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裏路地占い師の探し物 ~勇者様のせいで占い師を続けられなかったんだ。~  作者: 61
第10章:魔王の森が広がっていたんだ。
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秘密の英雄

第10章:魔王の森が広がっていたんだ。

--秘密の英雄--


あらすじ:船長さんに一人前として認められた気がした。

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また、太陽が昇っていた。


誰もいない部屋に突き刺さる黄色い太陽が目に痛くて、ベットからのろのろと這い出して光から逃げる。


ついこの間まで、いつも誰かが傍にいた。ジルを拾ってカプリオに助けられて魔王の城へ行ったし、ツルガルへの旅の途中でヴァロアと出会って、アグドとの縁も切れなかった。浮揚船の中では兵士さんたちもいっしょに寝ていたよね。いつも誰かが傍にいて寝息を耳に寝ていたんだ。


ジルに会う前は独りが当たり前だったのに、今ではすごく寂しく感じる。


空っぽの部屋を後にして、オイナイ様の屋敷の廊下を食堂に向かって進む。


『ドラゴンの点鼻薬』を手に入れたボクは、浮揚船のみんなに迎えられた。みんなで焚火を囲んだ酒盛りでは船長さんに一人前と認められたような気がしていたし、王都に戻って王宮に呼ばれた時は、何かすごいことをしたような気がしていた。


アズマシィ様の鼻にオデキができた事も浮揚船の事も、あまり広くは知られていなかった。


アズマシィ様がいつくしゃみをして崩壊するか解らないと公表すれば王都から人が逃げ出してしまう。浮揚船だって秘密の船だから、ボク達は王都から離れた場所で乗り降りした。


もちろん、ニシジオリから大使として派遣されているオイナイ様もどちらの事も知らされていない。ツルガルの王都が崩壊しそうだと知れば、戦争を仕掛けようとしているニシジオリに弱点を晒す事になってしまうから。


ボク達は王様にこっそり呼ばれた。


ソンドシタ様から『ドラゴンの点鼻薬』を手に入れて、アズマシィ様のオデキを治したボク達は王都を救った秘密の英雄として王様の前に立つことになったんだ。ビスのレースでは遠目にしか見る事の出来なかった王冠が目の前で光っていて有って、ボクは凄いことをしたんだと実感できた。


表向きには発表できない事だけど、ドラゴンの信用を勝ち取って『ドラゴンの点鼻薬』だけでなく、レシピにドラゴンを呼べる魔晶石まで手に入れたんだ。


王様の前には王宮の偉い人が集まっていて、アグドが語ったドラゴンの里での自慢話を元に船長さんがまとめて経緯を報告してくれた。


ボクとヴァロアが隠していたソンドシタ様やネマル様、ドラゴンの里の話が次々と披露されて、世界の果てに有った記憶の図書館での話にも注目が集まる。もしも記憶の図書館に行く事ができれば、ドラゴンの機嫌を取らなくてもドラゴン語を学ぶことができるようになるかもしれない。


王様をはじめ偉い人達が真剣に耳を傾けていて、ボク達はご褒美を貰ったんだ。


ソンドシタ様の秘密の探し物の代わりにお金を貰ったんだ。


ご褒美を貰ったらボクはすぐにニシジオリの大使館も兼ねているオイナイ様の屋敷に戻ることにした。詳しい話は言えなかったけれど、オイナイ様もボクが王様からお褒めの言葉を頂いたと聞いて喜んでくれて、少しだけ良いお酒をふるまってくれた。


でも、日が経ってしまえば全てが無かった事のように思える。


秘密の英雄の話は噂にはならない。


ボクはすぐに見向きもされなくなったんだ。


浮揚船のみんなは日常に戻って行ったし、アグドは功績を認められて兵士になった。いつも一緒にいたヴァロアとジル、それにボクが戻った事を喜んでくれた魔道具の魔獣、カプリオも王宮から戻ってこない。


ヴァロアは王妃様に呼び止められて王宮で新しい物語を弾き語っている。もう、王妃様にはボクの付け焼刃の朗読なんて必要ない。吟遊詩人のヴァロアの方がたくさんの物語を知っているしブルベリも弾けて上手なんだ。


浮揚船に乗れずに残されたカプリオは王妃様に気に入られてずっと王宮に入り浸っていた。オイナイ様の屋敷に残っていても屋敷の片隅で繋がれたままだったんだ。広い王宮では自由に走り回ることができたし、王妃様に気に入られているから侍女さんたちにもチヤホヤしてもらえる。


ジルだって人気の無いボクの傍よりも、たくさんの人が集まる王宮の方が良いんだよね。話し相手にカプリオがいるし、魔樹の琥珀を手に入れる事ができないボクにはもう興味が無いかもしれない。


ジルとカプリオと一度はオイナイ様の屋敷に戻ったけれど、ニシジオリの王妃様に簡単な手紙を出したら、2人はツルガルの王宮に行ってしまったんだ。


みんな僕から離れて行ってしまった。


ボクは何かすごいことをしたように思っていたけれど、ジルの助言が無ければ船長さんに認められて無かっただろうし、ソンドシタ様の探し物だって見つけてあげる事ができなかった。ジルの姿を戻す方法だって、成り行きで見つけたんだ。


結局、自分では何もしてないんだよね。


誰もいない食堂でモンジの団子の入った冷たいスープを黙々と口に運んだ。


オイナイ様の屋敷の人たちは仕事があって、朝早くから忙しそうにしているけれど、ボクにはもう仕事は無い。ニシジオリから手紙を運んでくる仕事も、ツルガルの王妃様に朗読する仕事も、探し物をする仕事も終わってしまった。


ツルガルにはもうボクのできる仕事なんて無いけれど、ニシジオリに戻る事もできない。ボクは勇者アンクスを殴った事を咎められてツルガルに来ることになったんだ。


それに、ツルガルに居る限りニシジオリの向こうにある魔王の森へ行かなくて良いんだ。


遅い朝食が終わったら、オイナイ様の書庫に行って暇をつぶす事にしている。


ボクが他にできる仕事と言ったら資料整理くらいだもの。だけど、オイナイ様の屋敷の片隅にある書庫ではその蔵書も少ししかない。もう順番に並べ終えていて、少ない資料を探しに来る人も少なくて、書庫には誰も近寄らない。


かといって、街に出て占いの仕事をする気にもなれない。


オイナイ様の屋敷の書庫に籠っていれば寝る場所にも食事にも困らないんだ。街の路地裏で来もしないないお客さんを待つのなら、暗い書庫の片隅に居た方が気が楽だ。


たまに通りすがる人から胡散臭そうに見られる事も無いし、人が通るたびにお客さんかも知れないとドキドキする事も無い。冷やかしのお客さんに嫌な思いをさせられる事も無いし、チンピラに絡まれる事も無い。もちろん、勇者に絡まれる事も無い。


思えば、その視線が嫌な事も文筆ギルドの副業に力を入れていた理由かもしれない。文字を写していれば通りに目を向けていなくても不自然じゃないし、仕事をしている気分になれた。


オイナイ様のお屋敷では、寝坊をしたって、朝食の時間がズレたって、ニシジオリの王妃様の使いのボクを咎める人は居ない。


食器を水と浄化の魔法を使って片付けた後、ボクはいつも通りに屋敷の隅の資料庫に篭もった。その辺に置いてあった数字だらけの資料をパラパラとめくる。少しも面白い物じゃないけれど、少しだけ時間つぶしになる。


暗い書庫にひとつだけある出窓に椅子を持って行って、ぼんやりと外を眺める。出窓の棚に置いた資料はやっぱり面白くなくて、すぐに興味を失っていた。


心地よい風がそよぐけれど、遅くに起きたボクには眠気を運んでくれない。


ドッドッドッドッド、バタン。


廊下を走る音がして、勢い良く開けられたドアから白い髭の老人が体を滑り込ませる。お酒をふるまってもらった以来、久しぶりに顔を見るオイナイ様だった。


「おう、ここにおったか。ニシジオリからの速達でオマエに帰るように命令が下ったぞ。いったい何が有ったんじゃ?」


ボクにも理由が判らなくて目を丸くしたんだ。



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次回:帰還命令とジルの書いた『手紙』



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