プロテクト
第9章:ドラゴンの里は隠されていたんだ。
--プロテクト--
あらすじ:ネマル様の弱点探しが始まった。
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大きな黒いドラゴンを半球状に取り囲む四角い絵たち。絵に描かれる背景は色々とあるけれど、全てに小さな赤いドラゴンが描かれていて動いている。
ちょこちょこと動く赤いドラゴン、ネマル様の記憶。
広い原っぱを赤いドラゴンが元気に駆けているのも有れば、青い空へと小さな羽根を動かしている物もある。大きな赤い瞳に見守られて柔らかな干し草で寝ているのもある。精細な動く絵と言うより、過去のネマル様を窓の外から見ているというのが正解かも知れない。
この中からネマル様の弱点を探す。
「さぁ、始めるぞ。」
黒いドラゴン、ソンドシタ様の緑色の瞳が怪しく光ると、絵の中のネマル様の動きが早くなる。ちょこちょこと可愛かった手足が忙しなく動き始め、空を飛ぼうと必死に足掻いていた羽ばたきが消える。寝息を立てる度に膨れていた小さなお腹が止まった。
時間が凄い速さで進んでいるんだ。
どんどんとネマル様の動きが早くなって赤いドラゴンの姿が赤い影になってぼやけて映り、やがて昼と夜の間隔が短くなってチカチカと点滅を始める。半眼に開かれたソンドシタ様の緑の瞳はその絵を見ているのか見ていないのか。見ていたとしても目で追えるような早さじゃ無いよね。
(おいおいおい。すげえな。)
山となっていた100年分の本棚から次々と赤い本が抜けていって、空中に赤い本の行列ができる。空になった本棚は新しい山を築いて、見終わった記憶の本が順番に収まる。ジルが感嘆の声を上げた。
(早くしないと追いつかれちゃうよ。)
ジルの『失せ物問い』への問いかけは1文で終わる。問いかけられた『失せ物問い』の妖精はネマル様の記憶の本棚を一瞬で届けてくれる。不思議な力が働いている世界の果ての図書館では簡単に本棚の山を作れるんだ。
だけど、ソンドシタ様の記憶を見る速さはボク達より早かった。
(ネマルの132歳の時の記憶はどこだ?133歳の時の記憶はどこだ?135歳の時の記憶はどこだ?!!)
(134歳が抜けたよ!)
ジルが矢継ぎ早に質問を続けてくれるけれど、少しずつ呂律が怪しくなっていく。口が回らず発音がおかしくなって本棚が現れなかったり、同じ年を繰り返したり。ボク達が積んだ本棚の山は凄い速さで消えていくのに、次の本棚の山は遅々として積み上がらない。
目に見える違いにボク達は焦りを感じている間に、100年分の本棚の山が消えた。
半眼だったソンドシタ様の目が閉じられる。ネマル様の過去の姿を思い出し、ゆっくりと咀嚼するように味わっているかのようだ。見落としが無いか確認しているのか、思いを馳せているのか。それともボク達が築く新しい本棚の山が出来上がるのを待っているのか。
ボク達が作っていた新しい本棚の山はまだ半分も積み上がっていない。
(ちっ!余裕かよ!!)
ジルが悪態を吐く。1つの記憶の山を見終わったソンドシタ様は静かに佇むだけだ。ヤイヤさんが絵の道具を持って戻ってくるまでに時間が無い。次々と記憶を見て行かないとネマル様の記憶を見終える事なんてできないよね。
なのに、ソンドシタ様は催促をしない。
目を閉じているソンドシタ様はゆっくりと天を仰いで、その長い首を傾げた。
「おかしい…。」
閉じられていた緑の瞳がゆっくりと開かれる。
「何か変な記憶でもあったんスか?」
本棚の山の上で、同じく目を丸くしていたヴァロアが声をかける。
「記憶がところどころ抜け落ちているのだ。」
ネマル様の記憶を年の順番に呼び出しているのだから、記憶が抜けている事は無いと思う。本だけが現れるなら抜け落ちている可能性も考えられるけれど、本は本棚ごとまとめて現れる。抜けた時間があるのなら、本に隙間ができて一目で気が付くはずだよね。
ソンドシタ様が見終えた記憶の本の一冊を取り出して指を振ると1枚の記憶の絵が現れる。陽に照らされた大きな池の周りの岩を小さな赤いドラゴンがぴょこぴょこと走り回っていた。
小さなドラゴンが岩から岩へと飛び移る姿を映していたかと思うと、突然暗転して大きなドラゴンに抱かれて眠る小さなドラゴンの絵に変わった。
まるで間の時間を切り取ったように。
「いや違うな、プロテクトされているのか。」
「プロテクトッスって何スか?」
「記憶を見る事ができないように鍵のような物を掛けているのだ。」
「なんで鍵が掛かっているッスかね?」
「解らん。だが、プロテクトが掛けられた場所に姉上の弱点があるのではないか?」
弱点になるような出来事が記憶されているから鍵を掛けて見えないようにしている。小さなネマル様ではどれほどの弱点になるか解らないけれど、大きくなった時のネマル様の記憶の隠された部分に弱点になる記憶があるかもしれない。
「プロテクトと言うのが掛かってない記憶を探せば良いんじゃないッスか?」
まだプロテクトの先に必ず弱点があると決まったワケじゃ無い。それよりも、50個以上作る予定の本棚の山を優先する方が良いとボクも思う。
世界の果てまで来て大げさな事になっているけれど、ソンドシタ様がお姉さんのネマル様に勝つために弱点を探している。姉弟喧嘩の延長なんだ。
「最初からプロテクトを開けて見た方が2度手間にならずに済む。」
最初の山と言っても100年分だ。見た限りでは当たり障りのない日常が描かれていて、弱点になりそうだと思えるものは無かったそうだ。可能性は低い。
ボクだって大事な秘密は鍵のかかった場所に隠したい。
それに、プロテクトのかかっていない所に弱点が無ければ、本の出し入れだけでも同じ時間がかかる。1山に掛かる時間は思いのほか早かったけれど、50個は山ができる予定だからね。
ソンドシタ様は1冊の本を空中に浮かべて指を振るう。
黒い染みが赤い本を侵す。
それは偽物の鍵を作るような作業らしい。
(鍵を偽造したら怒られないかな?)
ボクはジルに相談する。少なくともニシジオリの街では犯罪だ。罪人として捕まって刑を科せられる。確認したわけじゃないけれど、ツルガルでだってヴァロアの国でだって人間の国なら犯罪だよね。
(さあな。オレはドラゴンのルールなんて知らないぜ。)
人間の規則では犯罪かも知れないけれど、ドラゴンの間では犯罪じゃ無いのかもしれない。いや、ヤイヤさんに隠れて鍵を破ろうとしている時点で悪いことをしているんだよね。たぶん。
自信にあふれていたソンドシタ様の眉間にシワが寄っていく。次第にシワが深くなって苦悩の表情を作る。口数の少なくなったソンドシタ様はプロテクトを解こうと躍起になっているけれど、上手く鍵を作ることができていないみたいだ。
赤い本を侵す黒い染みが弾かれは消える。
プロテクトと言うものがどういう物でできているのか分からないし、ソンドシタ様が何をやっているのかもわからない。だけど、ボク達にソンドシタ様を手助けする事はできないことだけは解った。
(オレ達にできる事をやってしまおうぜ。)
絵の道具を探しに行ったヤイヤさんがいつ戻ってくるか分からない。
プロテクトを破ってしまえば、ボク達が記憶の本の山を作るよりもソンドシタ様が山を崩していく方が早い。そして、ソンドシタ様がボク達を待つ時間を増やしてしまえばヤイヤさんが戻ってくる危険が増える。
ボク達は点鼻薬のお礼に簡単な探し物をしているつもりだったけれど、いつの間にか泥棒のような事をしている。いや、世界の果ての図書館に忍び込んで他人の記憶を覗き見る事がすでに犯罪だったのかもしれない。
だけど、今さら引き返すことはできない。
ソンドシタ様は優しいドラゴンだと感じるけれど、機嫌を損ねる事なんて考えられない。世界の果ての図書館から帰るだけでもソンドシタ様の手助けが必要だし、すでにボク達は報酬を貰っている。それに、黒いドラゴンの爪先で軽く八つ当たりされただけで、人間のボク達は死んでしまうんだ。
すでにボク達がソンドシタ様といっしょにいる所をヤイヤさんに見られている。みんながソンドシタ様の加護の結晶を持っている。
ボクはただ、黒いドラゴンに言われるとおりに記憶を探しているだけなんだ。
心の中で言い訳をしつつ、世界の果ての図書館で新しい本棚の山を作る作業に戻ったんだ。
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次回:53個の赤い『本棚の山』




