水色の魔晶石
第9章:ドラゴンの里は隠されていたんだ。
--水色の魔晶石--
あらすじ:ヤイヤさんから水色の魔晶石を貰った。
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白い腕輪に並んだ5色目の魔晶石。黒いソンドシタ様の魔晶石の隣に加えられたヤイヤさんの水色の魔晶石が光を通してボクを照らす。
「これでヤイヤさんと話ができるんですか?」
「「そうよ。すごいでしょ?」」
目の前のヤイヤさんが持つ大きな魔晶石に声をかけると、腕輪の魔晶石からも少し遅れて同じ声が聞こえる。
「「うわっ!びっくりした。」」
今度はヤイヤさんの持つ魔晶石からボクと同じ内容の変な声が聞こえる。ジルは両方ともボクの声だと言うけれど、ボクってこんな変な声をしてないよね。自分の声を聞くなんて変な気分だ。
「他の魔晶石をくれた人たちとも話ができるんですか?」
魔晶石でヤイヤさんと話ができるなら、他の4つの魔晶石でも同じ事ができると思うんだ。それでソンドシタ様と連絡が取れればひとつの問題が解消される事になる。
アズマシィ様が病気になった時に、またドラゴンの手助けが必要になるかも知れない。その時に、ソンドシタ様に連絡が取れれば、ツルガルの人は浮揚船を使ってドラゴンの里を探さなくて済むんだよね。
それに、白い姫様にもお礼が言いたい。ソンドシタ様やネマル様と話ができるようになったのは、姫様のお陰だ。魔王の城を追い出された時は理不尽だと思っていたけれど、ボクのためにしてくれた事だったんだ。
魔獣がうようよ居る魔王の森の、魔王の城に住む姫様。もう、会う事も無いと思っていたけれど、一言だけでもお礼を伝えたい。
「それは難しいな。」
期待を込めてヤイヤさんに詰め寄ったボクにソンドシタ様が眉間にシワを寄せる。どうやら世界の果ての宮殿から離れられないヤイヤさんだからこそできる事らしい。
ヤイヤさんの手にある魔晶石と腕輪の魔晶石は直接つながっているわけじゃないそうだ。宮殿にある神様の魔道具がヤイヤさんの声をボクに伝える。そして、ボクの声は世界中から集まる記憶から抜き出されてヤイヤさんに伝わる。
ソンドシタ様の解説は解り難かったけど、ボクの記憶の本から声を抜き出していると言われて少し納得した。
「魔晶石だけで会話ができるのなら、姉上はどんなことをしてでも腕輪を手に入れていただろう。」
赤いドラゴンのネマル様は白い姫様を気に掛けていた。ドラゴンの里でネマル様に姫様の事を色々聞かれたんだよね。確かに、白い姫様と話ができるのなら、ネマル様なら是が非でも手に入れたいと思うに違いない。
白い姫様にお礼を言う事ができなくて残念だったけれど、ヤイヤさんの手伝いができる事にボクはホッとした。
「そんな事より、はやく『木になる指輪』の作り方を見てみましょうよ。」
ヤイヤさんが古ぼけた茶色い魔力を込めるとページがパラパラとめくれて、1枚の景色が空中に浮かぶ。ヤイヤさんが記憶の本をみんなで見られるようにしてくれたんだ。絵を描いているアグド以外の視線が集まった。
記憶の景色はとても薄暗い部屋だった。
天井から吊るされたたくさんの人影にボクは息を飲んで視線を逸らす。
「安心しろ。あれは人形だ。」
人間の死体じゃ無いとソンドシタ様が教えてくれたけれど、無数の人形が力なく吊り下がっている光景はまるで首を吊った人たちが並んでいるように見えて不気味だった。
棚には作りかけの人形なのか、頭や手が押し込まれていて壺からは脚が生えている。大きなのこぎりに曲がったハサミ、部屋の中は人形を作る道具みたいなものが色々な物が雑然と散らかっている。
ぎぎぎと軋むドアが開けられて一条の光が差し込んで、どこにでも居そうなチンピラ風の男が大きな荷物を背負って暗い部屋に入ってきた。
「ここに居るのか?」
「あら、おかえり。」
不気味な人形が並ぶ暗闇の中から女の人の声が聞こえる。暗くて顔はよく見えないけれど、ドアから差し込んだ明かりが紅を引いた口元を照らして成熟した大人だと判断できる。
「真っ暗にして何してんだ?」
「この方が魔力の流れが見やすいのよ。で、約束の物は採れたの?」
女の人は立ち上がって男を迎える気は無いみたいだ。手元の板を机に置いて、深々と椅子に腰を掛ける。
「ふん。注文の魔木だ。たった1本の杖を作るのにこんなに必要なのか?」
男は広い机の上に散乱していた髪の毛をどかして、背負っていた木の束をドンと乗せる。魔木と呼ばれた木は太い物や細い物があるけれど、そのうちの1本に目を奪われた。ジルの姿と全く同じだったんだ。
ジルを木の枝に変えた指輪の記憶に間違い無い。
「残りは人形を作るのよ。あら、もっと同じ太さの枝で揃えられなかったの?変な枝が混じっているじゃない。」
「生きた魔樹の原木は斧を弾くんだぜ。それでもマシなヤツを拾ってきたんだよ。」
「まあ、足りなければもう1度行ってもらうだけだけどね。」
「勘弁してくれよ。何度も行きたい場所じゃねえんだ。」
「次に行く時は斧以外の切断方法を持たせてあげるわよ。」
紅い唇の女の人は男の抗議を受け入れない。完全に女の人の方が主導権を握っているように見える。
「アンタがリスポーンの枕から転移の魔法陣を作るのに成功していれば楽ができたんだ。」
また知らない単語が出てきた。どうして枕の話になるのか分からない。魔木とか魔樹とかだけでも頭が痛いのに、これ以上増えたら困るよね。後でヤイヤさんかソンドシタ様がまとめてくれないかな。記憶の本は何度も読めると思うから、ボクは黙って続きを見続ける。
「仕方ないじゃない。私じゃ手が出せないプロテクトがかかってたんだもの。それより、もっと大事な物があるでしょ?見つけたの?」
「ああ、コイツを見つけるのに苦労したんだぜ。」
もったいぶった態度で笑う男は懐から小さな皮の袋を取り出すと丁寧に小さな塊を取り出した。それは半透明な濃い茶色の塊で、磨かれた場所は半透明の綺麗な宝石に光った。
「確かに魔樹の琥珀だわね。でも、もっと大きな物は見つからなかったの?」
琥珀はボクも王宮で何度か見た事はあるけれど、普通の琥珀とは違って中で何かが渦巻いているみたいにも見える。
「たったそれだけを探すのに何日かかったと思っているんだ?」
男は小さな欠片を探すだけでも何日もかけて深い穴を掘ったと苦労話を始める。どうやら魔樹の琥珀を採取した場所は深い森で、中には魔獣がうようよと居たようだ。
「魔王の森なんて人が行く場所じゃねえんだぜ。」
魔王の森と聞いてボクの胸が騒ぐ。人間の街と魔王の城の間に横たわる広い森。アンクス達、勇者様一行が居なかったらボクなんてすぐに魔獣のエサになってしまう場所だ。男はその森に立った独りで入って、何日も穴を掘っていたんだ。
「『爆宴の彷徨者』を使えば簡単に深い穴が空けられるでしょ?」
「バカか!?魔獣がうようよ居るような場所で安易にリスポーンなんてできるかよ。リスポーンした途端に魔獣に齧られるのがオチだぜ。それに目当ての琥珀まで吹き飛ばしたらどうするんだよ?」
「何度も爆発していればそのうち諦めるわよ。」
「リスポーンの枕も吹き飛ばしておしまいだ。」
「ふう。本当は魔法陣の書きやすい腕輪にしたかったんだけどね。まぁ、とりあえず指輪で作ってみましょうか。」
タメ息を吐く女の人はそう言うと、男に指輪の形に整えるように命令する。
「ちっ。人使いが荒すぎるんじゃないか?狂想の魔女さんよ。」
男は舌打ちをすると、たった1人で街を滅ぼしたという伝説の魔女の名前を口にした。
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次回:魔樹の琥珀の『身代わりの指輪』




