位置座標
第9章:ドラゴンの里は隠されていたんだ。
--位置座標--
あらすじ:『魔樹の琥珀』が無いと『木になる指輪』は作れない。
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ソンドシタ様によると、『木になる指輪』は魔樹の琥珀が持つ魔力を鍵として利用しているそうだ。
生き物や品物に取り込まれた魔力は、取り込んだ相手によって影響を受ける。
人間の体だって同じ肉をお食べても同じに成長しない。同じ人間なのに背の高さだって体重だって違ってくるし、手や足の長さだって変わってくる。みんな目や鼻が有って口があるのに、ちょっとずつ違うんだ。魔力も同じで、誰ひとり同じ魔力を持っていない。
その魔力を鍵として利用している。
らしい。
魔力が人によって違うなんて聞いたことないよ。
ジルの人間の体は亜空間のどこかにある。その場所が魔法陣に刻まれているはずだけど、鍵となる『魔樹の琥珀』が無ければ見る事ができない。
同じ魔樹から生まれた琥珀が有れば見る事もできるだろうけれど、何千年もの間、魔力の影響を受けた魔樹の琥珀は複雑で、ソンドシタ様でも魔力を真似る事ができないそうだ。
ジルの体のある場所が判れば戻す事ができるのに、魔樹の琥珀が無ければジルの体がどこにあるか解らない。
ジルの体が隠されているという亜空間はボクたちの住む世界よりも広くて、魔法陣に刻まれた場所を知らないと広い場所を当ても無くさまようことになる。浮揚船より早いソンドシタ様でも見つけることができないそうだ。
でも、ボクは探し物が得意なんだ。
(ジル!)
探し物しかできない占い師。だけど、勇者の剣のある場所だって、魔王の城のある場所だって、アズマシィ様のオデキの場所だって見つけたんだ。世界の果ての図書館の無限にあるような本の中からネマル様の記憶の本だって見つけたんだ。
(ああ、オレの人間の体はどこにある?)
ボクが名前を呼ぶだけでジルは全てを察してくれる。いつもいつも不思議なくらいにジルはボクの言いたいことを解ってくれてすぐに返事をしてくれる。
ジルの人間の体を取り戻すんだ。
ジルの問いかけに『失せ物問い』の妖精が応える。
応えたけれどボクには妖精が何を言っているのか理解できない。いつもなら方向とか距離とか、どこの棚に入っているとか、細かく教えてくれる『失せ物問い』の妖精だけど、今はたくさんの数字の羅列が頭の中に流れてきてぼんやりと方向だけが思い浮かぶ。
そこに在ると思うのに、そこに無いとも思うんだ。
「『失せ物問い』はあっちの方にジルの体があるっていうけど。ソンドシタ様は解りますか?」
『失せ物問い』の妖精が答えたぼんやりとした方向を指してソンドシタ様に縋る。ボクに解らない事でもドラゴンのソンドシタ様なら何かわかるかも知れない。今までだって、『記憶の本』とか『プロテクト』とか『亜空間』とか、ボクの知らない事をたくさん知っていたんだ。
ソンドシタ様ならきっとわかってくれるはず。
「あっちで解るわけがなかろう。数字の羅列は位置座標のように思えるが、何を基準に書かれているか解らぬ。そもそも、亜空間と言うのはひとつではないのだ。」
ため息交じりのソンドシタ様の答えにボクの体が沈む。せっかくジルのためにボクができる事があったのに、まったく役に立たなかった。ボクには探し物しか取り柄が無かったのに。
位置座標と言うのは、東へ何歩、北に何歩足を進めれば目的地へ到着するのか示した数字らしい。だけど、ニシジオリから歩き始めるのか、ツルガルから歩き始めるのか、歩き始める場所によって目的地がまったく変わってしまう。
その上、亜空間と言うのはいくつもあって、近くに在ったり遠くに在ったり点在してそうだ。それだけでも不思議なのに、同じ場所に重なって存在する事もあるらしい。ぶつかったりしないのかな?
(まぁ、オレの体が元に戻らないって解っただけでも大収穫さ。人間に戻れるかもしれないって淡い希望に振り回されずに済むようになったんだ。)
諦めたようなジルの声は少しだけ震えてる。眠る事ができない木の体のジルが独りになる夜を寂しく過ごしていた事を知っている。同じく眠る事のできない魔道具の魔獣、カプリオと出会ってから、いつもジルは楽しそうだった。
(でも、王宮の占い師が戻れるって言ったんでしょ?『ギフト』で運命の赤い糸が見られるっていうすごい人が言ったんだ。何か方法があるんじゃないかな。)
(しょせん占いは占いさ。あの婆さんが見たのはオレとオマエの間に繋がっている赤い糸で、オレが人間に戻れる未来じゃねえ。オレがオマエに出会った事で人間の体に戻れないと知る未来だったのかも知れねえ。)
宮廷占い師が『ギフト』で見たのはボク達の間に繋がる赤い糸で、そこから先はボク達の推測だった。『ギフト』で見えたものなら神様のお墨付きがあるのだけど、ボク達はそこから自分たちが見たいものを見ようとしていたんだ。
簡単にジルが人間に戻れる未来を。
(そんなに暗い顔すんなよ。まったく希望が無い訳じゃないんだ。いつか魔王の森の奥深くから魔樹の琥珀を持って帰るやつが出てくるかもしれない。オレは何年でも何百年でもそれを待っていられる。)
ジルは強がってみせるけれど、魔獣がうようよ住んでいる魔王の森で、あるかも判らない小さな琥珀の塊を何日もかけて探す人が現れるとは思えない。勇者アンクスが魔樹の琥珀を探してくれるなんてあり得ない。狂想の魔女と男が異常だったんだ。
「ソンドシタ様なら琥珀くらい簡単にとってッスか?兄さんを連れて行けばすぐに見つかるッス。びゅびゅッと飛んで行って、ばばっと魔獣を蹴散らせないッスか?」
ヴァロアの助け舟に希望が戻る。
「うむ。ワレなら簡単であっただろう。昔のワレならばな。」
心臓を失う前のソンドシタ様なら大きな黒い翼でどこへでも飛んでいけた。白い大地を守るため死ぬことの無いように心臓を封印した代わりに自由を失っていた。ソンドシタ様は心臓から遠く離れる事ができない。
そして、魔王の森はソンドシタ様の自由の外に在った。
それを聞いて、ボクは魔樹の琥珀が手に入らなかった事よりも先に、自由がないソンドシタ様が可愛そうになった。家から出られない生活なんて嫌だよね。面白くなさそうだもの。
人間が白い大地に足を踏み入れられないようなものだと、白い大地から外に出ないドラゴンだから普段は不自由を感じる事は無いとソンドシタ様は笑う。
「そっかぁ。楽ができると思ったのに残念ッス。」
「まぁ、落胆する事は無かろう。オマエたちにはワレの加護があるのだ。魔王の中途半端な庇護と違って、ワレの加護はすごいぞ!」
ソンドシタ様が黒い爪でボクの腕輪に輝く緑の魔晶石を指差した。緑の魔晶石はドラゴンの里を見るためだけの石ではなかった。ボクを輝く緑の膜で覆って落ちてくる首に潰れないようにしてくれた。緑の魔晶石はボクの事を守ってくれる。魔獣に襲われても守ってくれる。
だけど、魔王の森なんだよ。
1匹や2匹の魔獣じゃ済まないんだ。緑の膜の向こうに、ずらりと血走った目が並ぶ光景が頭をよぎる。魔晶石が魔獣の爪や牙を防いでくれたとしても、相手を退けてくれる訳じゃない。魔獣に取り囲まれたボクは緑の膜の中で何もできない。そのうち食べ物が無くなって飢えてしまう。
それから、アグドが絵を描き上げる傍らで、ソンドシタ様の尻尾の残りを食べ続けた。
魔王の森に行く決心がつかないまま。
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次回:新章/魔王の森が広がっていたんだ。 / 描かれた5枚の『アグドの絵』




