イビキ
第10章:魔王の森が広がっていたんだ。
--イビキ--
あらすじ:アグドが追いかけてきた。
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その日、ボク達は関所を越える事はできなかった。
アグドが追いかけてきた以外は旅は順調で国境の街まで辿り着いたのに。
ニシジオリとツルガルの国境は断崖絶壁にある。ツルガルの方が高くて、ニシジオリの方は崖の下で降りなければならない。崖には馬を増やさないと馬車が登れないくらい険しい坂しか無くて、国境を護る兵士さん達の目を盗んで降りる事は難しい。
ボク達だけなら国境を越える事ができた。ボク達の乗る幌馬車は魔道具の魔獣、カプリオが牽いているから関所を守る兵士さんも覚えてくれていたし、ニシジオリの王妃様にもらったナイフの効果は大きくて問題なく国境を通れるはずだった、
アグドが国を出る事ができなかったんだ。
「止まれ!オマエはヒョーリ殿とは別だろう?いっしょに行かせるわけにはいかない。」
「オレはアイツの護衛だよ!」
兵士さんはボクを覚えていてくれたから、ボクとヴァロアの顔を覚えていてくれた。幌馬車の後ろについているアグドを別の旅人だと思っていた。ボク達もアグドと同行していると考えてなくて、勝手について来ていると思っていたのも悪かった。
「護衛なら武装して馬車を先導するもんだろ?後ろからのこのこと追いかけてたら説得力が無いぞ。」
本当の護衛なら山賊や魔獣に奇襲されないように警戒して先に進むし、関所の兵士だとしても疑って目を光らせている。
アグドは独りだけツルガルの布の服を着ていて、武器になりそうな物もソンドシタ様にもらったドラゴンナイフだけ。黒いドラゴンの鱗をから作り出されて、緑の魔晶石で飾られたナイフは立派だけど、風通しのいい薄い布の服とナイフだけでは護衛には見えない。
「オレは魔法が得意だからいいんだよ。」
「魔法なんて人を護る役に立たないだろ。それともその小さなナイフが伝説級の魔道具だったりするのか?」
ソンドシタ様やヤイヤさんが凄い魔法を使っていたから感覚がマヒしているけれど、人間の使う魔法は薪に火を点けたり水を飲んだりできるくらいで、人を傷つけるほどの力はない。
アグドがソンドシタ様に向けて放った『スペシャル★ミラクル★ウインド★ファイヤー!!』は2つの魔法を同時に使うすごい技だけど、それだってどれだけ威力があるか解らなくて、木の盾でもあれば簡単に防げると思う。
そして、勇者の剣や雷鳴の剣なんかの伝説になるほどの魔道具はものすごい威力がけれど、存在する数は少なくて、ありふれた布の服を着たアグドには手に入れる機会さえあるかも疑わしい。
「うるせえ!オレは団長の特命でコイツの護衛をしてるんだぞ!」
「それを証明するものは?見たところ兵士の証も持っていないようだが。」
「特命だからそんなものは無い。」
「いや、命令書が無くても、普通は仮の身分証とか用意するもんじゃないか?」
特別な命令で秘密だから文章に残したくない事もある。だけど、その場合も任務に支障が出ないように仮の身分証や、通行証を発行してもらうのではないかと兵士さんは訝しんだ。『仮の』と付いている時点で偽物で、物語の読みすぎだと思うんだけど。
「そんな物は貰ってねえよ。」
「とにかく、オマエの身元を確認する。ヒョーリ殿も事情がはっきりするまでお付き合い願いたい。」
アズマシィ様が国境に最接近して戦争が起こるかと緊張が高まった直後だと言う事もあるみたいだけど、ボクを行かせてアグドを足止めしてしまえば、本当にアグドが任務を受けていた場合、彼の任務を邪魔してしまい、兵士さんが重い罰を受ける事になる。
王都を乗せたアズマシィ様はまださほど遠くに行っていないから、特別に手紙を届ける鳥を飛ばせば長くても数日で確認が取れるらしい。
そんな経緯があって、ボクは久しぶりのニシジオリの味を目の前にしながらも、モンジの団子を食べる羽目になったんだ。
国境の兵士さんに案内された宿は、この街ではよく見られる建物と同じで薄茶けたレンガの簡素な作りで、入り口にはドアも無くて風通しのいい布が掛けられているだけ。のんきに眠る隣の部屋のアグドのイビキまで聞こえてくる。
イビキの煩さに目を覚ましたボクは夜の屋上に足を運んだ。霞んだ夜空はツルガルで見た空より星が少ない。夜も更けて商人が行きかう街の喧騒も落ち着き、昼の疲れを癒す酒場の明かりから、思い出したように酔っ払いの大きな笑い声が遠く聞こえる。
(本当にアグドはボク達といっしょに行くつもりかな。)
アグドは悪い人ではないと思うけれど、調子が良くてトラブルを巻き起こす彼と一緒にいると、また変な事に巻き込まれそうだ。
(さあな。)
(ボクなんかを護衛したって手柄なんて立てられないよね。)
ボクはニシジオリを追い出された裏路地の占い師だ。ツルガルにだってニシジオリの王妃様の命令で手紙を持ってきただけだし、特に重要な役割があるわけじゃない。ボクが死んでも困る人はいないんだ。
本当にボクに護衛が必要だと思うなら、ボクがツルガルの王都を出る時にいっしょに旅立っていたと思う。ニシジオリに戻ることになったのは突然の事だったけれど、王妃様には手紙を書く時間もあったし、ニシジオリへの贈り物を用意する時間もあった。
(せっかくだから、記憶の図書館とやらを使ってみようぜ。アグドに特命を命じたヤツの記憶はどこだ?)
ジルの問いかけに、『失せ物問い』の妖精が記憶の本を送ってくれる。灰色の表紙を開けば綴られた記憶がボクの脳裏に鮮明に映し出された。
「だからアグドを兵士に採用するのはイヤだと言ったんです。この間の酒場の件は聞きましたか?止めに入った仲間まで吹き飛ばしたんですよ。」
「仕方ないだろう。机に噛り付いている連中には普段のアイツなんて解からないんだ。勝手な約束で浮揚船に乗せただけなら断り様があった。だが、貴重なドラゴンの情報を前に断るわけにはいかないだろう?」
「今からでもクビにできないですか?」
「今、彼を手放せば面倒な噂が立ってしまう。」
兵士に取り立てると約束したのに、たった数日でクビにしてしまえば、ツルガルの軍は手のひら返しが早いと思われてしまう。そうなれば兵士たちの士気に影響が出るし、新しく募集しても人が集まらなくなる。
「ですが、皆がアグドといっしょに仕事をすることを嫌がっています。ドラゴンの件だってスタンドプレーがたまたま上手くいっただけで、面倒をこうむるのが目に見えています。」
「そこでだ。彼に特別任務を与えようと思う。ニシジオリの占い師が帰国しただろう?アレを追いかけさせて護衛をすることを特別な任務と思わせてアグドを丸め込む。なに、いっしょにドラゴンに会いに行った仲だ、連中だって無碍にはできないだろう。」
「アグドをニシジオリに出して、問題にならないですかね?」
「兵士の身分は返上させて、いち友人として行ってもらう。そうすれば表向きは我々の手を離れた事になって関係性は薄れるし、兵士たちも彼といっしょに行動せずに済む。」
「定期報告はさせるのでしょう?」
「もちろんだ。占い師や吟遊詩人がドラゴンや記憶の図書館についてまだ知っている事があるかもしれんし、ニシジオリの動向が判るだけでも助かる。それこそ特別任務らしいだろう?」
「スパイですか。彼で無ければ安心して任せられるのですが…。」
「まぁ、しょせん、相手は裏路地で落ちぶれていた占い師だ。ドラゴンが気に入ったのは偶然で、重要視するほど期待はしてないさ。」
ジルはそこまで聞いて満足したのか、ボクに本を閉じさせた。
(厄介払い、か…。)
ジルの呟きが星空に消える。
屋上から見下ろせる酒場から明かりが消え、闇が一層濃くなった。夜風が冷たくなって眠くなったボクがベッドに戻った時には、イビキは消えてアグドが部屋からいなくなっていた。
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次回:切り立った崖の『国境の坂』




