たちが髭の燃えた男に気をとられているうちに、アグドは槍を振り回していた山賊の懐に飛び込み鳩尾に肘鉄を叩き込んだ。
「かはっ!」
仲間の火傷に治癒の魔法をかけようとしていた槍の山賊は、くの字に体を曲げて崩れ、治癒の魔法を受けそびれた髪の燃えた山賊が泡を吹いて倒れた。
鳩尾を突かれ崩れ落ちる槍の山賊の体の下からアグドが抜け出すと、山賊のリーダーが態勢の崩れたままの彼の首を落とすようにギラギラと光る剣を振り降ろす。
「うおおおおおおおおおおおお!!」
「無駄だ!」
がちーん!
姿勢の崩れていたアグドは無理やり体をひねって右手を振り上げると、リーダーの振り下ろした手元には先の折れた剣の柄だけが残った。
アグドの首を狙っていた刃が無くなっていたんだ。折れた剣先がくるくると泳いで、深い渓谷の間に音もなく消える。
アグドの右手に逆手に持った黒いナイフが光る。
ソンドシタ様の黒い鱗を削り出して作られたドラゴンナイフ。矢も剣も通さないというドラゴンの鱗に、ボロボロの鉄の剣は敵わなかった。無理な態勢のアグドでも力を入れずに剣を折ってしまったんだ。
「チェックメイトだ。」
大渓谷の底に消えた剣先を追っていた山賊のリーダーの喉元に、黒いドラゴンナイフの鋭い刃が突きつけて、アグドはボードゲームの勝利の宣言を真似て呟いた。
ドラゴンナイフはまだ命を取っていないけれど、軽く横に引かれただけで彼は終わる。
くるりと順手に持ち直したドラゴンナイフがリーダーのぼさぼさの髭に触れると、さらさら落ちていく。1本、2本と落ちた髭は、束が切られて紙吹雪のように大渓谷から吹き上げる風に乗った。
鉄のナイフだとピンと引っ張って切らないと柔らかい髭を切る事はできない。髪や髭は細い割には切れにくくて、ナイフをいくら鋭く砥いでも髭を押すだけなんだ。ナイフが触れただけで髭が切れるなんてあり得ないのに、ドラゴンナイフにはそれができた。
その鋭い切れ味に戦慄が走る。
折れたと思った鉄の剣も、切られたのかもしれない。最強のドラゴンとも言われたソンドシタ様の黒い鱗なら固い鉄の剣を切ることができるのかも知れない。
「おう!コイツの命が惜しければ武器を捨てろ。それともドラゴンナイフの次の餌食になりたいのか?」
「う、うう。」
アグドが山賊のリーダーの体を後ろから拘束して、残りの山賊を睨みつける。値踏みするような瞳にはまだまだ余裕があって、息も乱れていない。
2人が気絶して、リーダーは捕らえられた。
一瞬で3人が戦えなくなったんだ。
1人は魔法使いが使うという魔法に、1人は一瞬の隙を突いて見事な体術で、リーダーは鉄の剣を簡単に折られて的確に喉が狙われた。
アグドがこんなに強いなんて思わなかった。
思い返せば記憶の本の中の師団長さんが、酒場で10人を殴り倒したと言っていた。他にも酒場で暴れたり、暴動の先頭に立っていたとか浮揚船の兵士さんが話していた覚えがある。
ソンドシタ様やヴァロアに軽くあしらわれている姿しか見たことが無かったけれど、アグドは本当は強かったんだ。
8人いた山賊は真ん中にいた2人が倒れ、リーダーは囚われている。残りは、アグドの右に1人、左に1人。そして、ボク達の少し距離を置いた後ろ、カプリオの牽く幌馬車が逃げられないように3人。
5人で一斉に襲い掛かればアグドに勝つことができたかもしれないけれど、今、3人を一瞬のうちに制圧したアグドなら、後ろの3人が駆け付ける間に前の2人を制圧できそうだ。
それに、ボクやヴァロアもいる。
ひ弱なボクだけど、狭い街道でアグドが前の2人の山賊を制圧している間に1人を足止めするくらいの事は出来る。それに、悔しいけれど、剣の上手なヴァロアならボクよりも頼りになると思う。
威圧するアグドに。残った山賊たちが歯ぎしりを鳴らした。
山賊たちはもともと兵士だったんだ。魔王の森のために徴集された、なりたての兵士かもしれないけれど、捕まれば普通の山賊よりも重い罰が与えられる。見せしめに重い罰を与えなければ他の兵士たちが山賊になってしまう。
山賊たちには後がない。
「お、オマエ達!武器をすて、捨てろ!捨てろ!助けてくれ!」
お互いに助けを求めるように視線を送る山賊たちに、ドラゴンナイフを突きつけられたリーダーが情けない声で懇願した。魔王の森から逃げた兵士が山賊になったとしたら、ごく最近に山賊になったばかりの人だろう。山賊に向いてなかったのかもしれない。
いや、ボクだって喉元にナイフを突きつけられたら同じようにすると思うけどね。
残りの山賊が武器を捨てないままに、情けない声が大渓谷に消えた時、左前にいた山賊の靴がゴリと街道に溜まった砂をこすった。左足に体重をかけ、剣を持った右手が引き締められる。
表情が険しくなり怒りに満ちた目元から、光が消えた。
ドサリ。
声も無く白目を剥いた山賊が倒れる。
後ろの3人のも警戒しないといけないアグドの隙をついて、襲おうとした山賊がいきなり倒れたんだ。
「ひっ!!なんだよ。こんな魔法は聞いたこともないぞ!!!」
アグドに襲い掛かろうと気合を込めた山賊が理由も判らずに気絶したんだ。魔法陣が描かれなかったから魔法じゃないと思うけれど、それは得体の知れない不思議な魔法に見えた。
実際に魔法使いにしか使えない2つの魔法陣を同時に使う魔法をアグドは使っている。ボク達の知らない魔法を使うことができてもおかしくない。
残った山賊たちの目に明らかな怯えが見えて、足が震えている。
「次はオマエか?あ゛?」
太く濁った声でアグドに睨まれた山賊たちは、すぐに武器を捨てて降伏したんだ。
------------------------------
次回:揺れる『山賊の命』




