産まれた日
第9章:ドラゴンの里は隠されていたんだ。
--産まれた日--
あらすじ:絵の具に使う油を用意した。
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残ったドラゴンの尻尾のお肉は切り分けて氷漬けにした。これでまた後で食べる事ができる。
ネマル様の絵を描く道具を探しに行ったヤイヤさんを見送った後、アグドが魔法の箱に入れて作っていた干し肉を袋に詰めて、ドラゴンの肉の焼けた匂いの残る食堂を後に図書館へと戻った。
「うむ。それでは始める。ヒョーリ頼んだぞ。」
ソンドシタ様はボク達を並べて宣言する。ソンドシタ様が欲しがっているネマル様の弱点を探すためにはまず、ボクがジルといっしょに『失せ物問い』でネマル様の記憶を探さなきゃならない。
「自分はどうするッスか?」
「孫娘はヤイヤが戻ってくるのを見ていて欲しい。」
ヴァロアはネマル様の記憶を探す役割を分担するつもりで言ったのだと思う。だけど、ソンドシタ様は彼女に違う役を割り振った。
音を聞いて辺りの状況を知る事ができるヴァロアの『帆船の水先守』ならどこから戻ってきても知る事ができる。見張りとしては最適だと思うけれど、不思議な体験ができると思っていたヴァロアの顔は気落ちしていた。
「そして、小僧は絵を描く準備だ。姉上を驚かせるような絵を頼むぞ。」
「まかせろ!」
ヴァロアの顔が曇った事に気が付かないのか、ソンドシタ様はアグドにも別の役を割り振る。ソンドシタ様が思い付きで口にしたことだけど、本当に絵を描かせるらしい。
アグドの絵の腕前は知らないけれど、ヤイヤさんが無駄足にならないなら良いのかな。
「自分たちも記憶を探さなくて良いッスか?『帆船の水先守』を使うから眼は空いているッスよ。」
まだ記憶の本を見る事を諦めきれないヴァロアは提案する。ボクも、ヤイヤさんが戻ってくるまでの時間は短いと思うから、みんなで探した方が早く見つかると思う。
「心配ない。探す方はワレが何とかするから、ヤイヤに見つからないように見落としだけは避けてくれ。」
ソンドシタ様は胸を張ると、ジルが声をかけてきた。
(さっさとやっちまおうぜ。終わったらソンドシタの手伝いをすれば良いじゃないか。)
(そうだね。ジル。頼んだよ。)
(おう。ネマルが産まれた時の本はどこだ?)
頼もしく返事をするジルの問いかけに『失せ物問い』の妖精が応えると、ボクの手に光が集まって1冊の赤い本になる。
「なんだ1冊だけか?」
1冊だけしか記憶の本が現れなかった事にソンドシタ様は気を落とした。この調子で本を呼び出していたらいつまで経っても終わらないと思ったらしい。
「これはネマル様が産まれた日の本です。」
ネマル様の記憶をたどる際に、今のネマル様から辿るよりも1番古い記憶から辿った方が良い。古い記憶から始めれば数え間違える事も無いし、順番に見て行かないと話しの筋が判らないだろうとジルが考えたんだ。
「なるほど。その本を起点にして次の本を探す訳か。」
赤い本の扉を開くとネマル様の産まれた時の記憶がボクの心に流れ込んでくる。
白い卵を割った小さな小さな赤いドラゴンが小さな小さな手を振るわせて這い出てくる。頭に白い殻を被ったままのドラゴンはボクの手の平にも乗りそうなほど小さくて、本当に今の大きなネマル様にまで成長するのか疑問に思うくらいだ。
小さな赤いドラゴンが小さな足を上げて殻を蹴とばすと、赤い目がぎょろりと開く。がんばって産まれてきた小さな赤いドラゴンを、優しい目をした大きな赤い瞳が見守っている。
(のんびり見ている暇は無いぜ。)
(そうだね。でも、間違いなくネマル様の物だよね。)
ぎょろりと開かれた瞳には気の強そうな好奇心が現れていて、ネマル様に間違いが無いと思える。大きな優しい瞳と比べてみるとその違いがはっきりと解る。親子だから似ているけれどね。
ネマル様の記憶の本を閉じると、表紙に書かれた数字は数千年前を示していた。ジルがネマル様が生まれた年から順々に問いかけると、その度に本棚の山が高くなっていく。
(やっぱり古いな。ドラゴンってこんなに生きるのか。)
(思ったよりも大仕事になりそうだね。)
ジルが100回、問いかけを繰り返えすと本棚が山になった。これで100年分だと考えると本の表紙に書かれた数字から数えてこの山を50個は作る事になる。
「これで100年分だけど、置く場所が無くなりそうです。」
「む。そうだな。では場所を用意するから、そこに左から順番に並べてくれ。」
ソンドシタ様が指を振ると、元から置いてあった本棚が順番に動いて隙間を埋めていき、広い場所が作られる。それでも足りるか分からないけれど、不足したら見終わった物を整理して場所を作ってくれると約束してくれた。
「それではワレも始めるか。」
独り言ちたソンドシタ様が指を振るうと、空中にたくさんの動く絵が現れてソンドシタ様を半球状に取り囲んだ。それぞれの絵の中には小さな赤いドラゴンが遊んだり眠ったり、ご飯を食べたりしている。
「すごいッス。小さいネマル様がいっぱいッス。可愛いッス。」
「なんでこんな面倒な事をするんだ?」
ソンドシタ様を取り囲む無数の絵に感動している横でアグドが疑問を口にする。本を開けば心の中に風景が流れ込んでくる。まるで自分がその場所に居たかのように記憶を体験する事ができるんだ。
だけど、ソンドシタ様は風景を平面にして並べた。せっかくのその場を共有しているような感覚が無くなってしまうし、こんなにたくさん並べても目で追えないよね。
「いちいち本の内容を体験していたら時間がかかる。こうして複数の窓で再生すれば1目で確認できるだろう?これを早送りにして仮想人格と並列思考で同時に処理する。」
枠の中で寝ているネマル様は動きそうにないけれど、ほとんどのネマル様はあちらこちらへと動き回っている。とてもじゃないけど、ボク達には2つ3つを追うだけでも精いっぱいだ。
「頭の後ろのも見えてるのか?」
ソンドシタ様をぐるりと取り囲む絵は何重にも重なった半球を描いている。目の前の絵を追うだけでも大変なのに、頭の後ろにある絵を見る事なんてできないよね。
「頭の後ろくらい見えないと、姉上の攻撃を避けられぬのだ。さぁ、質問は終わりだ。時間がないのだ。」
ソンドシタ様が会話を区切ると、絵の中の小さな赤いドラゴンの動きが早くなる。まるで時間が加速しているみたいだ。
ソンドシタ様の言う事は理解できなかったけど、ボク達が1冊ずつ本を開いても手伝いにならない事だけは良く分かった。ボク達はそれぞれに割り振られた役割を頑張れば良いんだ。
いや、頑張らないとソンドシタ様に追い付かれる。
ヴァロアはソンドシタ様の邪魔にならないように、そしてヤイヤさんが戻ってくる音を聞き洩らさないように、だけど、ちゃっかりソンドシタ様の周りに現れる絵が見やすい場所に、開けた本棚の山に登って腰を下ろした。
アグドは座って考え込んでいる。手元はせわしく動いていて、どうやら絵の構図を考えているらしい。
「ヒョーリ。次を頼むぞ。」
ボクはジルにお願いして、次の100年の記憶の本棚の山を作る作業に取り掛かる。
こうしてネマル様の弱点探しは始まった。
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次回:記憶の『プロテクト』




