魔法の線
第9章:ドラゴンの里は隠されていたんだ。
--魔法の線--
あらすじ:『身代わりの指輪』作りに失敗して『木になる指輪』ができた。
------------------------------
狂想の魔女が『木になる指輪』を作った時の記憶を見てボクは途方に暮れる。指輪の作り方を知ったら、ジルを人間に戻せると思っていた。だけど、作り方を知った今は絶望しか残らない。伝説の魔女が作ったような物をボクが作れるわけがないじゃない。
指輪の作り方の記憶を見終えた広い図書館には、アグドが忙しなく筆を動かす音だけが生まれては消えていく。彼の絵が完成しないとボク達も帰れない。
(なに。落ち込んでいるんだよ?)
(だって、どうやってもキミを人間に戻せると思えないんだもの。)
まず、材料となる魔木や魔樹の琥珀。魔力が溜まって澱んだ場所に生える樹は魔王の森に生えていた。チンピラみたいな男が言う通り魔王の森には魔獣や魔族がうようよしている。魔王の森に行ったことがあるボクには断言できる。
ボクが行っても生きて帰ってくる事なんてできないよね。
前に行った時はアンクス達、勇者様ご一行がいたから帰って来ることができたけれど、道も無い魔王の森ではボクは魔獣から逃げる事もできない。
そして魔法。魔樹の琥珀の加工の仕方は記憶の中の男がやっていたから理解できたけれど、魔女は琥珀に魔力を使って色々と書き込んでいた。魔女がどうやって琥珀に魔力を定着させていたのか全く分からない。
ボクも普通の人と同じように浄化や治癒、4大魔法は使えるけれど、魔法陣を浮かべるにも四苦八苦したんだ。伝説の魔女と同じ事なんでできる訳が無い。
もし、もしも仮に魔女と同じ事ができたとしても、まだ問題がある。
魔女が作った『木になる指輪』は『身代わりの指輪』の失敗作だったんだ。魔女と同じように琥珀に魔力を定着できたとしても、失敗を再現できるとは限らない。
ボクはもう一度、ため息を吐く。
きっとボクより頭の良いジルなら解っているよね。なのに、まったく弱音を吐かなくて、ボクの心配ばかりしてくれる。
ジルを人間に戻すためにドラゴンに会って世界の果ての図書館まで来たけれど、結果はボクにはジルを人間に戻せないことが解っただけだ。
ジルを見る事ができなくて、ボクは視線を彷徨わせる。
ソンドシタ様が再び記憶を空中に映して、魔女が作った『木になる指輪』をまじまじと見つめていた。もしかしたら魔法を自在に操るドラゴンなら何か解るかもしれない。
「ドラゴン語ではないな。なあ、ヤイヤは解るか?」
ソンドシタ様が指輪に書かれた文字がドラゴン語でないと断定して、ボクの気分はまた重たくなる。
「ドラゴンに意見を聞かれるほど魔法を知っているわけじゃ無いのよ。」
空を自在に走り回って、太い氷の柱を飛ばすヤイヤさんにも、どんな魔法が使われているのか解らないみたいだ。ヤイヤさんの扱う魔法は、神様にもらった本に魔力を通せば発動するらしく、彼女が考えて魔法を作ったわけでは無かった。
ドラゴンにも神様の司書さんでも理解できなかったんだ。狂想の魔女本人じゃないと『木になる指輪』は作れないって事だよね。それも、同じ失敗をしてもらわないといけない。
魔女だって人間だ。少なくともボクが見た魔女も男も人間にしか見えなかった。魔王やドラゴンと同じようにおとぎ話になっているけれど、寿命が長い彼らと違って人間の魔女が生きているとは思えない。ボクが幼い頃に聞いた時にはすでに昔話だったんだ。
ドラゴンでも世界の果ての図書館でも解らない魔法。
魔女が死んでしまった今では、再現なんてできないんだ。
「暇つぶしにドラゴン語を覚えていたと言っていたであろう?」
「身について無いわよ。自分で魔法を使った事なんてあの時だけよ。」
「指輪が発信機の役割をして、亜空間に隠された魔法陣に無理やりアクセスしようとしていのだよな。こっちが爆発をさせないための記号で、こっちが転移するための情報を収める変数であろう?」
え?!ドラゴン語じゃなくてもソンドシタ様は魔女の魔法が解るの?そう言えば、ソンドシタ様がドラゴン語の魔法陣を浮かべている所を見たことが無い。いつも指を振るだけで魔法を発動させていた。
難しいことは解らないけれど、魔女は亜空間と言うところに隠された『爆宴の彷徨者』や『リスポーンの枕』の魔法陣を利用して『身代わりの指輪』の効果になるように改造しているみたいだ。両方の魔法陣を小さな指輪に書く事ができなかったんじゃないかとソンドシタ様は推察していた。
ボクがびっくりしている間にもソンドシタ様とヤイヤさんの話は続く。
「たぶんね。そして対象の魔木はちゃんと転移しているのに、人間の体は亜空間に取り込まれたままになっているわ。アウトプットが上手く行ってないなら、ここか、ここの辺りが怪しいと思うんだけど。」
「ふむ。ワレも同感だ。だがしかし、間違っているようには思えぬ。」
眉根を寄せるソンドシタ様によると亜空間と言う場所に魔法陣の本体が有って、指輪はそれに命令を出すだけの機能しか持っていないと言う。
「原因なんて考えてないで同じものを作れば良いんじゃない?」
「いや、オマエの髪の毛ほどの線だぞ。どこで干渉するか解ったもんじゃない。」
魔法陣を正しく書かないと魔法は発動しない。
指輪が小さすぎて書いた線が重なって魔力が干渉していたのかもしれない。魔女は男にもっと大きな、腕輪の大きさの琥珀を採りに行かせようとした。腕輪に線を書くなら十分な広さがあると魔女は考えたのかもしれない。
「単純に魔樹の琥珀が小さくて魔力が不足していたんじゃないの?亜空間へ発信するのに意外と多くの魔力が必要よね。途中で魔力が尽きて、中途半端な所で魔法が終わってしまったとか?」
「それだ!それなら一目で解る。もう1度、魔女が『木になる指輪』に魔力を走らせている映像を見せてくれ。」
魔力が溢れているドラゴンのソンドシタ様には途中で魔力が尽きると言う発想は無かったらしい。ヤイヤさんは人間の物語を読んだ時に知ったそうだ。
『木になる指輪の』記憶を見た時、ヤイヤさんはみんなで見れるように空中に投影してくれていた。だから、魔女が指輪を使う時、片方からしか指輪を見る事ができなかった。魔女の指に嵌められた指輪には見えてない部分があったんだ。
「もう、自分でやれば良いじゃない。」
「宮殿から無限に魔力が供給されるオマエの魔法と違って、ワレは自分の魔力でやるのだぞ。疲れるだろうが。」
「んもう。」
しぶしぶとだけど頼られて少し口元が緩んでいるヤイヤさんは、魔女が指輪を使う場面を見せてくれた。今度はゆっくりと魔女が指輪に魔力を通す様子が流れる。指輪に魔力が伝わって少しずつ光っていくのを追っていると、魔力は線の途中で光るのを止めてしまった。
「当たりだ!」
「ジルを人間に戻せるの?」
ボクは期待に胸を膨らませた。もしかしたら、魔法を自在に操るソンドシタ様なら魔木や魔樹の琥珀が無くてもジルを人間に戻せるかもしれない。魔獣がうようよしている魔王の森に行かなくても良いかもしれない。
「いや、この指輪は魔樹の琥珀を識別に使っている。」
亜空間と言うところにあると言う魔法陣は場所さえ判ればだれにでも利用する事ができてしまう。だから、鍵のようなものが必要だった。その鍵に魔樹の琥珀が持つ特有の魔力が使われていた。
「魔樹の琥珀が無ければ無理だな。」
ソンドシタ様の断言に、ボクの目の前は再び真っ暗になった。
------------------------------
次回:ジルの肉体のある『位置座標』




