下書き
第9章:ドラゴンの里は隠されていたんだ。
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あらすじ:ヤイヤさんが絵の道具を持って戻ってきた。
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すらりと伸びた背に水色のドレスをまとった女性、ヤイヤさん。水色のスカートの裾が地面につかないように摘まむと白い足首がチラリと見えた。
「皆様、ありがとう。」
とても黒いドラゴンを追いかけまわして氷の柱を飛ばしたり、ドラゴンの尻尾のステーキを10枚も平らげた人物と同じとは思えない。彼女のお腹はほっそりとしている。
丁寧にお辞儀をするヤイヤさんの隣には5台のワゴンが並べられていた。使い古された筆に新しい筆、パレットと何枚もの大きな板、たくさんの顔料と鉱石たち。大きなハンマーに石の臼と乳鉢。ワゴンには絵を描く道具が山盛りに積まれている。
5台ものワゴンに乗せられた絵の道具を運ぶのにヤイヤさんは苦労していたみたいだ。石の臼なんて持ち上げるだけでも大変で、ワゴンに乗せても小さなタイヤは回らなくなる。
「ヤイヤさんも大変だったッス。ありがとうッス。」
「どうってことねぇよ。」
ヴァロアとアグドが軽く返す。通路まで迎えに行ったヴァロアとアグドとは違って、ボクはほとんど手伝えなかったので曖昧に頷くだけだ。
「まったく、1枚の絵を描くのにこんなに道具が要るのか?」
ソンドシタ様は通路からワゴンを降ろす時に手伝っていたよね。人間のボクと違って、ドラゴンだから空も飛べる。
「色が多いほど絵に深みを持たせる事ができるんだぜ。」
アグドが手に取った赤い顔料だけでもたくさんの種類がある。深い赤に明るい赤。薄紅色に濃い赤と、まだ鉱石のままの物を含めると数えきれないくらいある。
顔料には鉱石を砕いて細かい粉にしたものが使われる。草や木の汁から色を出す染料も街にはあるけれど、透明な宮殿では腐ってしまって残っていなかった。それに鉱石を使った顔料の方が色が変わらないらしい。
ネマル様はドラゴンだからね。人間より長い時間を生きるんだ。
宝石のようにキレイな鉱石も多くて、鉱石をハンマーで削って石の臼で砕き乳鉢で粒にする。篩をかけて色を整えて顔料となった粉を油で溶いて塗り固める。大変なので鉱石を集めた人も使う予定の分しか顔料に変えなかったらしい。
「そんなの後で組成を調整してやれば済むだろ。」
自分の尻尾の脂をさらさらとした絵の具の油に変える事ができるソンドシタ様にとって、鉱石の色に変化を付けるのは容易い事らしい。
「それができるのはソンドシタ様だけですわ。それより、絵にするネマル様の姿は決まったのかしら?」
ヤイヤさんの好奇心を帯びた水色の瞳が、ソンドシタ様の緑色の瞳を覗き込む。自分が苦労して絵の道具を運んでいる間に、絵の構図は決まっていると信じているみたいだ。絵を楽しみにしているのが解る。
「う、まぁな。」
対してソンドシタ様は緑の瞳をヤイヤさんの期待のこもった瞳から逃げるように目を逸らす。だって、まだどんな絵を描くのか決めてないからね。ボク達はネマル様の弱点を探す事だけで精いっぱいで、絵の事なんて考えて無かったんだもの。
「おう、ソンドシタ様がたくさん見せてくれたからな。だいたい決まったぜ。」
ソンドシタ様が逸らした瞳の先に丁度、アグドがいた。待ってましたとばかりに胸を叩く。ヤイヤさんの運んできたワゴンから木の板と木炭の欠片を貰ったアグドが木の板を前にして腕をまくる。
アグドの瞳に魔法の光が宿る。
光はアグドの瞳の中で魔法陣にならない。代わりに板に小さなドラゴンの像を結んだ。単色の光はソンドシタ様が記憶の本を空中に浮かべた時ほど本物に近くはないけれど、小さなドラゴンの指の表情まで解る。
アグドは魔法の光の線をなぞってネマル様の絵を描いていく。
下書きらしく荒っぽい絵だけれど、愛らしいネマル様の姿がうかがえる。
「上手いっスね。」
普段のアグドからは信じられないほど絵が上手だった。
「おうよ、昔から小遣い稼ぎに描いていたんだぜ。」
アグドは魔法が得意だ。
2つの魔法を同時に使う事までできる。魔法使いと呼ばれる人の中でも、めったに2つの魔法を同時に使える人はいないんだ。アグドは2つの魔法を同時に使えばカッコイイ。2つの魔法を組み合わせればもっとカッコイイ魔法ができるはず。そして兵士になればモテルと思ったらしい。
頭に魔法陣を思い浮かべて目を通して空中に描く。
たくさんの練習をしているうちに魔法陣以外の物が描けないかと試すようになったらしい。何度も練習しているうちに頭に思い浮かべたものを空中や地面に映すことができるようになってきた。
魔法の光は消えてしまうからお金にならないけれど、木の板に絵の具でなぞれば、それなりの額で売れた。
「なるほど、魔法陣にこんな応用があったとはな。」
「慣れると簡単だぜ。で、こんな感じの絵にしようと思うんだけどどうだ?」
アグドは簡単に言うけれど、普通の魔法陣を描くだけだって大変なんだ。
「これが良いんじゃないか?」
「こっちの方が好きっス。」
「私はこれかしらね。」
優しい瞳に見守られて眠るネマル様に、元気いっぱいに遊ぶネマル様。崖の上で胸を張るネマル様。さらさらと描かれた5枚のスケッチを並べるアグドを前にそれぞれが好きな絵を選ぶ。
「いいぜ。ぜんぶ描こう。こんな絵の5枚や10枚なんて楽勝だぜ。ヒョーリ。ネマル様の記憶をもう一度見せてくれないか?」
黒いナイフの緑の柄を撫でたアグドは軽く請け負った。ソンドシタ様の鱗から作られたドラゴンナイフのお礼の意味も込められているみたいだ。
「え?」
「これくらいの年齢の記憶が見たいんだ。光の具合とか参考にしたいからよ。」
いくらアグドでも1度見ただけの光景を正確に覚えていなかった。ドラゴンの赤い鱗の生え方なんて人間のボク達には縁のない物だったからね。
それに、すぐそこに本物のネマル様の姿が見れる本があるんだ。ソンドシタ様のように空中に並べるよりも、自分で記憶の本から頭の中に映した方がより本物を見ている気分になれて参考になる。
だけど、ネマル様の本は1冊も残っていなかった。
本棚の山を隠す時に、慌てたソンドシタ様は全部の本を隠してしまったんだ。だから、ネマル様の本は本棚の山に埋もれてしまっている。
「あら、そう言えばネマル様の本はどこにあるのかしら?」
ヤイヤさんの疑問の声に緊張が走る。
ヤイヤさんはアグドが記憶の本を参考にして絵を描いたから、ボク達がネマル様の本を見ている事を知っている。なのに、肝心の本は1冊も見当たらない。
どうして片付ける必要があったのか?
どうして隠す必要があったのか?
ヤイヤさんの脳裏に疑問が浮かぶかもしれない。
「確か75歳くらいの時の時だな。」
(ネマルの75歳の時の記憶はどこだ?)
ヤイヤさんが疑問を口にする前に、ソンドシタ様が口をはさんだ。すかさず、ジルが『失せ物問い』に声をかけと、1冊の赤い本が手元に現れた。本を掘り起こさなくても、『失せ物問い』の妖精に頼めばすぐに本を手にする事ができるんだ。
ソンドシタ様が指を振ると、アグドが描いた絵とそっくりな姿をした小さなネマル様の姿が空中に浮かび上がった。
「これなんか近いんじゃないか?」
「おお!これだ。これ。」
「やっぱりアナタの『ギフト』は便利よね。」
ヤイヤさんから感嘆の声が聞こえるとボク達は心の中でため息を吐く。どうにか誤魔化すことができたみたいだ。すごいスピードで動く、たくさんの絵の中から、この一瞬を見つけ出したアグドも凄いけれど、その一瞬を覚えていて、どのページに描かれていたのか判るソンドシタ様も凄いよね。
「んじゃ、さっそく取り掛かるぜ。」
アグドは組み合わせた本棚にひと際大きな木の板を立てかけると、ふたたび魔法の光を浮かべたんだ。
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次回:世界の果ての図書館の『司書』




