身代わりの指輪
第9章:ドラゴンの里は隠されていたんだ。
--身代わりの指輪--
あらすじ:指輪を作ったのは伝説の魔女だった。
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狂想の魔女。その魔女の操る人形はまるで生きているかのように動いて人々を魅了し戦争の火種になった。魔女は人形の軍団に守られていて屈強な兵士たちを何人も退けて、いくつもの街を滅ぼした。そんなおとぎ話を小さい頃に聞かされた。
幼い子供は親の言う事を聞かないと「狂想の魔女が攫いに来るぞ」と脅される。ボクもその話を聞いた時は家の外から人形がカタカタと音を立てて覗いているようで怖かった。
その魔女が『木になる指輪』を作ったとは思っていなかった。薄暗い部屋に吊るされている人形を見ていると、本物の狂想の魔女だと思えたんだ。
「なあ、こんなに苦労して採ってきた琥珀を使って何を作るんだよ?」
記憶の本の風景では、チンピラ風の男が魔女に言われた通りに琥珀の塊を削っている。文句を言いながらも魔女の命令を拒絶する気は無いみたいだ。それはそうだよね。狂想の魔女だもの。
「指輪よ。言ったでしょ?」
「いや、指輪だって事は解っているんだよ。アンタの事だから変な魔道具にするつもりだろう?」
ソンドシタ様によると、琥珀とは木から流れ出した樹液が落ちて固まって、土に埋まって何千年も押しつぶされてできる物らしい。そして、男が見つけてきたものは、魔樹と呼ばれる樹の樹液からできた特別な琥珀だった。
魔樹や魔木は魔力を多く含む木の事で、魔力の流れが澱んだ場所にしか生えないらしい。その魔樹が流す樹液には多くの魔力が含まれていて、地面の深い場所の中で押しつぶされ化石にと言うものになっていく。その過程で樹液は濃縮されて多くの魔力を含むようになる。
「冗談よ。そうね、身代わりの指輪ってところかな。」
狂想の魔女は誰かに襲われた時に逃げるための魔道具が作りたいらしい。悪名高い魔女を倒して名を上げようと追い続ける人は多く、命を狙われる事がしばしばある。指輪を持った人間が襲われた時、魔女の体と遠くにある物体と入れ替われる指輪を作りたいそうだ。
「ああ、アンタの悪名は広まりすぎているからな。」
「それで、こんどは『爆宴の彷徨者』を参考にして作ってみようと思うの。」
『爆宴の彷徨者』を世界の果ての図書館で調べたところ、『ギフト』を使った人間が爆発して辺り一面を吹き飛ばす恐ろしい物だった。そして爆発を起こした本人はどこか遠くの安全な場所へと一瞬で移動する。そして、リスポーンの枕と言う物を使えば、枕の元に移動できるらしい。
今は伝承すら失われた幻の『ギフト』だった。
誰かが神様に『爆宴の彷徨者』を望んでしまって大騒ぎになったのだとか。それ以来、『爆宴の彷徨者』を望むような人間が現れないように名前すら伝わらないようになってしまった。住んでいる村に現れた旅人がいきなり爆発するなんてことがあったら怖いよね。
「散々オレを実験台にしたくせに、まだ諦めていなかったのか。んで、爆発もするのか?」
「そうね、成功すれば爆発を盛り込むのもアリよね。」
魔女は楽しそうに笑う。狂想の魔女は神様から与えられた『ギフト』を人の手で再現しようとしていたんだ。それも、名前すら封印された恐ろしい『ギフト』の再現だ。
それから男が黙々と琥珀を磨いて指輪を作り、隣で魔女が何かを作る風景が流れはじめる。
しびれを切らしたソンドシタ様がヤイヤさんに風景を早送りにするように求めた。ソンドシタ様がネマル様の弱点を探していた時に見たよね。暗い部屋の光景がページをパラパラとめくるように移り変わっていく。
コツコツと指輪が作られていく過程が飛ばされて、魔女が男の削った指輪に魔力で線を複雑な線を書きこむ場面が終わった。
「できたわ。」
「ふうん。それが身代わりの指輪か?」
腰を伸ばした魔女の細い指に綺麗に磨かれた琥珀の指輪が光るけれど、男はあまり関心を示さない。もしかしたら自分には必要のない品物だからかもしれない。
「そうよ。私と同じだけの魔力を持った品物にと入れ替わることができるわ。」
魔女は1本の木の枝を取り出す。それは杖にも人形にも使えなかった魔木の枝で、今はジルの体になっている。男がせっせと指輪を削り出している間に、魔女はその枝に何かを刻んでいた。きっとこれが魔女と同じだけの魔力を持った枝なんだよね。
魔女は木の枝を部屋の外へと放り投げる。
あの枝と自分の体の場所を交換するつもりだよね。
「いくわよ!」
魔女が指輪に魔力を込めると姿が消えて、そこにコロンと魔木の枝が転がった。男がコツコツと削り出した魔樹の琥珀の指輪が枝の先にぶら下がってカラリと揺れる。
「お、すげぇ!成功か?」
魔女の言っていた通り、魔木の枝と魔女の体が入れ替わったんだ。
再び姿を現した魔女は薄暗い部屋でタメ息を吐いた。
「ダメね。失敗よ。」
「なんでだ?オレの目にはちゃんとアンタが木の枝と入れ替わったように見えたぞ?」
男の言う通り、ボクの目にも魔女の思惑は成功しているように見えた。魔女の姿が消えて魔木と入れ替わっていたよね。
「予定通りなら、私は魔木と入れ替わって貴方の頭の後ろを殴っていたはずなのよ。」
魔女の細い指が入れ替わった魔木の隣を指す。そこには、棘がたくさん付いた棍棒が1本置かれていた。殺傷力が強そうな棍棒で、もしかすると、本気で男を殺そうとしていたのかもしれない。
「ふざけろよ!」
「私の意識は木の枝の中にあったのよ。木の中に居て身動きが取れないなんて最低よ。それに、私の体は消えたのに指輪が残ってしまったのも納得いかないわ。」
怒った男が魔女に殴りかかるけれど、魔女は一瞥もせずにするりと抜けて独り言ちる。木の枝と入れ替わったように見えて、見た目だけが女の人の姿から木の枝の姿に変わっただけで、意識は木の枝に残ったままだったそうだ。
今のジルの状態と一緒だ。ジルも木の枝に意識が残った状態で長い年月を過ごしていたんだ。ちらりと右手の中のジルを見るけれど、黙ったままで何も言わない。
「これじゃあ、身代わりの指輪じゃ無くて、木になる指輪じゃない。」
「ジョークか?」
「バカね。ジョークグッズにもならないわよ。」
本来の目標のように木の枝と入れ替われるなら逃げるために有効に利用できるけれど、木の枝の中に意識が閉じ込められるだけならば、逃げる事も戦うこともできなくなる。ましてや、木の中に意識を封じ込められた状態で爆発を起こしてしまえば、自分も爆発に巻き込まれてしまう。
もしも爆発で木の枝が折れたり粉々になったりすれば、元の自分の姿に戻れなくなる可能性すらある。
まじまじと指輪を眺めていた魔女は手を振ると、指輪は弧を描いて暗闇の彼方に消える。
「やっぱり腕輪じゃないとダメね。もう一度琥珀を採ってきてくれる?今度はもっと大きいので。」
魔女は失敗を指輪のせいにした。もともと腕輪に書き込むつもりだった魔法の線を無理やり指輪のサイズに小さくしたんだ。魔法の線は同じ太さなのに書き込める広さは小さくなってしまった。だから、魔法の線がどこかで干渉してしまった。それが失敗の原因らしい。
「ふざけんな!あれ以上の大きさの物なんてねえよ!」
男の叫びが暗い部屋に轟いた。
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次回:指輪に描かれた『魔法の線』
狂想の魔女と男は、拙作『爆宴の彷徨者』の登場人物です。『気になる指輪』が作られた経緯に都合が良かったので使いまわし。




